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 耳ごと頬を包まれて半分聴覚を遮断され、その分呼吸音を拾い上げる。まるで手負いの動物にするみたいに慎重で強引な接し方しなくても、逃げたりしないのにな。そんな必要がないから。  たぶん「一緒に暮らさないか」って言葉が冗談やノリなんかじゃなく、それだけ本気だってことなんだと思う。  太朗くんは面倒見が良くて優しい。家事もできるし、気心も知れているから断る理由はあまり浮かばないけれど、甘やかされる気はする。例えば他の女の子だったなら即答で受け入れたと思うのに、じゃあなんで太朗くんが誘う相手が俺なんだろう?それこそメリットは気心が知れているぐらいしかない気がする……。そもそも3年も先の話だ。 「気が、早いなあ」  まだ分からない、そういうつもりで返した言葉は伝わったのかそうじゃないのか、ふと太朗くんの唇が俺の額に触れた。小さい子を甘やかすような仕草でいて、その感触も頬を包み込む手もそれ以上の熱を感じて戸惑う。  近すぎてほくろが見えないほどのこの距離が、初めて照れくさいと思った。 「早くないよ。それに、ゆうが良いんだよ俺は」  見透かされたような言葉。今思ったこと全部、きっとお見通しに違いない。ふ、と息を漏らすように笑った気配がした後、太朗くんはこう付け加えた。 「3年かけて考えておいて」 「……うん、分かった」  頭の中が真っ白になってしまった。

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