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ロマンティックな男
昔付き合っていた男は、尋常じゃないくらいのロマンティックな男だった。
お前はミュージカル作品の役でも演じているのか? というレベルにやること全てがオーバーリアクション、オーバーロマンティックなのだ。
とはいえ、ミュージカルなんか見たことないけど。
ちなみに別れた原因は、ある日背後から突然目隠しをされ「だーれだ」をされたことだ。
実際何もなかったのだが、俺が冗談で「ぐあああ! 目が! 目がぁ!!」と叫んだのだ。
それがきっかけで俺たちは別れたわけなのだが、どうにも解せぬ。
思い返せば出会いからして、気持ち悪いくらいにロマンティックだった。
出会いはそいつの勤めていたバーに、偶然立ち寄ったことがきっかけだ。
普段なら迷わずゲイバーへ行くのに、その日はなんとなく普通の駅から少し離れたところにあるバーに立ち寄ったのだ。
そこでグラスホッパーを頼んで、口の中に広がるミントのさわやかさと甘さを楽しむ。
グラスホッパーを出してくれる店はあまりないので、懐かしい味を俺は楽しんでいた。
そうしているときに、あいつがカウンター越しに話しかけてきたのだ。
「ほかにお客さんもいないし、よかったらマジックを披露してもいい? 得意なんだ」
そう言って一方的にマジックを披露された。俺が引いたトランプの数字を当てる、といった内容だったのに、あいつは「あなたのカードは、君が好きって書いてるよ」と言った。
もちろんトランプにそんな番号があるわけないし、そもそも引いたカードはダイヤの5だったので間髪いれずに「違う」と答える。
「見てみて」
そう言ったあいつに促され、テーブルに伏せていたカードを捲る。
そこにはダイヤの5のカードではなく、確かに「キミが好き」と書かれたカードがあった。
「あなたが好きです。僕とお付き合いしてくれませんか?」
「あ、はい」
一目惚れした、とは後日聞いた。
ゲイバーというわけでもない。普通のバーで男に告白されるなんて思ってもいなかった。
「俺がゲイじゃなかったら、どうするつもりだよ」
「そのときは、口説き続けるよ」
あいつのロマンティック攻撃を受けつつ付き合いを続けていたが、俺の冗談が気に食わなかったらしく、残念ながらお別れすることになったわけだ。
そんなあいつの顔を久しぶりに見た。
ご対面! と言うわけではなく、俺がテレビ画面越しに見た、と言うだけだが。
どうやらマジもんのミュージカル俳優になっていたらしい。
『普段は東京を中心にご活躍しているということですが、久しぶりの九州はいかがですか?』
『やはり、とても美しい町ですね。今回は、来年新しく出来る九国劇場のオープニング公演という記念すべきときに、凱旋公演を任せて頂けてとても光栄に思います』
舞台の映像では、日本人独特の平らな顔が嘘みたいに、外国人のような顔で日本語を話している。
そして、ロマンティックな音楽を背になにやら歌いつつ愛をささやく。
正直ミュージカルなんて修学旅行で見たきりなので、突然歌いだしたりするのもあまり理解できない。
だけど、あいつがしていたら、なんだかどうして様になる。
「すげー。天職かよ」
『では、今度新しくオープンする九国劇場でのオープニング公演、ミュージカルロマン・ふたりのプリンスより主人公フィリップを演じます、神尾さんより最後に一言いただきたいと思います』
『ミュージカルロマン・ふたりのプリンス、みなさまお誘い合わせの上どうぞご観劇ください。最後に、ひろやくん……見ていますか? ひろやくんには招待券を送ったので、絶対に来てくださいね』
『え、あの……ちょ、神尾さん?』
『これをリアルタイムで見ていなくても、きっとこれはニュースになって君の目にも届くだろうから。ひろや。僕にはやっぱりきみだけだ。きみだけを愛してる』
液晶画面の向こう側で俺に向かって微笑んでいる、元恋人。
『あ、えっと……なんだかスタジオが絶妙な空気になりましたが、神尾さんはこのあと番組最後までお付き合いいただきますので、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
画面は中継現場の映像に切り替わる。その間、わずか2分。
140字で発信できるSNSを見る。神尾の名前で検索すると恐ろしいほどに情報が発信されている。
・ひろやって誰?
・神尾クンのあれって告白?
などなど、神尾にまつわるエトセトラ。
チャンネルの番組表欄を確認してこの番組が何分までしているか確認する。
番組終了まで残り時間は20分。
この地方局は家から自転車をかっ飛ばせば20分ほどで着くだろう。
「くっそ~!」
そう叫びながら自転車を漕ぐ。
結局俺も、ロマンティストじゃねぇか。
◆ 了 ◆
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