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夜と飼い犬
彼は毎週金曜日の夜、男に飼われている。
彼の名は、星野宇宙 。国立大学に通う大学三年生であった。塾講師のアルバイトを終えた彼が立つのは、ある男のマンションの一室である。エントランスを通り抜ける為に教えられた暗証番号を打ち込み、渡されたカードキーで男が住む部屋の玄関に静かに入った星野は玄関とリビングを隔てるドアを開け、その場で歩みを止める。星野の視線はリビングの奥で一人掛けのシンプルなソファに座り、うっそりと笑みを浮かべる男へと注がれていた。
「待っていたよ」
あくまでも上品な笑みを浮かべそう告げる男は、自身の家であるというのに一分の隙もなく細身のスーツを纏っていた。量販店の既製品ではなく、オーダーメイドであろうそのスーツは男の身体に嫌味なくフィットしている。星野の視線と男の視線が絡み合い、男は口を開かない星野に向けて再びその薄い唇を開く。「何をすればいいのか、わかっているだろう?」幼い子供がするように、男はこてんと首を傾げる。その動きに合わせてさらりとした黒い髪が揺れた。そんな男の仕草を見て、星野は内心でだけ嫌味なヤツだ。と吐き捨てる。その行為の全てが嫌味ったらしいくせに、それを嫌味っぽく見せないよう男が細心の注意を払っている事を彼は知っていたのだ。それを知っている星野から見ればその男は傲慢で嫌味な男にしか見えなかった。この世の全てを見下しているのではないか、とも思える男に対し星野は挑戦的な笑みを浮かべ背負ってたリュックサックをフローリングの床へと置く。そうして彼は身に纏うマウンテンジャケット、ブイネックのセーター、ボタンダウンの白いシャツ、肌着、ベルト、ジーンズと男の元へ向かいながら一歩一歩男に見せつけるようにその衣服を脱ぎ捨てる。星野の歩いた後には点々と彼の衣服が散逸していた。そして彼は男の前でひどくゆっくりとボクサータイプの下着を脱ぎ去り、顔の高さまで上げた指先から、抓み上げて布地を床へと落とした。星野は以前男にその茂みを剃り落とされてからというもの、子供のようにつるつるのままを維持する事を命じられている局部を隠すこともせず、黒い靴下だけを履いた姿で男に向けて挑戦的な視線を向ける。星野が傲慢で嫌味な男と断じる彼と逢瀬を続けているのは、知ってしまっているからだ。この先に待ち受ける被虐の快感を。
「よく出来ました」
星野は言葉を発しない。それは男が彼にそう命じたからである。快感に漏れ出る言葉と懇願以外、発する事は許さないと。男の言葉に星野は彼の座るソファの前で跪き、男の動きを待つ。長い足を優雅に組んでいた男は、餌を待つ犬によし、と言うかのようにその足を広げる。男の動きを許しを得たと判断した星野は、広げられた中心へとその頬を寄せた。男の手は星野の頭へと伸び、ゆるゆると彼の癖がついた髪を撫でる。時折耳朶や首筋をなぞるように触れる指は犬を褒める飼い主の手つきではなく、愛撫そのものであった。星野は男の指先に弄ばれ肩を小さく揺らしながら、反撃するかのように目の前にあるジッパーを自身の口で開き、布地の奥に潜む硬さを持ち始めた肉棒を探すようにその顔を男の局部へと埋めていった。外気に触れた男の欲に星野がそのまま顔を埋めようとした刹那、男の指によって頭部を鷲掴みにされる事でその行為は留められる。星野が不満そうな視線を男へと向ければ、男は冷たい視線で星野を見下す。
「僕は淫乱で素直な犬や生意気な犬は好きだけど、はしたない犬は好きじゃないんだ」
知っているだろう? と重ねられた言葉に星野は小さく目を逸らす。しかし、それでも男は星野の頭を鷲掴みにしたまま動きを止めたままであった。
「――っ、ゴシュジンサマの、ザーメンを、お恵みください」
