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第66話(最終話) 繋いだ手のその先に⑧
暁人が気付いたときには、葉山が体温を感じられるほど身体を密着させた状態で、暁人の髪を指先で優しく梳いていた。
「柴……? 大丈夫か」
暁人が目を覚ましたことに気付いた葉山が手を止めて訊ねた。
酷い倦怠感と脱力感に頭の中がぼうっとしたままだ。けれど、髪に触れたままの彼の指先の感触が心地いい。
──気持ちよ過ぎて、途中から記憶が飛んでたな。
「水、飲むか?」
葉山が起き上がって裸のままベッドから抜け出すと、慣れたようにキッチンの冷蔵庫を開けるとボトルを取り出して戻って来た。何も身に付けていない葉山の身体は、こうして離れて見てもやはり男らしく魅力的だと思った。
「どうした?」
戻って来た葉山が、笑いながら暁人の額にペットボトルを押し当てる。ひやりとした感覚もまた心地いい。
「格好いいなと思って、見惚れてました」
「は? なんだよ……寝ぼけてるのか?」
「葉山さんは、格好いいですよ。出会ったときからずっと」
いつだって、太陽みたいだった。
全然好みのタイプではなかったはずなのに、初めて会ったときから暁人の目には彼がやたら眩しく映って、目が眩みそうだった。
まさか、こんなにも惹かれるなんて。まさか、想いを受け取ってもらえるなんて思ってもみなかった。
だからこそ、自分も真っ直ぐ向き合いたい。この人とずっと手を取って歩いて行けるように。
「ああ……幸せすぎて、怖いな」
暁人が呟くと、葉山が呆れたような顔をして手にしたペットボトルで暁人の額をコツンとした。
「まーた、おまえはそういうこと……」
「すみません」
そう言ってから、葉山の手をそっと握った。
大きくて温かな手。初めて彼に触れられたあのときから、たぶん恋に落ちていた。
「どうした?」
「この手、離しません。絶対に」
この大きくて優しい手を他の誰かに渡して堪るか。
「誰にも譲りません」
誰かに譲るくらいなら、この先何が起ころうとも、必死にもがいてこの手を離さない方法を見つけ出そう。
暁人が握る手に力を込めると、葉山も嬉しそうに笑いながら同じ力で暁人の手を握り返した。
「ははっ。柴にしては、強気な宣言だな。いいぞ、その調子だ」
といって空いている手の指で暁人の鼻を弾いた。
「ちょっ、……バカにしてます?」
「してねぇよ。ただ、そういうとこもかわいいと思ってな」
「あの! 前から言おうと思ってたんですけど、かわいいって……俺男ですから」
男にとっては褒め言葉として受け取るのは少し複雑だが、葉山にかわいいと言われて嬉しくないわけじゃないのに照れくささからついこんな口をきいてしまう。
「だからなんだよ。かわいいから素直にそう言ってなにが悪い」
「バカじゃないですか」
「うわ。久々出たよ、ブラック柴が」
「なんですか、それ」
──ああ、幸せだ。こんなくだらない言い合いさえも、幸せ過ぎて涙が出そうだ。
悲しい涙ならこれまで何度も流して来た。幸せ過ぎても涙が出るなんてこと、葉山に会わなければ知らないままだった。
「おまえ、元々俺には口悪かったもんな」
「そんなことないですよ」
「そんなことあるわ。もっと出してけよ、そういうのも」
「……」
「全部ひっくるめて愛してやるから」
葉山の言葉にまた鼻の奥がつんと痛くなった。
彼にはいろんなことを教えてもらった。暁人の欲しかった数えきれないほどのものをもらった。そんな彼に自分も同じだけの幸せを返したい。
だからこそ、もっと強くなろう。
これから先もずっと、あなたの隣を堂々と歩いて行けるように──。
-end-
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最後までお読みいただき本当にありがとうございました(*^-^*)
ほんの少しでも楽しんでいただけてたら嬉しいです。
涼暮つき
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