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図書室の召喚獣

小さい頃から本を読むのが、ひいては本のある空間が好きだった。図書館に入り浸り、何度も同じ本を読んだ。読んだことのない本の背表紙や装丁から、その中身を想像して遊んだりもした。 そうして豊かに育った想像力が、あんな事態を招くなんてあの頃は思いもしなかった。 図書室の召喚獣 本好きが高じて入った高校は、図書室の蔵書数が県内一、図書室自体の広さも一のところで、入学初日から皆勤賞で通っている。読書スペース、休憩スペースも充実していて、特に奥の方に行くと人気度が低い棚が多いのか、人の気配がしないのが良い。本の世界に没頭できる。 読む物は毎月ジャンルを決めてその棚から選んでいるのだけど、ファンタジーの棚に入ってから数日後異変が起きた。 標語や注意、新刊案内のポスターに紛れて文化祭の宣伝ポスターが掲示された棚の側面を目印に目当てまで一直線、本を手に選び取り、通路と反対側の棚側面に置かれたソファを陣取る。ファンタジーの棚は人気が少なくはないので、ちょうどうまく死角になるここは遠くに行く必要もなく都合が良かった。ところが読み始めて30分ぐらいでうたた寝してしまったらしい。 気がついた時、僕は夢の世界で竜の背に乗っていた。 「あー……戦争中の竜の国と魔法の国へ冒険する話読んでたっけ……」 夢を見ているんだな、すぐに分かったけれど、面白いので流れに任せてみようと思った。 「サクラ、気がついたか」 空を飛んでいる、意識して竜の翼を掴む力を強くした時、轟々と風を切る音の間に声が混ざった。サクラ、僕の名だ。この状況で呼ばれるなら相手はそう、竜しか居ない。 「あ、うん」 「なんだその間の抜けた返事は」 そう言われてもこの世界での僕の役割が分からないことには素の自分でいくしかないし。夢なんだから主人公に決まってるなんて甘い、現実でも夢でも、いつだって僕は脇役ポジションだ。 「やはり先ほどの魔砲がかすっていたか?済まない、どこか安全な場所を見つけるまでもうしばらく耐えてくれ」 反応がないことにちらりと心配げな(たぶん)視線を向けた竜が速度を上げる。負傷して元気がないと思われたらしい。 「いや、元気だけど……って、なんか来た!」 「魔女か。しっかり掴まれ、揺れるぞ」 視界の端に影の集合体のようなものを見て声をかけた。竜が右に傾きつつ旋回した直後、ものすごいエネルギー砲みたいなものが横をかすめていく。躱したことと竜の翼が盾のように守ってくれていることで最小限の衝撃で済んだとはいえ、肌がちりちりと痺れるような感覚。なにあれ魔法?当たったら消滅するんじゃ? 「しつこい奴らだ……少し反撃しておこう、耳を塞げよサクラ」 「えっ」 これはやばい、本能が反射で耳を塞ぐ。どうしても翼に掴まっている片手は外すことができないので、片耳は腕に押し付けるしかなかった。 竜が振り返り、一瞬クローンのように同じ姿形の魔女たちが見えた。が、次の瞬間には竜の火炎混じりの咆哮で消し炭になる。ついでに片耳の防御が足りず鼓膜を強烈に揺すられて背から落ちる僕。お約束。 「サクラーー……!」 スローモーションで自分が落ちていく。耳がいかれて聞こえないはずなのに、竜が僕を呼ぶのが分かる。そしてその背後に、無数の魔女が見えた。 こういう時主人公ならば、起死回生の大魔法とか、目にも留まらぬ空中での剣技とかやってのけるんだろう。僕は何ができるのか。武器は持ってないし魔法の杖もない。そもそも身なりからしてただの高校生のままなんですけど。馴染まない世界観。 「食らえ投げやり光線ー!」 仕方がないので、適当にやってみることにした。我ながらひどいネーミングを叫びながら両手の平を魔女軍団に向ける。するとどうだろう、僕の手から、直視しがたい光が一閃放たれた。それは圧縮から解凍されるように扇形状に広がり、魔女たちを一掃した。