「もう少しお願いの仕方を考えて」
吐き出すように口にした星野の言葉をピシャリと切り捨てた男の言葉に、星野は目の前で緩く勃ちあがる男の欲棒を見詰める。そうして彼は冬の闇夜のように凍て付いた男の瞳をしっかりと見据えて再び口を開く。
「我慢が出来ないはしたない犬に、ご主人様のおちんちんを口にして、ザーメンを頂く事をお許しください」
つらつらとその言葉を口にした星野に男は頷き「相変わらず君はお願いが苦手だね」と微笑む。星野の頭を掴んでいた指は彼の頰を優しく撫でた。「まぁいい、咥えろ」その言葉を皮切りに、星野は餌にありつく犬のように男の長大な肉棒へとしゃぶりついた。喉奥まで迎え入れるように銜え込み竿を愛撫し、裏筋を舐め上げカリへと舌を這わせる。部屋の中には星野が男の欲を自身の口腔で愛撫する淫猥な水音だけが響き、男のそれはどんどんと硬さを増して行く。断続的に響き続ける水音の合間に二人の男によって吐き出される熱を孕んだ吐息が小さく漏れるようになった頃、犬を褒めるように撫でていた男の指は星野の頭を掴みその局部に押し付けるように強い力が加えられるのだ。男の手により無理やりに喉奥までその欲を飲み込ませられた宇宙はそれでも身体を震わせ射精が近づいている男の欲を銜え込み舌を絡ませる。苦しげな声を漏らしながらも喉の奥まで咥え込んだ肉棒は質量を増し、星野の食道へと直接注ぎ込むかのように溜め込んだ白濁を吐き出していった。断続的に吐き出される白濁を消化器へ流し込まれた星野は緩まった男の手から逃れるように少しだけ頭を上げたが、その唇は未だ芯を持った男のそれを包み込んでいた。名残惜しげに残った白濁を口腔へと溜めた星野は、男の肉棒から唇を離し白く汚れた口腔を男へ見せつけてから、その青臭い男の欲の象徴を味わうかのようにゆっくりと嚥下する。再び星野が口を開いた時には男の吐き出した白濁は消え去っていた。
「じゃぁ、ベッドに行こうか」
喉奥を嬲られ上気した頰をそのままに蕩けた視線で男を見詰める星野へ、男はゆっくりとそう告げる。そんな男の言葉に星野は首元を見せるように跪いたままで、男を見上げるよりも意識的に顎をあげる。そんな星野の行動に「よくできました」と喉元をくすぐるように撫でた男は、ソファの隣に置かれたサイドテーブルへ置かれていた黒い革製の首輪を手に取る。犬に付けられるようなそのシンプルな首輪はしかし、人間に着ける為に作られたもので。ベッドに向かう前に星野の首へとそれを着ける事が彼らのルールであった。バックルを締める前、戯れに男はそれを強く締める。苦しげに顔を歪めた星野の表情は、苦しさ以外の色を滲ませていた。「これは、はしたない事をしたおしおき。まぁ、君にはお仕置きにもならないだろうけど」星野の首へ巻きつけられた革を緩め、息苦しくはないものの緩くもない位置でバックルを留めた男は立ち上がる。ようやく立ち上がった男はその長身から星野を見下ろしてからその背を向け、男よりも二十センチ程背の低い星野は靴下だけを履いたままの姿でその後に続く。喉奥を嬲られた興奮と、その後の期待で膨らんだ彼自身の肉茎はそのままにした滑稽な姿で。
男は星野が脱ぎ捨てた衣服に沿うように足を進め、廊下の先にある扉のノブへ手をかける。ゆっくりと開けられたその部屋は彼の寝室であり、その部屋には一人暮らしの男の部屋には似合わないキングサイズのベッドと書棚、ノートパソコンが無造作に置かれたデスクがあり、ベッドサイドにはサイドボードが置かれていた。男は部屋の中で期待に股間を膨らませている星野を焦らすようにわざとらしくゆっくりとその身に纏うスーツを脱ぐ。脱いだスーツを受け取り壁に作り付けられたウォールハンガーへ皺が付かないよう掛けていくのは星野の役目であった。スリーピースを壁に掛け、シャツと下着、そして靴下を受け取りウォールハンガーの近くにある籠へと入れた星野は一糸纏わぬ姿でベッドへ腰掛ける男の前へと座り、局部を隠すように組まれた足の空中でひらひらと星野を誘うように揺らされていた爪先へと唇を落とす。
