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第1話

「叔父さま、あぁぁん、イヤァァーッ!」 館の一室で、美少年が陵辱されていた。衣服はビリビリに引き裂かれた。  野獣のような荒い息と少年の悲痛な叫び声が、地下室にこだまする。  Rut(欲情)したαの叔父が、Ωの甥を襲っていた。 ーーーーーーーーーー  げっそりとした様子で、地下から上がってきた父、大洗竹春(おおあらいたけはる)を見て、息子の大洗(じょう)は、驚いて尋ねた。 「親父、何してたんだ? 今日、午後から、(じゅん)の高校の入学式だろう?」 父に首根っこをつかまれて、ぼろぼろの姿で階段を上ってきたのは、従弟の潤だった。 「うっ、この匂い……」 譲は、クラクラした。花のような、動物のような……官能的な香水のような匂いがした。 「潤、どうしたんだ、その格好」 譲が声をかけるより早く、 「譲兄さん、助けて!」 と潤が駆け寄ってきて、譲に抱きついた。 「叔父さまが、急に変になっちゃったの。俺も、なんだか身体が変で……」 潤の黒い瞳から、大粒の涙がぽろぽろこぼれた。 「潤が、発情期に入ったらしい」 譲の父の大洗竹春が、手の甲で唇を拭った。 「発情期って……まさか、潤が、Ω?」 譲が驚いて尋ねた。 「ああ、おそらくそうだ。亡くなった潤の父親もΩだったからな。兄さんは、優秀な研究者だったが、後年、家から一歩も外に出ることができなかった。私と番となることを拒んだせいだ。潤の母親もΩだった」 幼くして両親を失った孤児の潤は、叔父である竹春に引き取られた。  いや、逆に、大洗竹秋の所有だった、大洗家の広大な屋敷、財産をそっくり受け継いで、乗り込んだのが竹春だった。 「そんな劣等な血が大洗家に流れているんだな」 譲は、唾棄するように言った。譲は、父から「Ωは、劣等。だから、けして近づくな」と厳しく教えられてきた。 「ああ、でも譲、おまえはα同士の結婚で生まれた。おまえが次期当主にふさわしい」 「当然だよ、父さん」 譲は、大学卒業後、一流企業に就職することが約束されていた。    潤は、床にへたりこんで、はあはあと荒い息を吐いていた。 「潤、苦しそうだよ? 大丈夫なの?」 「病院に連れて行かないとならんな。こんな状態で外に出たら、たちまち犯される」 「潤は、ただでさえ危ないのに」 従弟の潤は美しかった。 「知り合いの医者に電話してみるよ」 譲は父に提案した。 「知り合い?」 「うん……」 「まだ付き合っているのか。Ωの医者なんかと」 竹春は、いらだったように言った。 「父さんも会ってみたらわかるよ。隼人は、とても優秀な人なんだ」 隼人は、高校時代の友人の兄だった。 「かいかぶるな。所詮Ωだ。医局の医師や看護師の慰み者として飼われているだけだろう」 竹春は吐き棄てるように言った。 「そんなことないよ。優しくて、思慮深くて」 ふっと竹春は笑った。 「もう、やったのか? 当然だな。淫乱なΩのことだ。発情期には平気でαを誘う」 「隼人は、ちゃんと抑制剤を飲んでいるよ」 「Ωの子などいらんぞ。妊娠させないように気をつけろよ」 「わかってるよ……」 譲は、答えた。本当は、隼人と番になりたい。でも自分は、大洗家の次期当主だ。αの血を保つため、勝手な振る舞いは許されない。 ーーーーーーーーーー  大洗潤。十五歳。夏目隼人は、カルテに書き込んだ。 「だいぶ苦しそうだね。こうなったのは、今日が初めてなんだね」 はあはあと息をしている潤は、ヒートしているのが、丸わかりだ。こんな状態でαに出会ったら、確実に犯される。 「ズボンとパンツを下げて、そこにうつぶせになって」 潤は、診察台にうつぶせに寝た。夏目の手が潤のズボンとパンツをぐいっと下げた。 「ごめんね。君、痩せてるから、お尻の方がいいと思って」 白いお尻がむき出しにされた。 「あ……」 と夏目は、小さく声をあげた。 潤のアナルから、どろりとした液体が流れ落ちた。 「潤君……誰にされたの?」 潤は答えなかった。 「発情期は妊娠しやすいから気をつけてね」 そういうのが、やっとだった。  Ωが無理やり襲われることは、よくあった。そういったΩの心身のケアをするのも、夏目の仕事の一つだった。  見慣れているはずだった。患者(クライアント)に、驚いた様子を見せるのもよくない。患者を動揺させてしまう。