竜はうまく避けたみたい。 僕はと言えば本当に投げやり光線が出たことに驚いているし、これが魔法なのかまた別の何かなのかよく分からないけどごっそり気力的なものを持っていかれてしまい、自分の身を守ることを放棄しつつあった。指一本動かしたくない。夢だから、落ちてもまあ大丈夫。 「サクラ!掴まれ!」 閉じようとした目に人間の手が映って、引っ張られるように自分の手を重ねていた。地上すれすれで僕らを旋風が覆い、ぶつかる衝撃を緩和する。それでもすごい音を立てて着地という名の激突を果たした。 ……生きてる。耳鳴りと代わってさわさわと風が揺する葉音が徐々にはっきりしてくる。周りを見ると森の中の岩場のようで、着地点が凹み、放射状にひび割れしているらしい。これ生身で単独落下してたら全身複雑骨折のやつだ……いや夢だから目が覚めたはずだけど。守られていたので外傷はかすり傷程度で済んだといえ、相変わらず投げやり光線のおかげで体が動かせない。目とわずかな首の傾きだけできょろきょろと観察していると、助けてくれた人が覗き込んできた。短く立ったアッシュブラウンの髪の間にツノ。僕を庇ったせいでぼろぼろの服は、ファンタジー系のゲームでよく見るようなそれ。 「大丈夫か?」 今度こそはっきり心配そうな表情を向けられた。ところどころ鱗が残っているし、目の色が空の上で見たのと同じ琥珀だ。声も同じ。彼は竜だ。 「なんとか。ありがとう」 「まったく、あまり無茶をしてくれるな」 「ごめん」 すごい心配してくれるけれど一体どういう関係性なのだろう。物語ではどちらの国にも深く干渉はしていなかった気がするけれど、どう見ても今の僕は竜の国側に居る。主人公ではないのが確定してしまった。 「霊力がぎりぎりだな。あと少しで廃人じゃないか。心臓に悪いから、もっと調節してくれ」 廃人という言葉にぞっとした。初めて使ったから調節なんてできるわけないし、あれって魔力じゃなく霊力なんだな、なんて考えて紛らす。 どうやったら霊力とやらは回復するんだろう。とにかくこのままでは話が進まない。 「庇ってくれたからか、よく見たら君もぼろぼろだな」 大丈夫?と、ごく自然な問いかけだと思ったのに、竜の人の眉間に深いシワが刻まれた。なんか地雷踏んだ? 「まさかサクラ、俺の名を言えないのか?記憶が混濁しているのか」 あっ、それかー!確かにやたらと僕の名を連呼するなとは思っていたけど、しっかり名前を呼び合うぐらいに親しい間柄ということか。 「契約の効力が弱まる。霊力回復も兼ねて、ちゃんと思い出してもらうぞ」 「うん?」 べろり、と唇を舐められて思考が飛んだ。そのまま唇を押し当てられ、なぞり、つつき、軽く噛まれたり……あれ、これってキスでは? 「ちょっと待って、ん、あ」 理解して止めようと声を出した瞬間、開いた口に舌が侵入してきた。なにこれどうしたらいいの?触れるだけのやつしか経験ないですけど?!いやそういうことじゃない。1人脳内で突っ込んでいる間も口の中で自分のものではない舌が動き回っている。 歯を、上顎を、舌を撫でられているのに、体が動かないのでされるがまま。 「ふ、んん……」 次第に気持ちよくなってしまい、頬を包み込んでいた手が耳に触れるのさえ反応してしまう始末。 「手は動くか?」 「へ?あ……動く」 言われて試してみると指先だけじんわりと動かすことができた。キスで霊力補充ってエロゲにありそうな設定だな……ラノベかなにかで読んだことあったっけ? 「足りないか」 「いや?!えっと、休んでたら戻るんじゃないかな?!」 「そんなわけない。一歩間違えば廃人だと言っただろう」 希望を込めて言ってみたけど却下された。だってあれだけして指先しか戻らないってことはつまりもっと……そういうことを。 これは夢だ。夢なんだから、起きれるはず。だけどちょっと、ほんのちょっとだけ、興味が湧いてしまった。 「心配するな、ただ身を委ねれば良い」 触れるだけのキスをされ、一度考えることを放棄した。 