「さ、ベッドに上がって」
男の許しを得て始めてベッドの上へと上がった星野の身体をベッドカバーの上へと沈ませた男は、首輪以外で唯一彼の肌を覆っていた靴下を剥ぎ取るように脱がす。そうして男は星野の肌へと唇を落とすのだ。嬲るように爪先を唇で愛撫する男により、星野はその爪先を震わせ、ベッドカバーを握るように皺をつける。爪先から頭の上まで男によって男好みに反応するよう躾けられた彼の身体は快感に震え、唇からは甘い吐息が漏れていく。張り詰めた肉茎からはぷくりと白濁混じりのカウパーが溢れはじめていた。
「我慢が効かないみたいだね」
足の裏をつぅ、と指先でなぞった男は星野の中心で涙を零す肉茎に視線を落としながら彼を咎めるように呟き、わざとらしく肌を重ねるように星野に覆いかぶさりながらサイドボードの引き出しからいくつかの道具を取り出す。離れていく男の体温に名残惜しげな視線で男を見つめる星野へ「そろそろ、待て、も覚えような」とどこか愉しげな声色で告げるのだ。そうして男が彼へと見せつけるのは冷たい光を孕んだ銀色の細い棒。ローションの赤いキャップを取り温めることもせず星野の肉茎へとボトルを傾ける。そのひやりとした感覚に星野の身体に震えが走る。彼の視線は男が持つ銀色の棒――尿道ブジーに釘付けとなっていた。
「……やだ」
星野の唇から思わず零れ落ちたその言葉に、男は凍て付いた視線を彼へと向ける。「口にしていいのは喘ぎとお願いだけだって、言ったよね?」冷たい金属が星野の鈴口へと触れる。そこは何かを求めるかのようにひくつきながら開閉を繰り返していた。「大丈夫、いいこにしていれば最後には出させてあげる」重ねられた男の優しげな声とは裏腹の冷たいままの瞳に星野はいやいやと小さな子供のようにかぶりを振る。謝罪の言葉を口にすることも、彼には許されていなかった。許されていても、彼がそれを口にするとは限らないが。
「あぁ……ッ!」
一気に挿し入れられたブジーが尿道を割り開く感覚に思わず声を上げた星野は、尿道越しに刺激された前立腺の快感に今まで溜め込み渦巻いていた快楽を爆発させる。今までよりも一層激しく震える彼の肢体を見た男は「挿れただけだよ?」とうっそりと笑う。
「でも、きみは気持ちのいい事が大好きだもんね? はじめて逢った時からずっと」
口調は疑問を呈していても、その視線はそれを断定するように星野へ注がれる。ブジーを受け入れさせられた彼の肉茎は男の言葉に同意するかのように放出を求めてびくびくと震えていた。肢体を戦慄かせる星野を見つめる男は愉しげに笑みを浮かべ、彼の痴態に浮かされたように再び勃ちあがる欲を星野に見せつけるかのように彼の顔の横まで動きそっと揺らして見せる。生々しい雄のにおいが星野の鼻腔を擽り、快感に蕩けた瞳を肉棒へと向けながらも彼は震える腕を支えに身体を起こしながら吸い込まれるように男の肉棒へと頰を寄せる。身体を動かした事によりブジーが小さく動いたのだろうか、星野の身体は再びビクリと震え彼の唇からは熱を孕んだ吐息と喘ぎが漏れる。次第に荒くなる呼吸とともに、普段の星野の瞳に宿る国立大学に通う人間らしい理知的な光は消え去っていた。そこに居たのは、主人の肉棒を求める浅ましい犬であった。ペシリ、と男の肉棒で頰を打たれた彼はだらしなく緩んだ口許に淫蕩な笑みを浮かべ、鈴口へと愛おしげに唇を落とす。そんな星野の姿に小さく笑みを浮かべた男は「ちゃんとお願いしてみようか?」と彼へと言葉を落とす。男の声に名残惜しげにもう一度肉棒へ唇を落とした星野はもぞもぞと震える肢体を動かし、男に見える位置へと自らの腰を上げ足を割り広げる。ひくひくと快楽を求める菊座を広げるように内腿に両手を添えた星野は、震える指先に力を込めてその蕾を男へと見せつけるのだ。
