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第6話
あの人が現れない事にほっとしつつも、会えない事が少し寂しい。
会えたとしても恥ずかしすぎて話しかけるどころか顔すらまともに見られない気もするんだけど。
妄想するなら普通の妄想にしよう。うん、それがいい。
例えばあの人とデートをするならどこがいいかなぁ。動物園、遊園地……うーん、恋人より家族が多そうなんだよね。
水族館、そうだ水族館に行きたい。あの人なら嬉しくてはしゃいでしまう僕を優しく見つめてくれそうだ。
海と一体になったようなオーシャンブルーの揺らめく世界をあの人と見たい……。
「かわいいね!」
「あぁ」
大きな水槽の中で優雅に泳ぐイルカの親子を目で追いながら興奮する僕の頭をぽんと撫で、
眩しそうに目を細める圭一の横顔にやっぱりかっこいいなと見惚れてしまう。
「幻想的だよね」
照明を落とした室内で様々な色にライトアップされ輝くクラゲを眺めていると宇宙にいるような錯覚を覚える。
「感性が豊かなんだよな理央は。でもクラゲって毒を持っている種類が多いらしいよ」
「へぇ、こんなに綺麗なのに。綺麗なものには毒があるってやつ?」
「それを言うなら綺麗な花には棘がある、かな」
かわいいなぁ理央は、と笑う圭一に馬鹿にされている気がして拗ねる僕の手を握り、好きだよと囁く圭一が綺麗な花の棘やクラゲの毒よりも危険だと熱くなる頬を押さえた。
圭一と一緒にいると僕の心臓は痛いくらいに鳴りっぱなしだけどそれが凄く幸せで、
好きな人に好きだと想われる事がこんなにも嬉しい事なんだと圭一が僕に教えてくれた。
知ってしまったから、圭一のいない世界なんて想像できない、耐えられない。
だから、ずっと、いつまでも僕のそばにいて。
「理央?疲れた?」
「ううん、ちょっと羨ましいなって思って」
「羨ましい?」
心配そうに覗き込む圭一に首を横に振りながら笑う僕に不思議そうな顔で首を傾げた。
「水族館とか動物園ってさ、生き物を狭い世界に閉じ込めるのは可哀想だって言う人がいるじゃない。それを否定するつもりはないけど、だけど僕は圭一となら狭い世界にいたいと思うから」
「理央……」
「え、あの、変な意味じゃなくて……」
辛そうに僕を見つめる圭一に何かまずいことを言ってしまったのかと不安になり、必死に言い訳を探してみても何も見つからない。
「理央、もし……もしも俺がいなくなっても理央には沢山のものを見て感じて幸せになってもらいたいと――」
「嫌だよ!圭一がいないなら生きてる意味なんてない!」
「理央!」
初めて聞く圭一の叱るような強い口調に何も言い返せずただ俯く事しかできなかった。
圭一は僕がいなくても平気だからそんなことが言えるんだ。
どんな景色もどんな楽しい事も圭一がいないなら意味がない。
圭一がいない、それだけで僕の世界は色褪せてしまうんだ……。
頬を伝う涙に哀しさが増してくる。
どうしてこんなに哀しい妄想をしてしまったんだろう。
好きな人と楽しくデートをする、それだけでよかったじゃないか。
現実の僕は話しかける事すらできず、あの人がここに来なければ会う事もできない。
あの人への膨らみ過ぎた想いがあんな哀しい妄想を連れてきてしまうんだ。
あの人の中に僕がいない事が哀しい。
だから僕を知ってほしい。
あの人に想いを伝える決心をした僕に雲ひとつない空に浮かぶ月光が勇気をくれた。
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