だが、やはり、こんなヒートサイクルが始まったか始まらぬかの少年が無惨に犯されるのを、黙って手当てするだけの現状は、耐えがたかった。  夏目は、潤のアナルから垂れた精液を脱脂綿で拭き取った。 「痛くなかった? ここにされたのは、初めて?」 夏目の問いに潤は答えられない。 「初めてじゃないのかな……」 夏目は、潤のアナルを見てつぶやく。 「急にヒートが始まって、びっくりしたでしょう。僕もΩだから、よくわかるよ。Ωでも勉強すれば、僕のように医師にだってなれるんだ。でも、薬だけは、きちんと忘れずに飲んでね。危険な目に遭うといけないからね」 今回は、初めての発情期で、薬を飲んでいなかったので、こんな目にあってしまっただけだと思いたい。  高校に入れば集団で血液検査があり、クラス分けがされる。高校入学以前にわかっているαとΩは、最初から、αクラス、Ωクラスに振り分けられた。早く検査しても結果が不正確だった。  注射針が、チクリと潤の尻にささる。薬液がゆっくりと皮下に吸い込まれていく。  小柄な若い医師は、 「錠剤は、とりあえず一カ月分出しておきましょう」 と言って、カルテに書きこむ。  医師が、潤の黒髪を撫でた。 「忘れずに薬を飲むんだよ」 ーーーーーーーーーー 「潤、どうだったか」 診察室から出てきた甥に、竹春は聞いた。 「うん……」 潤は、竹春に薬袋を渡した。 「兄さんも、もっといい薬があった時代だったらよかったのに」 竹春はつぶやいた。 ーーーーーーーーーーー 「譲、なんでお前まで来たんだ」 とがめるような竹春の問いに、譲は答えず、潤の頭を撫でた。 「潤、少しは楽になったみたいだな」 「うん……」 まだ少し、だるそうだ。熱っぽそうな顔は、まさに、ヒートの時の顔だ。  夏目が診察室から顔を出した。 「あ、隼人……じゃなくて、夏目先生」 譲は、すかさず声をかけた。 「譲……」 熱っぽい目。あ、ヒートサイクルか。そっと譲の手を握ってくる。指先まで熱っぽい。いくら薬を飲んでいても、完全には、抑えられないのだ。  こんな様子で働いているなんて。ほかのαに見られたら、どうするんだ。 「ダメだよ、こんなところで」 譲は、そわそわした。 「ねえ、隼人……今度、いつ会える?」 医師の仕事は忙しい。 「ん? 今?」 夏目は、無茶なことを言う。これもヒートのせいだろう。 「え、今? ヤバイよ。ここで?」 夏目は、したくてたまらないのか、少し様子がおかしい。  そういう譲もおかしかった。夏目を見ていると気が狂いそうになる。  さっきだって……。そう、さっきだって、危なかった。潤は弟のようなものなのに、半裸で抱きつかれて動揺してしまった。Ωの従弟と一つ屋根の下、これから一緒に暮らしていくなんて、大丈夫だろうか? 潤を無理やり犯してしまいそうでこわい。  譲の普段と違う様子を、従弟の潤は、不思議そうに見ている。 「あ、譲君のお父様ですか?」 夏目が竹春に声をかけた。 「そうだが。君が……」 「譲君とお付き合いさせていただいております。夏目隼人です」 「お付き合い? そんなもの、認めた覚えはないぞ」 竹春は、邪険に言いながらも、夏目の身体を舐めるように見た。 「確かに……魅力的だ……。Ω特有のフェロモンのせいか」 「すみません。薬は飲んでいるのですが」 「発情期なのか? 発情期なのに、勤務していいのか?」 竹春も、すぐに見抜いた。一般大衆のβには、わからないだろう。だが、αは、Ωのヒートには敏感だ。薬を飲んでいたところで気づいてしまう。Ωには薬があるが、αの方は、ただ、理性で情欲を抑えているだけなのだ。  昔は、Ωを犯しても罪にならなかったが、今では、人権派がうるさい。とはいえ、フリーのΩは、やはり危険な目に遭いやすい。早く隼人と番になって、守ってやりたいのに。 「私は主に、Ωの患者さんの対応をしているので……」 「フン、Ω担当医か。医師といっても所詮そんなところだと思ったよ」 「いえ、でも、私は、Ωがより快適に生きられるように、薬の調整や、精神的なケアを、Ω当事者の立場からきめ細かに……」 「君、譲と番になろうなどと思っていないだろうね」 「私は、今は、臨床研究に打ち込んでいます」 夏目は答えた。 「ふん、私が研究者だと知って、そんな風に媚びるんだな。言っておくが、うちは代々優秀なαを輩出してきた生粋のαの家系だ。譲もα同士の親から生まれた。悪いが、君と譲を結婚させるわけにはいかないよ」 竹春は、保守的な、α至上主義者だ。 「わかってます」 「自分の立場を、わきまえているのか。