「ご主人様の、おっきいおちんちんで、けつまんこゴリゴリしてぇ、俺をめちゃくちゃにイカせてください……!」
何の捻りもなく自身の欲望に忠実な星野の言葉に男はその笑みを深め、完全に勃ちあがった欲棒を星野自身によって広げられた蕾へと宛てがう。その場所は肉棒の熱を求めるようにヒクつき、この部屋に来る前星野自身が準備して居た事により程よく解されていた。「はやく! はやくいれてください……ッ!」焦れた星野は半ば叫ぶように男により与えられる筈の快感を求める。「でも、まだ解してないよ?」中に挿入ってしまわない程度に菊座へと肉棒を押し付けながら男は星野に問いかけた。そんな男の言葉に星野は恥も外聞もなく喚く。「わかってるだろ……! 来る前にちゃんと解してるから……っ!」確実に脳を経由せずに口走られているその言葉に、男は笑いながら「へぇ。バイトが終わってここに来るまでに、そんな事してたんだ?」なんて白々しい言葉を星野へと零す。
「えきのトイレで……っ! だから、はや――アァア……ッ!」
肉棒を求めるが故に聞かれてもいない事を口走る星野の声は自身の嬌声でかき消される。男の長大な肉棒はずるりと柔らかくそれを締め付ける星野の後孔へと挿入っており、半分程が胎内へと姿を消していた。「それが本来のきみだろう? 淫乱で素直で、ちょっと生意気な犬。僕の好きなきみだ」残りの半分をゆっくりと胎内へと入れていけば、ようやく星野の無毛となっている肌へ、男の少し硬い茂みが触れる。男が奥へと進むたびにその肢体を震わせ声を零していた星野は、快感に溶けた声で「ぜんぶ、はいったぁ」とだらしない笑みを浮かべるのだ。そんな星野の姿に「僕のかわいいワンちゃんは、この後どうしてほしいかな?」と彼の薄い腹を撫でながら問いかける。そんな男の声に星野は熱に浮かされたように焦点の合わない瞳で男へと懇願する。「だきしめて、めちゃくちゃに、してください」男から与えられる感覚全てが快感へ繋がるように躾けられた犬となった星野は、腹を撫でる男の手にすら快楽を覚える。快楽の渦の中で身体を震わせる彼の姿に「いいだろう」と男は笑い、彼の小柄な身体へ覆いかぶさるようにその長身をベッドへと沈めた。「ウヒロ、いい子にしてろよ」肘を支点に星野を覆う身体を支える男は、ずる、とその肉棒をゆっくり引き抜き、再び最奥を目指し一気に突き入れる。そんな男の抽送に星野は男の背へと腕を巻きつけしがみつくように快感を叫ぶ。あられもない嬌声を上げる星野の胎内はいつしか快感に痙攣し、高みに登りつめたまま降りる事が出来なくなっていた。「アッ、あぁ……ッ!」星野の意味を為さない嬌声と結合部の淫猥な水音がその部屋を支配し、星野の瞳は男を写してもその焦点を正しく結ぶ事などできなくなっていた。「アァッ! ア、またッ!」男のそれが最奥を目指す度に高みへと上っていた彼の数えきれない程の絶頂の間、激しい抽送を行なっていた男もまた限界に近づいていた。愉しげに笑みを浮かべていたその表情は雄の興奮を隠す事なく唇に弧を描き、その瞳は熱を帯びていた。じっとりと浮かんできた汗は黒い髪を伝い、サラサラと揺れていたそれも湿り気を帯びたた為かその動きを緩慢にしていた。まともな思考とは既に別れを告げているのであろう意味を成さない嬌声を上げる星野へ「中に出す」と一言だけを告げ、再度その最奥を突き上げる。そうして動きを止めた男の肉棒は、その欲を断続的に星野の最奥へと吐き出し続ける。ビクビクと痙攣を続ける彼の胎内の締め付けを感じながら、男は星野の肉茎を戒めていたブジーへと指を掛ける。ひどくゆっくりと、尿道へ快感を覚えさせながら引き抜かれるブジーに星野は震え続ける肢体で興奮のまま吐き出される断続的な嬌声を上げ続ける。あと少しで解放を迎えるというところで、男はそれを再び勢をつけ彼の奥へと突き入れた。