少し乾いた唇が、頬、首筋と下りていく。濡れた感触……舌が鎖骨へ。手はシャツの上から乳首を撫でているけど、正直特に何も感じない。と、思っていたら口で覆われた。唾液で濡らされ、舌先でつつかれて吸われると、なんだか変な感じになってきた。 むずがゆいような。反対側も濡らされ、指で触られる。 「……っはぁ」 呼吸が荒くなってくる。 シャツの裾を引き出され、捲り上げながら焦らすように肌を直接撫でられる。あばらをなぞられて鳥肌が立った。 「んっ」 そのまま胸にたどり着いた指が乳首を撫でると思わず声が出た。何も感じなかったはずなのに、焦れったいような気分。口に含まれた時体が少し浮いてしまった。口内で吸われて指で転がされる。 ……触りたい。 もっと、ダイレクトな快感が欲しい。触りたい。 「リュウジ、お願い」 自然と彼の名前が口から出た。そうだ、リュウジだ。 リュウジが嬉しそうに微笑んで、キスをする。そしてスラックスの上から膨らんだそれを包んでくれた。 「あ……っ」 びくん、 腰が浮いた時何かの落下音がして、一瞬にして覚醒した。……ああ、つまり夢から覚めてしまった! 「うそ、まだイッてないのに」 呆然と足元に落ちた本を見下ろす。なんて夢を見てしまったのか。いや、学校の図書室で夢精するとかやばすぎるでしょ。 「……でも」 イキたい。下半身に集まった熱を今すぐ発散しないと死んでしまう、とさえ感じる。イキたい。トイレに行ってる余裕なんてない。イキたい。触りたい。我慢できずに手を伸ばした。 「誰か居るのか?」 本を落として立ててしまった音。それで様子を見に来た誰か。声がした時、終わったと思った。 「大丈夫……じゃなさそうだな」 「あ」 覗き込んだ顔が憐れみの表情を浮かべる。その瞬間、冷えかけた僕の熱が再び沸いた。 「邪魔して悪かった」 「リュウジ!」 そう、夢の中で僕に愛撫した彼が、現実のここに居たから。あり得ないと分かっているのに、顔が、服が、ツノまでもが同じで。 「ひどいよ、きみが、きみのせいでこんな」 夢の出来事を思い出して鳥肌が止まらない。性欲に支配されて頭が全く回らない。イキたいイキたいイキたい!無意識に彼の服を掴んでいた。 「なんで名前知ってるとか、分かんねーけど、責任取れってことか?」 無我夢中で何度も頷いた。 彼は少し思案した後、服を掴む僕の手を取り、彼の手と絡めるように熱を帯びたそこへと導いた。 「ふ、ぅっ……」 「はは、完勃ちじゃん」 その状態で服の上から撫でられて、すぐにでも達してしまいそう。 「このまま出しちゃう?」 「あっ、あ……っ」 スラックス越しに強めに握られて、手ごと上下にしごかれる。何も考えられない、快感がぞわぞわと駆け巡る。出る……! 「あっ……!」 「あ、イッた?」 イッた。イッてしまった。急速に冷静になって後悔が波のように押し寄せて来る。学校でなんてことを。やってしまった。しばらくここに来れない。 ぐるぐると過ぎたことを考えて、はっとして顔を上げる。 「リュウジ、あの」 そこには誰も居なかった。僕の自慰に付き合わせてしまった彼はどこに行ってしまったのか。夢の中の登場人物と同じ姿をしていたけれど一体何者なのか。なぜこんな情けない願いを聞いてくれたのか。疑問と感触だけを置いて消えてしまった。 それから一週間同じような夢を見続けた。竜人にイかされる夢を。 僕は本の世界から竜人を召喚してしまったのかもしれない。 ・・・・・・ 「前に借りた本、返却期限今日だ……」 あれから一週間、恥ずかしさと申し訳なさで近づけなかった図書室だけど、借りた物は期日までにきちんと返さなくてはならない。特に噂も聞かないしあの行為がバレてはいないと思う。大丈夫、すぐ帰れば。言い聞かせるようにして、放課後のできるだけ遅い時間に行くことにした。 人は少なく、司書さんも事務作業に忙しそうですんなりと返却を終えた。ほっ、とした数秒後には体が出口から遠のく。