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俺たちのHappy Birthday
最近、理人 さんがソワソワしている。
俺の一挙一動をジイイイイィィィィーッ……と見つめてみたり、かと思ったら食事中に妙に上の空だったり、珍しくスマホでなにか検索してるなーと思って覗き込むと、「勝手に見るな!」と怒られたり。
状況証拠から導かれる一般的な結論は〝浮気〟だけど、理人さんに限ってそんなことあるわけないし、なによりこの時期の理人さんのソワソワには心当たりがあった。
もうすぐ俺の誕生日だ。
理人さんが俺を喜ばせようと、一生懸命になってくれている。
それだけで空も飛べそう、なんて舞い上がってしまう単純な俺は、プレゼントはなにかな、なんてついウキウキしてしまう。
薬の副作用がなければ、「俺がプレゼントだから……っ」って真っ赤になった理人さんに押し倒される……なんて典型的すぎる夢を抱いていたかもしれないけれど、理人さんが絶賛ED中の今年はそれはないだろう。
となると……なんだろう?
なんだったとしても、俺は――…
「ん……お、はよ」
ふと我に返ると、至近距離で理人さんが瞬きしていた。
眠そうにパジャマの袖で目を擦り、不思議そうに俺を見上げてくる。
薄紅色に縁取られたアーモンド・アイには、だらしない笑顔を浮かべた俺が映っていた。
「なに?じっと見て……」
「なんでも。ただ幸せだなあと思っ……えっ!?」
「え……?」
「な、ないっ!」
「なにが……?」
「エンゲージリング!」
いつも左手の薬指に収まっているシルバーリングが、忽然と消えていた。
「う、うそだろ。まさかどっかで落とした!?」
布団をバッサバサと揺らしてみるけれど、キラリと光る物はなにも落ちてこない。
背中から嫌な汗がどんどん溢れてくる。
昨夜までの自分の行動を思い起こしても、まったくそれらしい出来事に遭遇できない。
ベッドに入った時はあったはず……いや、あったのか?
もうすっかりそこにあるのが当たり前の存在になっていて、わざわざ確認したりしなかった。
まさか、風呂に入ってる時に泡で滑って抜け落ちたとか!?
やばい。
もしそうだとしたら、今頃はもうきっと排水溝も下のそのまた下の方へ――…
「どうしよう理人さん!」
「どう、って、言われても……」
「へっ!?」
「そのうち……出てくるだろ……?」
「え……ええええぇぇーっ!?」
なにその反応!?
「な、なんでそんなに落ち着いてるんですか!」
「あー……」
「あー……って!」
「わかった、探す……けど、もうちょっとだけ寝かせて……今はまだ無、理……」
「ちょ、ちょっと理人さーん……!」
12月7日――夜。
一週間かけて思いつく限りの場所をくまなく探したけれど、結局指輪は出てこなかった。
「理人さん……ごめんなさい」
「ふぇ、なにが?」
「婚約指輪……」
理人さんはごくりと喉を鳴らして、カルボナーラを飲み込んだ。
そして困ったように眉を下げる。
「気にするなって言っただろ。指輪がなきゃ、一緒にいられないのかよ?」
「そうじゃない!そうじゃない、けど……」
「大丈夫。きっと、誕生日の奇跡が起きるさ」
12月8日――明け方。
俺は、妙な夢を見ていた。
仰向けの身体が上からなにかに押しつぶされている。
でも不思議と圧迫感も不快感もなく、なぜだかとても心地いい。
気を抜いたら温もりに|誘《いざな》われるままに眠りに落ちてしまいそうだ。
(ううん……ひゃっ!)
ふわふわ漂う意識の中で、ふと冷たいなにかが俺の左手に触れ、心臓が飛び上がった。
それはゆっくりと肌の上と伝い、そこにたどり着く。
薬指へと。
「いったたたたたっ!」
夢の中で引っ掴んだはずの手首は、なぜだか現実の理人さんのものだった。
ついギリギリと捻り上げていた手を慌てて離すと、理人さんの上半身がパタリと倒れ込んでくる。
「理人さん!?いったいなにを……」
視界の端で、なにかが鈍く煌めいた。
理人さんの親指と人差し指の間に挟まれたそれ、は――
「俺の、エンゲージリング……?」
理人さんの全身がビクンっと跳ねる。
「どういう、ことですか?」
「……」
「まさか、ずっと理人さんが持ってたんですか……?」
「……ごめん」
「なんで!?俺、本気で焦ってたんですよ!それなのにっ……」
「思いつかなかったんだ!」
「え……?」
「佐藤くんの、誕生日プレゼント……」
俺の、なんだって?
「本当なら身体をリボンでぐるぐる巻きにして、『プレゼントは俺……』とかできたらよかったんだろうけど、今はその、そういうのは無理だし、だから……」
理人さんは、深く息を吐いた。
そして、アクアマリンを携えた指輪をこちらに押し出す。
「内側、見て」
指輪を受け取り、薄暗い空間にかざした。
何度か角度を調整すると、一週間前までは存在しなかった傷跡が見えた。
Masato loves L
「理人は英瑠 を、愛してる……?」
「刻印に一週間かかるって言われて……でもどうしても秘密にしたかったから、佐藤くんが眠ってる間にこっそり……もしかしたら気づかないでいてくれるんじゃないかと思ったけど、初日からバレて罪悪感でいっぱいで何度も打ち明けようとしたけどできなくて、だって俺っ――」
「はめてください」
「えっ……?」
「理人さんがはめて?」
理人さんの手のひらにぽとんっとリングを落とし、差し出された右手の上に左手を乗せる。
俺のよりほんの少しだけ小さな手が、きゅうっと絡みついた。
とても丁寧に、約束の証があるべき場所へと戻されていく。
最後までたどり着くと、透明な雫がひと粒伝い落ちてきた。
「誕生日おめでとう」
泣きながら笑う理人さんを、俺は強く抱きしめた。
「ありがとうございます、理人さん……」
「もう、怒ってない……?」
「プッ、怒ってません。怒れるわけないでしょ?」
思わず噴き出すと、ようやく背中がぎゅうっと締め付けられる。
小刻みに震える身体からもたらされる愛と、指輪に刻まれた誓いを同時に感じて、心の奥で言葉にできない愛おしさが募った。
「来年は、できるといいな……」
「なにを?」
「俺がプレゼント、ってやつ」
……ああ。
ああもう。
これだから、俺は――…
「はい。楽しみにしてます」
fin
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