「アァアッ……ッ!」
一際高く上げられた星野の嬌声と共に星野の胎内に突き入れられたままの肉棒は彼により締め付けられ、最後の白濁を搾り取られるのだ。そうしてその菊座からずるりと硬さを失った男の欲棒を抜き出すと共に星野の肉茎は解放を迎える。熱を持った吐息と嬌声の混じる星野の吐き出す言葉にならない声と共に星野の白濁は勢いをなくしながらもダラダラと吐き出されていく。そうして興奮を失い萎びたその竿からは続いて白濁とは違う黄金色の液体が漏れ出ていくのだ。「あ、ぁ……」最早何を吐き出しているかもわからなくなっていた星野の口からは尿が尿道を通る快感による声が漏れ出るのみであった。失禁と共に彼のヒクつき続ける蕾からは男が吐き出した欲がコポリと溢れる。星野の顔に浮かぶのは、激しい行為によって滲んだ汗と快楽に溶かされた淫蕩な笑みであった。
朦朧とした星野の意識を現実へと戻したのは、彼の頰を軽く叩く男の掌で。肌を叩く軽い音が部屋の中に小さく響いた。惚けたままの表情で視線だけを男へ向けた星野に、男は「帰る時間だろう?」と口端だけで笑みを浮かべる。その言葉を受けても気怠そうにベッドの上で小さく身動ぎするだけの星野へ、男は彼の首に巻かれた細い革を男らしく骨張った人差し指だけで引き上げる。首と革の間に差し入れられたその人差し指により掛けられた力とこの惑星の重力によって軽く気道を塞がれた星野は苦しげな声を上げながらも観念したようにその身を起こす。
「タクシーは呼んであるよ、それからこれは今日の交通費」
星野の首に巻きつけた首輪を外し数枚の紙幣を渡しながら優しげな声色で星野にそう告げた男の瞳には優しさなど微塵も見当たらなかった。歴史上に名を残した教育者の肖像画が描かれた数枚の紙幣を受け取りながら、男の冷たい視線に媚びとも諦めともつかない曖昧な笑みを浮かべた星野は何度も頂点へと達した身体を清める事もせずにベッドから降りる。二人分の性のにおいを纏わせた星野は、リビングに点々と散らばる己の衣服を一つづつ纏い、リビングのドアの横に置かれたままのリュックサックへ裸のままの紙幣を無造作に放り込めば男へと背を向けそのアパートを後にした。
**
夜の匂いを纏った星野は、自身の飼い主が呼んだのであろう迎車へと乗り込む。ぶっきらぼうに住所を告げる彼の声は幾度もなく上げた嬌声によって掠れていた。タクシードライバーは何も言わずに真夜中の幹線道路を走り続けた。そうして着くのは男の家からメーターひとつ分程度の距離に位置する自身の住むアパートで。男から渡された高額紙幣から料金を払えば、数枚の紙幣といくつかの硬貨が返される。「どうも」それだけをタクシードライバーへ告げた星野は硬質な音を立てながら自身の部屋へと向かう為階段を登る。そうして着いたワンディーケーの部屋には、先客がいた。
「……お前、また来てたのか」
電気もつけられていないその部屋の闇の奥で、何かがもぞりと蠢く。軽いプラスチックの音を立て灯された照明の下には星野の見知った男の姿があった。星野の言葉と照明が付けられた事が男のスイッチになったのだろう。男は開け放たれたままになっているリビングと寝室を分ける襖の奥、ベッドに沈めていた腰を上げそのままの勢いで星野をその両腕の中に収めたのだ。
「ん、……っふ、」
星野を抱きしめたまま彼の口腔を貪った男の早急な口付けに応じながら、彼はやんわりと男の胸に手を添えその身体を離そうとする。
「先輩、また身体を売ってきたんですね」