結局行ってしまえばどうせならと、本を見たくなってしまうのが本好きの性。そして、足が向かう棚は前回の続きであるファンタジージャンルだ。なんだかんだファンタジーが好きなのもあるし、読んだ本の続編が見たい。少し覗いたらすぐ帰るから、と誰にともなく言い訳をして歩を進める。 「……やっぱり来ない方が良かったかも……」 と、うきうきで来たというのに、すぐに後悔した。 惹かれて手に取った本の表紙で可憐な少女と勇ましい竜が佇んでいる。一週間夢で、竜の彼の手で毎晩達した僕の体は、本に描かれた竜を見るだけで興奮するようになっていたから。ここで起きたことを思い出してしまう。手のひらにじっとり汗が滲んでくる。 「ああ、だめだ、リュウジ……」 「呼んだ?」 うわ言のような呟きに返事があって驚いて振り返る。そこに、前と同じ姿で彼が居た。 「あー、アンタこの前の」 「なんで……?」 「え?今呼んだじゃん」 けろりとしてリュウジが言う。そして僕の様子を窺うと体を寄せてこう囁く。 「また手伝うか?」 「えっ?!でも……」 本音は嬉しい、触ってもらいたい。だけどやっぱりここは図書室だ。前回あんなに後悔したんだから。理性が勝ってるうちは頷けない。そうしているとリュウジが僕の肩に手を置いた。 「とりあえず、人気の無い方へ行こうぜ」 だめだ、他人に触られる気持ちよさを知ってしまったから期待してしまう。なんて弱い理性だろう。抗えないで引き寄せられるまま図書室の奥へ着いて行き、ほとんど人の来ない専門書のコーナーで、僕たちは向かい合った。 「な、出して。カブトやろ」 「……?うん」 後半の意味は分からないけど、チャックを下ろしてアレを出す。と、同じようにリュウジも出して、僕のと一緒に握った。戸惑っている僕の手を取って、同じように握らせる。 「ぅ、あ」 動き出した彼の手に合わせて僕も夢中で上下する。どんどん膨張していく。他人の手の感触、お互いの先走りのぬめり、なにより他人のモノを握っているという事実にたまらなく興奮する。前回も、夢の中でも、リュウジのは触らなかった(触れなかった)から。 「あ、やべ。汚したらマズイな」 リュウジは思い出したように上着の裾を捲り上げ、くわえた。腹部があらわになり、思わず目がいく。腹筋が割れていて綺麗。羨ましさもあり見つめていると、頬を撫でられ、耳をくすぐられる。気持ちがいい。 「あっ、リュウジ、もう……」 「ん」 くぐもった返事があって、手の速度が速まる。僕も必死でついていく。ぐちゅぐちゅと、卑猥な音を響かせながら2人で同時に昇りつめる。 「んん……っ!」 「……ふっ」 白い欲望の塊を吐き出して、僕らはイッた。ああ、またやってしまった。 肩で息しながらリュウジはポケットのタオルを出して、かかった粘液を拭った。ついでにと僕の方も拭いてくれる。 「はは、これ癖になりそう。また呼んでよ」 「え、いいの……?」 「もちろん」 喚んでもいいんだ。舞い上がって、なんにも聞けずにそのまま別れてしまった。 けれど次の日、言った通り喚んだらまた来てくれたから嬉しくて。その次の日も、そのまた次の日も。彼に会うと気持ちよくなることしか考えられなくなって、いつも何にも聞けずに終わってしまう。彼の手は気持ちいい。 また今日も、気持ちよくなる。 「先走りすげぇの。見てほら」 目の前に見せつけられる自分の恥ずかしい体液。目を逸らすと口に押し込まれて舌をこすられる。唾液が溢れてしまった。僕はほとんど半裸で、下半身はスラックスも下着も膝まで落ちてしまっている。壁に手をついて腰を曲げた恥ずかしい格好。執拗に乳首をこねられて声を抑えるのもつらい。 「ね、もう、イキたい」 「いいよ。足閉じて」 「……こう?」 言われた通りに足を閉じる。と、にゅっとリュウジのが割って入って、僕のを擦り上げた。 「あああ」 「声でっけ」 何度も抜いて刺して擦ってを繰り返す。背中にリュウジの熱があって、時折耳やうなじに唇が触れる。同時に乳首を擦られる。 