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第1話

 夏休みが終わって、怒涛の試験ラッシュも終わり、十月に入ったらいよいよ楽しい行事が目白押しとなる高校生活。 研磨はとりあえず成績も優秀だったので赤点を気にすることもなく、来る十月を楽しみにしていた。そしてパートナーであるクロもその心配はなかったので、ひたすら文化祭の部活出し物を何にするか考えていた。 ちなみに去年は女装カフェだ。だから違うものをしたいのだが、いいものが見つからない。 「うーん」  しかし去年同様合法で研磨や夜久に女装がさせたい。  そうするにはどうしたらいいんだろう……。深く深く考えるが妄想のほうが膨らんでしまい、うまく辿り着けない。 「研磨は何がいい」 「別に。何でもいいけど怖いのは嫌。あと、手間のかかる食べ物屋は嫌」  部の貴重な収入源にもなる文化祭なので、手を抜くことは許されない。割り当てられた部費以外で備品を買うにはここしかないからだ。 「じゃあ占い、とかどうよ」 「俺はネットで調べたものを口にするだけだよ」  責任持てない、とも研磨は言った。 「それもいいと思うぞ。ただし薄いベールを被ってだな……」 「……クロ、俺に女装させたいだけじゃん」 「こんな時しかないじゃん。おまえ受けもいいし、夜久とふたりで稼いでくれよ」 「でも……」  ちょっと不服そうな顔をしたので聞いてみると、食べ物関係がしたいらしいと分かったのだった。 〇  で、協議の結果。 果物棒の出し物をすることになった。  チョコバナナ・チョコパイン・チョコイチゴ。  あまり多くの種類を作ると割に合わなくなる恐れがあるので、この程度として、変わり種でチョコパン棒と言うのも種類に入れた。要は細長く切った食パンを棒に刺してチョコをかけると言うスタイルだ。  文化祭の前に一度試食してみようと言うことになり、仕入れた棒やチョコ、果物を調理室で作ってみることにした。 「間違いなく、これはチョコがいいから旨いんだろうな」  皆が口を揃えてそんなことを言う。 「これなら旨いとか不味いとかないからいいよね」 「ああ。これならいいよ」 「で、問題はこれだよ。食パンだと形がヘナっちゃって最悪だ」 「見栄えが悪い」 「そうだな……」 「これに関しては改善の余地があるな」  個々の意見もあるが、今のところうまくいかない。 「焼けばいいんじゃない?」研磨が言う。 「焼く?」 「そう。堅くしちゃえば問題はないんでしょ?」 「そりゃまあそうだけど……」 「トーストで焼く匂いも漂ってていいんじゃないか?」と夜久が言う。 「それはそれで有りか」 「焼いたらちょっと冷まして、それからチョコに潜らせる。でもパンは軽いからな……」 「串をYとかUの形したちょっと平ぺったいのにすればいいよ」 「単価が高くなるだろう」 「それならそれだけ上乗せするしかないんじゃん?」 「まずは仕入れる担当に店屋のおっちゃんと交渉してもおらうぜ」 「だな」 「頼むぞ夜久」 「……やってみる」  仕入れの担当は夜久とリエーフになっていたので、彼らは早速調理室から出て行った。 「いいな、あいつら。そのまま帰れるんでしょ?」 「かかった時間次第だろ。早く用事が終われば帰ってくるだろう」 「そうか? 俺はそのまま帰るほうに肉まんひとつっ!」猛虎が叫ぶ。 「俺もそのまま帰るにかけますっ!」  犬岡が調子に乗って叫ぶが、反対のほうにかける人が出なかったのでご破算になった。 「羨ましい」 「うらやましいなぁ」 「それは『早く帰れて』ってことだろ?」海がほほえみながらふたりに聞く。 「まあそうですけどっ」ちょっと理不尽といった具合で猛虎が口を尖らせると 「俺らは今から屋台作りな」と黒尾が割って入る。 「はい。じゃ、今から部室前に移動しま~す」  移動しながら、いかに節約するかを話し合っていると 「やっぱり一番金がかかるのは屋台作る材木だよな」と言う話になる。  すると今まで気のない素振りをしていた研磨が口を出した。 