星野の動きに男は彼を解放する。銀の糸が二人を繋ぎ、そして消えた。男は一度も染めた事が無いのであろう闇色の髪と同じ闇色の瞳にどろりとした感情を孕ませて星野を見詰める。「お前に何か言われる筋合いは無いな。ユズル」頑なな星野の声にユズルと呼ばれた男――大﨏譲 は星野の両肩をその指が食い込む程に掴み、声を荒げる。
「先輩は俺のものでしょう! なのに、あんな胡散臭い男に身体を売って!」
「お前のものになったつもりはないし、俺は気持ちのイイ事が好きなだけだ」
揺さぶるようにその肩を揺すり荒々しく言葉を放つ大﨏へ、星野は面倒臭そうにそれだけを淡々と返す。そんな星野の言葉に大﨏は「色狂い」と小さく吐き捨て、彼が羽織っていた上着をリュックサックごと剥ぎ取っていく。
「どうせ、今日もいっぱい出されたんですよね? 俺がきれいに上書きしてやりますよ――きもちいいこと、好きなんでしょう?」
嫉妬と独占欲に塗れた瞳で星野を見つめる大﨏に、彼はうっそりと笑みを浮かべる。ジーンズと下着を纏った下で期待にひくりと蠕く星野の蕾からは、飼い主に注がれた白濁がコポリと溢れ出した。
「いいぜ、何も考えられないくらいヨくしてくれるんだろう?」
星野のその言葉が、若い二人の夜が始まる合図であった。
ベッドの上で上から下まで全てを剥ぎ取られた星野は、菊座の中で動き回る大﨏の指に震えながら嬌声を放つ。大﨏は笑いながら「ホント、スキモノですよね。とろっとろになって、汚ったない他の男の精液入れたままココまで帰ってきて」と星野の中を掻き回していた。「で、俺に掻き出してもらうまでがワンセットなんでしょう?」どんだけ出されたんですか? はしたない水音を鳴らしながら大﨏は星野へと問う。大﨏の問いかけへ星野は上擦る声を抑えながら声を投げる。「知るか……ッ!」続けようとした言葉は自身の嬌声にかき消されていった。菊座から溢れる白濁は、大﨏の指と星野の内腿、そしてシーツを汚していく。「あとでシャワ浣ですかね。先輩がトんだら風呂でホースぶち込んであげますよ」愉しげな声を上げながら大﨏は星野の胎を三本の指で蹂躙する。わざと前立腺を避けながら腸内を嬲る指へ、その内部は快感を求めるかのように蠕動を繰り返していた。
「指入れてるだけなのに、何搾り取ろうとしてるんですか」
笑い声を上げる大﨏はその指でぐい、と星野の泣き所を強く押さえる。待ちに待った快感に星野は一層高い声を上げその身体を震わせた。
「あ、先輩いまイきましたね? だめですよ、イくときはイくって言わなきゃ」
今まで前立線を避け続けていた指が、今度は執拗に前立線を弄ぶ。その指に翻弄される星野はあられもない嬌声を上げながらも「イく……ッ! いったからぁ……ッ!」と腰だけを上げた姿でその背を震わせシーツへと沈み込んだ頭を横に振るように小さく揺する。
「今日はトぶまで何回いけますかね?」
いやいやと小さな子供のように涙を流し、それでも娼婦のように腰を揺らし嬌声を上げる星野の姿に大﨏は嗤いながらもう言葉など届かないであろう星野へとそれだけを告げて彼の菊座から指を抜き出した。外へと出て行く大﨏の指へ、星野の孔は名残惜しいとでもいうかのようにきゅ、とそれらの指を締め付けていた。
「そんな事しなくても、すぐにもっと大きいのあげますよ」
そう言ってやっとその身に纏うシャツやジーンズ、下着を脱ぎ捨てた大﨏は既に星野の痴態によって膨らんでいた己の欲を彼の蕾へと主張するように押し当てる。ぐにぐにとその蕾を己の肉棒で刺激するその緩慢な動作に星野は思わずといった様に声を上げた。「早く寄越せ!」悲鳴じみた星野の懇願に大﨏は眼前に露わになる彼の背を指先でつぅと撫でた。その感触にすら身体を震わせる程快感を得やすくなっていた星野は甘い吐息を漏らす。「はやく……っ!」甘い声色で懇願を漏らす星野の背を見下ろす大﨏は、彼に見えないよう小さく口元に弧を描き「ねぇ、先輩。俺の事スキ?」と彼の背にのし掛かりながら耳元で囁いた。「……ッ!」