ああだって、こんなのもう、セックスじゃんか。我慢できない。無理、むりだ。 「あっ、あっ、あっ、だめ、だめ、声出ちゃう……っ!」 半分泣きながら訴えると片手で口を塞がれ、もう片手で腰を強く掴まれて抜き差しが速まった。 「んっ、んっ、んっ、んんん……!」 「ふっ……!」 白い液体がほぼ同時に飛んで、図書室の床を汚した。力が抜けずるずると滑る体をリュウジが支えてくれる。 ああ、今日もまたやってしまった。と思う反面、だんだん罪悪感が薄れ、用意も良くなってくことに笑えてくる。持ってきたティッシュで床と体を拭いて服を整えているんだから。 「そろそろアンタとちゃんと話がしたい」 同じように後始末をしながら、リュウジがふとそんなことを言った。いつもすぐ居なくなるのに珍しい。 「何の話?」 「たぶん、アンタが勘違いしてること」 「え……?」 その時、図書室の閉館の音楽が鳴り始めた。見廻りがあるから早く退室しないとまずい。リュウジが額を押さえて「間が悪い」と呟いた。 「ごめんね、また今度聞くから」 「……ああ」 まだ何か言いたげではあるけれど、仕方ないことだ。彼を残して、初めて僕が先にその場を離れた。 ・・・・・ 夢を見る。竜の国と魔法使いの国の夢。そこで僕は竜の背に乗り空を飛び、魔女に襲われ、反撃して落ち、竜に助けられる。霊力とやらをほとんど使い果たし体が動かない僕は、竜と……。 「サクラ、分かっているだろう」 「え?」 携帯のアラームがけたたましく鳴り響く。朝だ。アラームを止めて、もう一度「え?」と呟いた。いつもと違う夢だった。彼と何にもしなかった。ただ髪を撫でて一言だけ。 「分かっているって、何が?」 リュウジが何を言いたいのか分からない。現実に現れる彼が言った言葉を引きずってしまったのか。……勘違いしていることを、分かっている? いや、分からないよ。下半身に目をやる。期待したそこは膨らんで放出されずにいる。手を伸ばして擦ってみるけれど、どうにも気持ちよくなりきれず先走りばかりが溢れてくる。イケない。一人じゃイケない。リュウジ、なんで触ってくれなかったの。 どうしようもないのでシャワーで強引に冷やして、もやもやした気分で支度をし、学校に向かった。 そういえば週末は文化祭だったな、とあちこちの貼り紙を見て思い出す。僕のクラスは出し物が展示で提出もとっくに終えているし、帰宅部だから他の出し物も無くて、なにより興味が無かった。学校のイベントごとは平気でプライベートの時間を奪って練習だの準備だのさせようとするから嫌いだ。当日も抜けて図書室へ行ってやろうかと考えていた。 「え……?あれ……?」 いくつもある文化祭の出し物のお知らせ。一際目立つそれを見てしまった時、リュウジの言いたいことを理解した。全部、全部が僕の勘違いと願望だった。都合のいいように解釈して、優しさに付け入っただけの。 「そんな……謝らなきゃ。でもなんで、分からないよ、どうして応えてくれたの……?」 いつも求めるままに触ってくれるリュウジ。彼にとって何の意味も持たないことだったのに。気まぐれ?遊び?拒否されるのが怖い。どうして怖い?気持ちいいことなら一人でもできる。幾らでも方法はあるはず。 僕はリュウジが好きなの? 頭の中が混乱してぐちゃぐちゃで、何も考えたくない。その日は早退して、週末まで図書室に近づくことはなかった。拒絶したからか、夢も見ずに済んだ。 そうして迎えた文化祭当日。その日僕はずっと図書室に居た。休もうかとも思ったけれど、どうせ彼は今日忙しいはずだから来ないだろうと。謝らなければいけないのに彼の口から終わりを聞くのが怖くて、逃げて悪あがきをしている。このまま忘れてくれれば夢ということにしてしまえるのに。 「いっそそういう物語を読んだつもりにでも。なんて……本離れするべきかな。頭がおかしくなってしまったみたい」 いや、今更、そんなの最初からだった。 彼と出会ったファンタジーの棚をなぞり、あの本を手に取ってソファに腰掛ける。