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カラン。夕刻、鐘の音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
そう。彼は、土日祝を除く平日は毎日店に訪れてくれた。そして、ほんの少し、会話のキャッチボールを水城と交わす。キラキラと純粋で幾らでも未来に羽ばたける彼との会話は大人の欲に埋もれた経験のある水城にとって、新鮮で心弾ませる至福の時間だった。
今日はどんな授業だった。お昼休みの後に少し居眠りしてしまった。体育が苦手な球技系で最悪だった。返却されたテストの点数が全部平均以上で嬉しかった。日々、他愛のない話をしていた。
他愛のない。なんて事は水城にとって無かった。
部活はしてなくて、学校に内緒でたまにアルバイトをしている。小さい頃からチョコレートが大好きで、コンビニの新作を見つけると買ってしまう。
名前は有馬 要 。
たった数分の日々の積み重ねから、会話の節々で彼の事をゆっくりなスピードで少しずつ、深く、知っていけた。
「ご褒美……なんです」
「ご褒美?」
「そう。この一粒は俺にとってご褒美で……」
いつも通りに丁寧に包まれた一粒のチョコレートが入った紙袋を有馬は、それはそれは大切そうに持つ。
「一日の終わりに食べれば、幸せになれるんです。初めて水城さんのチョコに出会った日、大切にしていたオルゴールが飼っている猫に壊されてしまって……朝から悲しくて落ち込んでたんですけど、ずーっと気になっていたこのお店に勇気を出して入って買えたチョコを口に入れれば本当に美味しくて、それだけじゃ無く喜びで心が満たされていって……」
そう語りながら笑う顔は何時と変わらない。瞳が無くなる程の笑顔。
(だからか……初めて会った時、あんなに目が真っ赤に腫れていたのは)
段々と明かされる有馬の人柄や仕草に、水城はもう引き返せない程の虜になっていた。
初めての出会いから半年。
12月。遂にやってきたクリスマスイブ。
製菓店にとって、秋から続く繁盛期と呼ばれる期間に突入してからの水城は、目が回るほどあっという間の一日一日を過ごしている。太陽が沈んでいてまだ真っ暗な外に出れば、昨日よりも気温が下がっているのを肌で感じる。ため息にも似た、息を大きく一つ吐けば視界が白んだ。
(今日も忙しくなるな……)
早朝から本腰を据えて、張り切って開店したものの想像以上に忙しく、アルバイトちゃんに応援を頼んだにも関わらず猫の手も借りたい程の大勢の人がクリスマスケーキを求めていた。
「水城さーん!あちらの男性の接客してもらっていいですか?」
アルバイトちゃんが水城にヘルプを出す。
どうやら請け負ったことの無い要求をされて困っている様子だった。
「おっけ。今行く」
お客様を待たせまいと、素早くその男性が居るチョコレートが並ぶショーケースの前に立つ。
(あれ……この髪の毛の感じ……)
じっくりとその並ぶチョコレートを見つめるお客様は、間違いなく水城がひっそりと恋に落ちている有馬だった。
「すみません……これをひと……あれ!水城さん!こんばんは」
顔を上げてバッチリと目が合えば、見知った顔で有馬は安心したのか直ぐに笑って挨拶をした。
「いらっしゃいませ。こんばんは。すみません、
お店の中がザワザワしていて……」
「24日ですもんね。こちらこそ忙しい時に来ちゃってすみません」
「謝らないでください。なんなら何時でも来てください。毎日貴方が来てくれるのを俺、楽しみに待ってますんで」
咄嗟の本音を滑らせた。
「俺も最初はチョコが目的だったのに、こうして水城さんと会えるのが今は楽しみになってて……その……」
首に巻いている赤色チェックのストールにすっぽりと隠れた顔は、目元だけでも分かる。有馬は真っ赤になっていると。
ざわめく周りがBGMかのように、有馬の話す声だけが水城の耳にしっかり届く。
「嬉しいです……」
照れる有馬を見たこの瞬間、水城はある決意をする。
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