甘く低い歳下の男による囁きに声を詰まらせた星野は「そんなの、どうでもいいだろ……!」とその問いに同意を返すことはなかった。それは星野の最後に残されたプライドで。その問いに同意した時、自分は大﨏に堕ちるであろうという確信があった。だからこそ、星野はベッドの中でさえ大﨏へ好意を口にする事はない。そして、彼のその矜持を大﨏も少なからず察していた。だからこそ、大﨏はそれを口にする。自らの手の中に星野を堕としたいが為に。星野の言葉に「強情な人ですね」と笑みすら含めた声色で囁きながら彼の耳を食む。星野の耳朶を舐る大﨏は、そうしてやっと星野の胎内に己の肉棒を埋めたのだ。歓喜の声を上げ啼く星野がその背を反らせようとしても、その背の上に覆いかぶさる大﨏の身体に阻まれる。シーツの海に沈みこまされた身体を震わせ早急になった抽送に身体に溜め込まれる快感を逃す術を失った星野は言葉にならない喘ぎを漏らし、大﨏のされるがままにその身体を震わせていた。星野の胎内はようやく迎え入れた大﨏の肉棒をきつく締め上げ、その欲を絞り出すように蠕動を続ける。そんな星野の胎内に「先輩のナカはこんなに俺を求めてるのに」と大﨏が嗤う。そんな大﨏の言葉に、嬌声混じりで星野は喚く。「お前にだけじゃない……ッ」その言葉に思わず舌打ちを漏らした大﨏は、その上体を星野の背の上から起こし彼の腰を両手で掴み上げる。尻だけを高く上げ頭をベッドと枕に沈み込ませた姿勢で星野は甘い吐息を枕へと落とした。
「俺がいい、って言わせてやりますよ。絶対」
冷たさを孕んだその声にびくりと背を揺らした星野の姿に、ニィ、口元に弧を描く大﨏は己の欲を星野の最奥へと勢いをつけて押し入れた。その衝撃に星野の最奥にあった扉は大﨏のそれを迎え入れてしまう。家に帰ってくる前に拓き尽くされたその身体は、最奥で密かにその到来を待っていた扉――結腸までをも使い、大﨏の欲を迎え入れたのだ。
「……ッ、あ……」
声にもならない悲鳴を上げた星野の見開かれた双眸はぽろり、と涙を零し、唇はなにかを求めるように声を上げることもなく、パクパクと動く。胎内はその快感に歓喜に溢れ、大﨏の欲を最奥で絞り出すかのように締め付けていた。頂点を超える快感に、吐き出すものもなくなっていた肉茎は緩く勃ち上がり震えながら快感の涙を流していた。大﨏は己のカリを咥え込む結腸の快感に熱い吐息を漏らしながら、抽送する事はなく最奥へと押し入れるようその腰をゆるゆると押し込む。そんな大﨏の動きに、星野は声にならない悲鳴を上げながら何も考える事が出来なくなった頭を振りかぶるのみであった。大﨏は星野の腰を掴んだままであった両手を笑みを浮かべたままにするりと彼の首元へと這わせる。首元の指に力を込めたのと、大﨏の肉棒が最奥を打ち付けるのは同時に行われた行為であった。首を絞める両手で星野の身体を浮かせその最奥を抉る大﨏の取った行動は、星野の頸動脈と気管を潰し彼の結腸を嬲る。血流と呼吸を戒められ大き過ぎる快感を与えられた星野の身体は絶頂に痙攣し、その唇からは生命活動の自由を奪われた苦しみの声を漏らすのみであった。
「ッ……! ぐ、ぁ……」
力を失うようにその身体を震わせたまま星野の意識は霧散する。大﨏の前に残されていたのは、意識を失ってなお痙攣を続ける星野の身体と大﨏の肉棒を銜え込みながら浅ましくも快感を欲するように蠕動を続ける胎内だけであった。
「はやく、堕ちてきてくださいよ。俺のとこまで」
意識を失いシーツの海へと沈み込む星野の身体をするりと撫でた大﨏の言葉は彼へと届く事はない。それでも大﨏は彼へ呪いのようにそう囁き、快感に蠕く星野の胎内を犯し続けていた。その行為は、大﨏が星野の最奥へその欲を吐き出すまで続けれられた。