目を閉じると紙とインクの匂いが濃くなる。万年筆がさらさらと紙の上を滑るイメージが頭に浮かび、情景が浮かんでくる。 丘の上の草原に立って町を見下ろしている。 雲一つない青空を大きな影が横切って、轟音を立てて側に降り立った。瞬間、景色は現実と同じ図書室へと変容する。 「サクラ」 照明がやけに暗い。蝋燭の火のように揺らめいて影を落としている。 「サクラ」 振り向きたくない。 「サクラ」 振り向きたくないのに、優しい手が僕の頬を包んで誘導する。僕を何度もイカせた手。 「サクラ、分かっているだろう」 「うん、リュウジ。分かってる、分かってるよ、ごめん、ごめんなさい」 「そうじゃない」 見つめられて自然にぼろぼろと溢れる涙をリュウジの指が、唇が拭ってくれる。君が好きだ。僕が君をそんな風にしたんだ。 「そうじゃないサクラ。分かっているだろう?ちゃんと聞いて」 触れるだけのキス。分かってるよ、だってほら、口調だって違う。 「君は僕の願望」 言葉に出すと、リュウジは悲しい顔で微笑んだ。そうじゃない、と唇を動かして最後のキスをくれる。そうじゃない、起きて、ちゃんと聞いて。いやだ、目を開けたくない。 「サクラ」 肩を掴まれて揺り起こされた。ばさりと本が落ちる音。恐る恐る目を開けると、そこに居る彼。ああどうして。 「どうして」 「呼んだだろ?俺を」 彼はいつもの格好ではなく、学生らしく僕と同じシャツとスラックスの姿だった。だってそう、今までの格好は。 「……出番は終わったの?2ーAドラゴンナイトのドラゴンさん」 「ああ。……気づいたんだな」 演劇の役の衣装だったのだから。無意識で貼り紙の彼を夢に登場させてしまった、目が覚めたのに夢を見続けていた、それが真実。 「ごめんなさい。僕は夢を見ていて、君……あなたに、ひどいことをさせてしまった。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう求めない、居なくなるから」 「サクラ」 夢と同じように優しい手で涙を拭われる。やめて、優しくしないで。払おうとした手を握られた。琥珀色の強い視線に射抜かれる。 「サクラ、聞け。俺は最初から分かっていた。分かっていてお前に触ったんだ。この意味が分かるか?」 「分からない、分からないよ……!」 「落ち着け」 涙でぐしゃぐしゃな頬を包まれて夢のようなキスをされる。優しくなぞるように、徐々に深く、舌を絡めて食べるような。 「……は、ひどいことをしてるのは俺の方だ。見ろ、こうやって利用したんだ。誰かと勘違いしてるって気づいてたのに、お前が可愛くてずっと」 「え、なに……?」 「好きだ。たぶん、一目惚れってやつだ。じゃなきゃ俺ノーマルなのに、男相手にこんなことしない」 「うそ、うそだ、僕はまだ夢を見ているんだ」 「夢じゃない」 夢じゃない、何度も何度も言い聞かせるように深くキスをされる。唇が、握った手がとろけるようで熱くて、一つになってしまいそう。 「夢じゃない、夢の中のリュウジじゃない、俺を求めて、サクラ」 唇が首筋に下りる。柔らかく噛まれて、吸い上げる。手はいつかのように僕の手を握ったまま、欲しいところに触れ、撫でる。僕はたまらず彼の背に空いた手を回した。 するとリュウジは優しく円を描くように親指で刺激しながら、他の手で僕の手ごとゆるゆると上下し始める。気持ちいいところを全部知られている。彼の手で気持ちいいと知ったんだ。 「サクラ、呼んで、ちゃんと俺を見て」 「リュウジ、リュウジ、好き、りゅうじぃ……っ!」 涙でぼやけた目でまっすぐ琥珀を見て名前を呼ぶと、彼の喉がごくりと上下した。僕のスラックスのベルトを外し、ボタンとチャックを下ろすと下着ごと少しずり下げる。 「背中に寄りかかって良いから、腰浮かして」 「……う、ん?」 言われた通りに彼の背に覆いかぶさるようにして前屈みになった、途端。 「あああああ?!」 ぬるり、と僕のソレが何かに捕まった。