「誰かが作ったの、倉庫にないのかな」 「あっ」と皆が皆顔を合わせる。 「じゃ、俺らが見て来るんで。君らは部室に戻って何がいるのか書き出しててくれたまえ」  研磨の手をサッと握ると方向を変える。 「えっ⁉ 黒尾さんと研磨だけ⁉」 「ふたりで⁉」 「そう」 「また離脱組が!」 「いやいや。それ、言葉悪いから。俺らは倉庫見に行くだけだから」 「でも離脱は離脱でしょ⁉」 「そうだけど、すぐ帰って来るし」 「じゃあ俺たちも」と犬岡が言いかけた時、海が肩を掴んでそれを止めた。 「分かった分かった。じゃあ俺たちは先に部室に行ってるから、早く帰って来いよ」 「ああ。行くぞ」  何でか、ちょっと悔しがる猛虎と犬岡を後にクロは研磨を引き連れて倉庫へと足を向けたのだった。 〇 「いいの?」 「何が?」 「離脱」 「離脱とか言うな。俺らは木材の確認に行くだけだろうが」 「そりゃそうだけど」 「いいからいいから」 「……」 「それより。あの倉庫入ったことないじゃん? 何があるか、楽しみだとは思わないのか?」 「うーん……」  それに関しては『そうかな』と思う。しかし研磨は意気揚々と歩くクロに対し疑念を抱いていた。 「クロ。そんなこと言って鍵持ってるの?」 「あっ!」  普段使われていないそこは、たぶん鍵がかかっているだろうと思えた。 「鍵か……」 「うん」 「まずは行ってみようぜ。それで鍵がかかってたら俺が職員室まで走って取りに行くから」 「うん」  そんなことを言いながらも繋いだ手は離さない。研磨はクロに引っ張られながら校庭の片隅にある物置小屋へと向かったのだった。 「あ」 「な?」 「うん……」  シーズン的なものなのか、そこに鍵はかかっていなかった。 良かったね、と顔を見合わせると中に入る。中は歴代の部活や組対抗で作られた色々なものが眠っていた。 「……ゴミ?」 「ばか。素材だよ、素材」 「ふーん」  その中から役に立ちそうなものがないかと探し出すのだが、これが案外いいものが眠っている。元々文化祭や体育祭など大きな行事のために作り、使い、捨てずに取っておいたものだから使えるものもアリアリだった。 「これ、作らなくてもここに来れば全部揃うんじゃない?」 「まあな」 「帰って皆で取りに来ようよ」 「ああ。でも色の塗り直しはしなくちゃな……」 「それはそうだけど、材料買わなくていいから得したじゃん」 「それでもペンキは買う。刷毛とかも買う。全部塗り直したら……」 「塗り直さないでさ、テープかとで貼ったらどう?」 「これを?」 「うん。柱とか下の壁だけだから、バミテで十分じゃん?」 「ま、まあそうだな」 「その分、材料費に回すとチョコもっとおいしいの買えるかも」 「あーー。じゃあ今から部室帰るか」 「うん」 「でも譲らないからな」 「何が?」 「おまえと夜久の女装」 「……そこ、こだわるね」 「そりゃそうだろ。文化祭はそれくらいしか楽しみないんだから」 「ハロウィンにもクリスマスにもさせるのに?」 「そうそう。クリスマスはまたとして、ハロウィンも考えなくちゃな。今年は何がいい?」 「別に。何でもいい」 「じゃあさ、今年はオズの魔法使いにしようぜ」 「クロは何になるつもり?」 「案山子かな」 「ブリキのほうじゃなくて?」 「そう。ブリキは金がかかりそうだからな」 「じゃあ俺は?」 「ドロシーに決まってんだろ」 「アリスみたいな?」 「そうそう。夜久と一緒にダブルドロシーってのもありかな」 「……クロは変態なのかな」 「俺が女装したら変態と言ってもいいが、おまえがするのは許容範囲内だから」 「やっぱりクロの頭は腐ってるな」 「そんなこと」とまで言った時、洋服を引っ張られて唇を塞がれた。 「んっ?」 「街でそんなこと言ったら打つからね」 「ぅ、うん……」 チュッとキスされて惚けてからニンマリとした笑顔になる。 「クロ行くよ」 「……ああ」 サンプル文終わり

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