星野が次に意識を取り戻したのは、それから数分経った後の事であった。硬い床の感触と、胎内を蹂躙する肉棒とは違う圧に違和感を覚えその瞼を上げれば彼はプラスチック製の床に転がされていた。そして思い至るのはベッドの上での大﨏の言葉。「おま……ッ!」大﨏を罵る声は、唇から零れ落ちる嬌声によって留められる。二人の男によって拓き尽くされた身体はどんな刺激ですら快感に変換するまでとなっていた。例え、それが星野の菊座に入れられたホースから胎内へ勢いよく注ぎ込まれる湯であったとしても。
「まだ二回目ですからね、あともう一回はやらないと」
子供のような笑い声を上げながら星野の背後から声を落とすのは聴き慣れた大﨏の声であった。「も……、おなか……いっぱ……」息も絶え絶えに言葉を絞り出す星野の懇願に「しょうがないですねぇ」と仕方ないとでも言うように大﨏はホースを抜き去り、決壊寸前の蕾へ数本の指を挿し入れる。指の隙間からは菊座が蠕くのに合わせるように湯が漏れ出していた。「も……もぉ、ゆるして……」涙を流しながら謝罪と懇願を口に出す星野に大﨏は笑う。
「毎週、ごめんなさい、ゆるしてって言っても先輩はまた金曜日になればあの男の元へ行くじゃないですか」
罪状を読み上げるかのようにすらすらと淀みない言葉を返す大﨏は「――でも」と言葉を繋ぐ。
「赦してあげます。先輩が俺の元に帰ってきてくれるなら」
まるで自身が神であるかのように、慈愛に満ちた声色でその赦しを星野へと落とした大﨏は、星野の菊座を塞いでいた指を抜き去る。堰を喪った菊座は決壊し、胎の奥まで注ぎ込まれた性を混じらせた湯を噴出した。星野の腸はその水勢が弱まった後も蠕動を続け、異物を取り去るように空気混じりのはしたない破裂音を上げながら残った湯を吐き出し続けていた。
「あと一回。頑張りましょうね」
行われる行為の残酷さとは相反するように、大﨏の紡ぐ声と星野の頭をゆっくりと撫でる掌は優しさと慈愛に満ちていた。シャワーヘッドを取り去ったホースが再び蕾を蹂躙する事を感じながら、星野は再び沼の底に落ちて行くかのように意識を手放した。
**
星野が重い瞼を再び上げる事が叶ったのは、全てが終わったあとであった。意識と思考を取り戻した彼が気怠げにその身体を起こせば、隣で惰眠を貪り続ける後輩の姿が彼の視界に映り込む。昨夜の情事を連想させるものは隣で眠る大﨏の姿以外、星野の視界からは綺麗さっぱり消え去っており意識を喪った後に全てを清められたのだろうという事を彼は知る。それは土曜日を迎える為の儀式のようで。彼はまたこの部屋で一週間を過ごし、金曜の夜には飼い主の元へと戻るのだ。大﨏を残し、気怠い身体を引き摺りながら浴室へと向かえば脱衣所にある洗面台の鏡に星野の姿が映し出される。このアパートの一室で、一番大きなサイズであるその鏡に映された彼の上半身にはいくつもの行為の跡が残されていた。飼い主は犬に跡を残す事はしない。あの男が残すのは、星野の胎から掻き出される事が分かりきっている白濁のみだ。彼はため息交じりに自身の身体が意識を手離した後も大﨏に蹂躙され、数多のマーキングをされている事を知る。
「普段は跡なんてつけねぇクセに」
ぼそり、と呟く星野の言葉はベッドの上で眠る大﨏には届かない。彼は鏡に映る自身の姿を見つめ、鏡へと手を伸ばす。星野の細くとも男のものであるとわかる節くれだった指先は、鏡に映る男の喉元へと伸ばされた。鏡の向こうの男と指先を重ね、その喉に巻きついた赤い跡をなぞるように鏡の上で指先を動かしていく。鏡に映された男は、その口元だけでうっそりと笑みを浮かべ、その唇を綻ばせるのだ。
「まるで、首輪じゃないか」
自嘲げな声色でそれだけを漏らした彼は、鏡の向こうに映る男に背を向けた。男達の呪縛に絡め取られたままに。
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