あまりの気持ちよさに一瞬で頭が真っ白になって、リュウジの口の中だと理解するより前に吐精してしまう。 「まだ、そのまま」 膝が笑う。何が起きた、何だ今の。パニックになってる間にお尻に違和感。 「え、え、何して……、そこは」 「良いから、息吐いて」 「は、ぁっ、はぅ、は、は」 言われた通りにするしかなくてとにかく息を吐く。何かが入ってきている。お尻に、何かが。 「あ、ああ、やだ、やだ……っ」 「サクラ」 「や、ああ……っ!」 怖くなって身を引きかけると、すかさずリュウジがイッたばかりのソレを口に含んだ。 「あっ、あっ、イッたところだからぁ……!ひっ!」 前も後ろもぐずぐずで訳が分からないうちに、お尻に感じたことのない何かがびりりと走った。するとずくずくとそこばかり狙ってくるものだから、僕はもう陸に上げられた魚のように跳ねて酸素を求めて喘ぐしかない。リュウジの背が僕のよだれと涙でびしょびしょになっていく。 「はっ、ごめん、そろそろ我慢できない。立って、お尻向けて……?」 余裕の無い声でそんなことを言われて、考えることなんて放棄して震える足で立つとソファに手をつく。だめだ、手も震える。 「挿れるぞ」 「え?あ……ああ、あ、あ、あ……」 入ってくる。分かる、リュウジのソレが、僕の中に。痛い、苦しい。けれど、もっと中に来てほしい。浅く呼吸をしながら、受け入れる。 「入っ……た、大丈夫か?」 「う、うん、だいじょう、ぶ」 「無理するな……ってさせてんの俺だけど」 うなじにキスが降りて、吸われる。キスマークだ。その間にも僕のを触ってくれるけれど、中のリュウジがどくんどくんと脈打っているのも分かる。我慢してくれている。僕ばっかり気持ちよくなっている。 「リュウジ、良いよ、我慢しなくて。セックス……しよ?」 「サクラ……!」 「あああ、あ、あ、んんっ」 ゆっくり、だけど確実にリュウジが動く。浅く、浅く、浅く、深く。お腹をかき混ぜられるような、内臓を押しやられるような吐き気に、駆け抜けるような気持ちよさ。目がちかちかして気絶してしまいそう。紛れもなく、今僕はリュウジとセックスをしている。 「リュウジ、好き、好きぃ……!」 「俺もだ、サクラ、好きだ……っ」 そうだ、分かっていた、全部。物語の登場人物のように僕が召喚なんてできるはずがないことを。現実にある訳がない、現実に現れた彼が偶然ではないと、それなのに都合のいい夢を見ていたことを。そして、夢を見ていると分かった上でリュウジが応えてくれていると。 そんな訳がないんだと弱虫な僕が怖くて逃げた全部、ちゃんと受け入れた今。快楽のためだけじゃなく、好きな人と一つになっている事実に、言いようのない幸福感の中、僕はリュウジと共に果てた。 「……ふ、ふぅ、ふぅ、はあ……っ」 背中に彼の温もりを感じたまま体全体で呼吸をする。ひどい脱力感だ。夢の中で投げやり光線を放った時のよう。でもここは森じゃない。葉や土の匂いではなく、紙とインクの匂いが満ちた図書室。 ……そうだ図書室で。 「ああ……やってしまった、図書室で、最後まで……」 冷静になると現実が怖い。さすがに、これは言い逃れができない。我慢できなくて大きな声で喘いでしまったし……。愕然とする僕と対照的に、機嫌が良さそうなリュウジが項垂れたうなじにまたキスを落とした。なんで平気そうなの? 「大丈夫、閉館の札下げといたし、司書さん席外してるから」 「え?」 手が僕の胸をまさぐる。待って、もしかしてそのつもりで僕が寝てる間に他の人追い出した? 「晴れて両想いになったんだし、だから、もう一回しようぜ?」 「へ?ま、まってリュウジ!あっ、ん……」 ああ、なんてことだ、僕はやっぱりとんでもないケモノを召喚していたのかもしれない。 図書室だけの存在ではなくなった、僕の愛しい召喚獣だ。 終わり

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