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震える指で文字を書く

 震える指で文字を書く。 「違う」。「声が出ないんだ」。  それを見てレオくんは首を傾げるんだった。 「言葉は話すことができる。聞くこともできる。でも文字は読めない」  レオくんの声は氷柱のように僕の胸に突き刺さった。 「だからこれも分からない。読めない。」  僕はやっぱり誰とも関係を持ちたく無い。傷つくだけだ。  こんな馬鹿みたいなことするんじゃなかった。  屋根のないところから降り積もった雪を掬って書いた文字の上にそれをかけて文字を消した。  笑って見せたけどきっと変な顔だったろうな。首を横に振ってレオくんの前からいなくなることにした。牽制するように手を振り一人で扉を開けて閉じる。それだけでは怖かったので鍵をかけておくことにした。  女子にでも窓から入れてもらってください。  やっぱり一人の方がずっといい。  *.○。・.: * .。○・。.。:*  その日、もうレオくんは僕の前に姿を表すことはなかった。僕の心臓は昼休みが終わって五限目の授業が始まってもドキドキしていたし痛かった。ユウウツの上にユウウツをコオティングしてユウウツでアイシングしたような気持ちを引き摺って家に帰って寝て起きたら晴れていたので少し元気になったから僕はいつもみたいに早い時間に高校に向かった。  僕が朝一番に高校に通うのは通学路が静かだからだ。冬の朝は寝ぼすけだから、空はまだ夜の裾野を覗かせていて趣がある。眠っている住宅街のシルエットから明けの明星がキラキラ光っている。誰にも侵されていない綺麗な雪の絨毯を一人で歩くのは気分がよい。雪の積もらなかった場所には張り詰めるように霜が降りていた。タイヤの轍も美しく、冷えた足先に力を加えて踏めばよい音が鳴る。  誰もいない眠っている世界で、僕だけが音を鳴らしている。鼻先の冷たさすらも心地いい。  それなのになぜか曲がり角を曲がって以降、雪の道に一人分の足跡が付いていた。初めのうちは気にしていなかったが足跡は明らかに高校に向かって伸びている。  僕より早く通学路に足を踏み入れる不届き者に嫌な気分になりながら門をくぐった。  その足跡はなんと、校舎裏まで伸びている。  冗談はやめてくれ。恐る恐る花壇の方に歩みを進めた。  花壇の縁に外套を羽織って頬を真っ赤にしたレオくんが座っている。  

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