殊勝なことじゃないか」 「父さん、いい加減にしろよ。隼人をいびるのも」 譲は、たまりかねて、口をはさんだ。 「ねえねえ、譲兄さん、お腹が痛いよ。トイレどこ?」 譲の袖を、潤が引っ張った。 「ああ、わかった。ついてってやるから」 譲は、潤をトイレに連れていった。 ーーーーーーーーーーー 「ちょっと、こっちへこい」 竹春は、夏目の白衣の襟をつかんで、廊下を引きずり、空いている部屋へ引きずりこんだ。ベッドの上に押し倒すと、白衣をむしりとった。 「フェロモンをだだ漏れにしやがって、この淫乱Ωめ」 「やめてください……。僕は息子さんの恋人なんですよ?」 「うるさい。とっとと脚を開け」 「潤君を犯したのは、あなたなんですね?」 夏目が竹春を見つめた。 「うるさい、だまれ」 竹春が、夏目の首に手をかけた。 「親父、やめろ!」 ドアを開けて、譲が飛びこんできた。 「何すんだよ、俺の彼氏に」 「お前は、こんなΩなんかと」 「いいじゃないか! 父さんが番になりたかった伯父さんだって、Ωだったんじゃないか!」 「兄さんは、大洗家のαの血が途絶えることを危ぶんだんだ。だから、私と番になろうとしなかった……。兄さん……」 「ばかだなあ、親父。それでΩを憎んだりして。Ωは、魅力的だ。俺たちαにとって、抗いがたい魅力があるんだ」 譲は、夏目の顔を撫でた。 「叔父様……譲兄さん……ここにいたの?」 潤が、不安そうに部屋に入ってきた。 「こわかったよ。急にいなくなるんだもの。みんな、じろじろ俺のこと見るんだ。俺、そんなにおかしいの?」 「ああ……潤。悪かった。一人にして」 竹春は潤を抱きしめた。 「ほら、親父だって、潤のことが可愛くて仕方ないくせに」 夏目は、心配そうに二人を見ていた。 「潤、今日は、午後から入学式だな。私もついていくから」 「大丈夫かな。潤、初めての発情期が入学式とぶつかるなんて」 「大丈夫ですよ。僕だって、発情期ですが、こうして仕事に……」 と言いかけて夏目は、赤面した。夏目は乱れた衣服を白衣で隠した。  潤は、ますます不安そうにした。 「大丈夫。私やお前の父さんや、譲も通った高校だ」 「父様も……。そうだね。友達できるといいな」  夏目は潤を見つめた。Ωの生きる道は、けして平坦ではない。  夏目は、同じΩの少年の幸運を祈った。 ーーーーーーーーーーー 「ねえ、見てみて。可愛い?」 潤は、セーラー服と黒いニーハイと半ズボンを履いていた。 「なんだよ、その格好。入学式は制服だろ」 無防備な潤に、譲の頬は熱くなる。 「Ωは、これが制服なんだ。兄さんの制服があってよかった。ぴったりだ」 竹春が言った。 「そうなのか? そんなの着てたやつ、いたかなあ」 と譲は振り返り、「あ」と小さく声をあげた。  Ωとαはそれぞれ特別クラスがあって隔離され、めったに会うことがなかった。が、時々、Ωの少年が、αの少年たちに取り囲まれていることがあった。  譲は、父から、Ωに近づくなと厳しく言われていた。  そういえば、そんな服装の子もいたな。 「三年になってもそれだったらおかしいだろ。今だって、ギリギリな感じだぞ」 「もちろん長ズボンだってあるよ」 潤は、気に入っているらしい。 「まあ、お前は、女の子みたいだから、いいけどな」 「可愛いい?」 「うん、可愛いいよ。微妙だけど」 「可愛いでしょ?」 潤は、竹春の方を向いた。 「ああ、可愛いよ」 「親父に聞くなよ。親父は、潤にベタ惚れなんだから」 譲は苦笑した。 「じゃあ、行って参ります」 潤は、元気に手を振って挨拶した。 「気をつけろよ」 「平気だよ。叔父様がついてるもん」 「式だけだろ。教室までついていってもらうわけじゃないんだからな。Ωの友達とくっついてるんだぞ。αクラスに間違って行ったら危ないぞ」 といっても、潤は、Ωクラスに、すぐ入れるのだろうか。自分は、最初からαクラスだったが。 「うん。わかった。でも、αって、叔父様や、譲もαなんでしょ? 危ないの?」 「わかってねえのかよ。危ないだろ……親父なんて特に」 竹春がせきばらいした。 「潤、行くぞ。遅刻厳禁だ。Ωだといっても、潤は、大洗家の者だ。だらしないところは見せてはいけない」 「はい、わかりました。叔父様」 潤と竹春は車に乗り込んだ。  竹春の運転する車が走り去るのを、譲は見つめていた。 (完)

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