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お前をクリームまみれにした結果
チャペルには幸せという二文字がぴったりだ。上質なカーペットの上を新婦とその父親が二人でゆっくりと歩いていく。美しいウエディング姿に皆うっとりとし、少しでもその幸せを分けてもらおうとしている。12月25日という聖なる日に行われている式は、幸せの一言に尽きる。
式が終わると、披露宴が始まった。
ドレスチェンジをし、ピンクの可愛らしいドレスを召した新婦とその隣で微笑む新郎に皆写真撮影やら、昔話のために絡みまくっている。
『それではここで、新郎新婦のご両人にはケーキ入刀へお進みいただきます。カメラ等をお持ちの方はご用意の上、ぜひとも前の方にお集まりください。お二人がケーキにナイフを入れましたら、拍手をお願いいたします。』
新婦の友人だろうか、拙いアナウンスで進行が進んでいく。
端正な顔をした新郎が、新婦の手を取って大きな大きなウエディングケーキに近づいていく。二人でケーキナイフを持ち、写真を取ってもらうために、カメラの位置を確認している。
『それでは、ウエディングケーキ入刀でございます。』
アナウンスが為された瞬間、前方の方でざわめきが起こった。いつの間にか、背の高かったケーキが見えなくなっている。
騒ぎが気になり、確認しに行くとそこには、新郎がケーキにダイブしている。
(一体、何が…)
新婦も口元を抑えて、身を引いている。
新郎はゆっくりと身体を起こすと、既に形を為していなかったケーキが崩れていく。
白いウエディングスーツが、ピンクのクリーム塗れでその男前な顔も台無しになってしまっている。
その頬についたクリームを一掬いすると、口に含んだ。
「甘い」
一言。ぽつりと呟いた。
***
はあ、めちゃくちゃすっきりした。
ケーキに上半身から突っ込んだ元・親友を見て、心底から面白いと思った。この幼いころからイケメンともてはやされ、何事もスマートにこなすこの男がこんな晴れ舞台で無様な姿を晒していることに、腹の底から歓喜している。
今日という晴れの日に、この男に恥をかかせているという事実に、鼻息が荒くなっていく。
こんな楽しい日はあるだろうか。
このケーキ塗れの新郎、日川冬樹 は俺の親友だ。正確に言えば、元がつくけれど。
中学校、高校と連れ添って、常に一緒にいた気がする。
このまま大学も共にして、この男の親友というポジションを常に守っていくのだと思っていたというのに。大学に入学してから俺達の関係は名前を変えた。
日川に告白されたのだ。勿論、『恋愛感情で』好きという意味で。
日川しか友達がいなかった俺は、とてつもない優越感に浸っていた。
こんな女どもが喉から欲しがるような人間が、顔を真っ赤にして俺に告白しているということに、どうしようもなく、歓びを覚え「いいよ」と返事をしたのだ。
これで、この男は誰の手にも入らないし、俺の隣にずっといる、そう確信したのだ。
大学四年間、それなりに仲良く恋人として付き合っていたと思う。元々お互いノンケということもあり、最初こそ戸惑いもあったがヤることもヤっていたし、将来の話もしていた。
…それだというのに、付き合って四年を迎えようとしていたあの日、俺は日川に振られたのだ。
アイツは俺に理由を話したがった。『現実を見て』だとか『お前には幸せになってほしい』だとか『覚悟』だとか。そんな話に俺は耳を貸さなかった。
俺の物にならない日川が嫌いだった。俺の手の内に収まってくれない日川が許せなかった。
平凡な俺に比べて、イケメンで優しくて思いやりがあって優秀な日川はいつも俺の手の届かないところでキラキラと輝いている。
やっと、手の届くところまで堕ちてきてくれたと思ったら、また自分の意思で離れていくのだ。
俺は同棲していた二人の家から、日川を追い出した。『話を聞いてくれ』そう言う日川を最低限の荷物とともに、玄関の外へ放りだす。この寒空の下大分長い時間、日川は部屋の前で経っていたようだが、いつの間にか外の気配もなくなっていた。
そっと扉を開けるとそこには誰もいなくて、外ではユキが降っていた。
天気予報では『今年初の雪が降るでしょう』そう言っていた。
クリスマス・イブの前日の話だった。
数日後、コンビニの夜勤から帰り、家の中がどうにも寒いことに気が付いた。
寒い、というより殺風景だった。
よく見ると、スリッパが一足になっていたり、歯磨きブラシは支えがなくなったように項垂れていて、枕もクローゼットの中も、日川が家でたこやきをしようと言って持ってきたたこやきプレートも全部全部なくなっていた。
なあ、日川。俺とお前が過ごした四年間は夢じゃないよな…?
***
お前には似合わないよ。純白のスーツは。
お前はせいぜい俺の元で笑っているくらいが丁度良い。
ケーキにダイブしたお前は本当に間抜けで、面白いな。
ハハ、ハハハ
その笑いも長くは続かなかった。白戸 は動きを止め、顔を引き攣らせている。
「お前、なにす…」
新郎が、白戸を抱きしめているのだ。
ぎゅうぎゅうと抱きしめるその身体はクリーム塗れで、背中には趣味の悪いピンクのケーキが溶けかかった雪だるまのようだった。
「やっと迎えに来てくれた」
つい先ほど神に誓った時よりも、一等嬉しそうにしている新郎。
抱きしめられた白戸も、クリーム塗れになっている。
幸せってなんだろうな、日川。
***
どうやら、日川の結婚は白紙になったのだとおしゃべりな女友達が言っていた。
昼間に披露宴がつぶれて夜にはその情報が入ってくるのだから、早いものだ。
なんでも、新婦は当時八股していたそうでそれが露見し、実家も勘当されたそうだ。その証拠も出所がわからないようだが、その犯人の予想はついている。
まあ、お互いクズで相手のことしか考えていないのだ。
日川は俺がいなきゃ生きていけない、俺も日川がいないといけていけない身体にされてしまった。結局収まるところに収まったし、これぞハッピーエンドっていう奴ではないか?
「ッ…あっン”ッ…」
俺の後孔を拡張し続ける日川は、「俺が少しでも痛いと思ったら二度とヤらねえ」という言葉を律儀に聞いて自分の張りつめたチンコはそっちのけで丁寧に指で手マンを続けている。
「ねえ、何考えてるの?」
上の空だったことを咎めるように、前立腺を的確に責めてきた俺の股の間で欲情する男を見て心の底からこの男がほしいと思った。
「ッ、あ、…もう挿れていいぜ、日川…ン…」
「え、でもまだそんなにほぐれてないし…」
「俺が良いって言ってんだから、さっさと入れやがれ」
両脚で、日川の腰をがっしりホールドして自らの腰を上げて日川のブツを押し当てる。
「痛いって言っても知らないよッ」
「ア”ッ…」
この男の余裕のない顔が見たかったのだ。
今日はクリスマス。きっと神様だって許してくれる。
だって、こんなに幸せなんだ。
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