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第1話
街にはクリスマスソングが流れ、人々はマフラーやコートを身に付け鋭い空気の中を歩いていく。足音と建ち並ぶ店の音楽を聞きながら彼は白い吐息を残し病院へと入っていった。そこには浮ついた音楽はなかったが通りがかった廊下の脇にはクリスマスツリーがひっそりと佇んでいる。頂点の星が誇らしげに鈍く光っている。イルミネーションで華やいだ街とは違い照明が点いているというのにどこか暗い印象のある廊下でそれはひどく輝いてみえた。小児科の子供たちが、或いはこの病院を様々な理由で訪れる子供たちが目にするのだろう。彼は淡く影を作る人工的な枝の下に飾りが落ちていることに気付いた。片方の角が欠けたトナカイの飾りだった。拾い上げて枝に引っ掛ける。目に入ったラメの剥げたボールや煤けた感じのあるサンタクロースのオーナメントに重苦しい気分に陥って彼は目を逸らした。クリスマスツリーに背を向け、逃げるように目的の部屋へ急いだ。
暗い個室には機械の音が響き、腕に掛けた小さな紙袋から箱を取り出す。中を開けると透明な球の中に背を伸ばすウサギが閉じ込められた置物が入っていた。球の中を満たす液体で白い吹雪がウサギを取り巻く。彼はつまらなそうにサイドチェストへそれを置いた。静寂に染み入っていく機械と呼吸の音に向かい合ってベッドに寝たまま起き上がらない恋人を眺める。布団の上で手を組み、まるで動いた形跡がなかった。痣や瘡蓋の消えた頬の肉感を確かめる。手袋を付けても冷えた指先では熱を覚える。唇に馴染んだ名を呟く。暫く傷もなく管も繋がれていない手に手を重ね、それから慎重に両腕を布団から浮かせて捲った。病衣を割り開く。看護師がどうにか処理しているのだろうか、という問いに胸を抓られる思いがして、かといって家族がしているようにも思えず、とすれば己の仕事以外になかった。考えたくもない。よく知っているその器官に触れる。わずかな反応があり、また名を呼ぶと跳ねた。恋人が彼の名を軽快に口にしていた時期より優しく手に取り、唇を当てる。舌を這わせて育てていく。高校時代に芽生えた感情同様にゆっくり、壊さないように。思い出していく馴れ初めや共に過ごした時間に胸が熱くなった。恋人との睦む間は他のことを考える余裕などなかったというのにこの状態になってからは想い人の匂いと味に浸ると過去のひとときばかりが浮かんでは消えた。
暗い病室に唾液の音がこもり、自身で立てる聴覚の刺激に煽られて彼は喉奥まで大きく膨らんだ楔を迎えいれた。首を捻り、舌と口腔で締め上げると頭部で激しく扱く。恋人の限界が近付くにつれ彼の腹の奥が疼いた。早く目覚めて欲しい。声が聞きたい。触って欲しい。気温に冷やされていた欲望が次々に出てきた。口蓋垂を貫き喉奥に恋人の大きく腫れた先端が当たる。息苦しさが心地良い。街中で感じた胸の奥底を掻き回すような苦しさとは違った。鼻腔に昔と変わらない想い人の味が抜けていく。塗り替えられない時間と積み重なることのない日々で気分は綯い交ぜになる。このままでいてほしい。だがこのままでも居られない。不安が隙を突いてやってくる。よく知った掌が髪や頬を撫でることもない。名を呟いて、息を詰まらせ、悩ましく眉根を寄せて見下ろすこともない。張り裂けていきそうな思考を振り払い夢中になって喉を締める。奥深くまで咥えた。恋人の家族は、自分の家族は別れろと言う。友人は気拙 げに濁す。しかし。言葉を出す場所は恋人の昂りを慰める器官と化しながら甘い声を混じらせた。繋がった箇所が一瞬脈を打ち、可能な限り彼は恋人を喉に収めた。唾液を伴い息が漏れる。小さな嗽のような音もした。腹の奥で感じていた爆発を口腔で受ける。一呼吸ずつおいて放たれる濃い粘り気に恋人の意識を重ねてしまう。臍の裏側で求めている。掻き回されるのなら道行くカップルとイルミネーションではなく長く綺麗な指がいい。
待ってるから。来年でも、再来年でも、10年でも20年でも…
余すことなく好きで好きで堪らない男の息吹を舐め取って病衣を整える。飲み込みきれずにまだ口の中に絡みついているような気がする勢いと匂いにくらくらした。下腹部がじんわりと温かくなっている。外に出てしまえば冷えるだろう。置いたばかりのサイドチェストのスノードームを回収する。クリスマスに浮かれて、レジ横に並んでいたのをうっかり買ってしまった。プレゼント用ですか、と訊ねた店員は何も悪くない。
起きてよ。クリスマスだよ。イルミネーション綺麗だよ。みにいこうよ。
電飾に興味などなかった。しかし隣にいるのがこの人なら。結ばれた手から火照った身体は冷たい空気に晒されてきっと…――彼は自身の防寒具を直して踵を返す。ドアを開けた直後、対面の廊下の壁際に子供が膝を付いて座っていた。その者はトナカイの耳や角を模したカチューシャと大きなベルを付け、全裸だった。女児と見紛うほど丸みのある頬と大きな目をしていたが胸部は平たく引き締まり何よりもまだ幼さの残る手には男性を象徴する器官が握られていた。廊下に散った液体が何をしていたのか物語っている。びっくりして声を掛けそうになったがその前に可愛いらしい顔立ちをした少年は立ち上がった。トナカイの角は以前デートで行った鹿公園でみたシカの角にそっくりで片方は折れていた。フェルトや布で作られたカチューシャならばよく目にしたがこの子供の角や耳は本物のシカによく似ていた。冷たい手が伸びてきて喋ろうとする口を塞いだ。まだ成長途中の身体が出てきたばかりの彼を病室に押し戻した。ベッドにぶつかり転びそうになり冷や汗をかいた。無防備な恋人を潰してしまいかねない。体勢の変わらない入院患者に向き合って庇いながら膝を床にぶつける。
「お兄ちゃん……こんなになっちゃったゆ…」
変声期を迎えていないらしかった。女の子のような声が機械と息遣いと衣擦ればかりの暗い病室を支配した。コート越しに裸体を擦り寄せられる。
「ボクのもちゅぱちゅぱしてほしいゆ…
」
腰を掴まれ服越しの臀部に硬いものが当たる。離れては当たり、離れては当たる。からん、からん、と甲高い金属の軋みがそのたびに鳴った。
「お兄ちゃんにちゅぱちゅぱされたいゆ」
背後から繋がっている獣のような体位とそう変わらなかった。相手は裸で自身は服を身に付けている。
「お兄ちゃ…」
シャンシャンとテレビでよく聞く軽やかな音がした。一瞬にして衣服が消える。目を見開く。手袋もニットもコートもない。下着すら身に纏っていなかった。自分以外たったひとりにしか触らせることない窄まりに冷たい肉感が這った。寒さとは違う鳥肌が立つ。
「あ…」
暫くの間自身の指でさえ通らなかった窪みに少年の指が入っていく。荒い息遣いには見た目からは想像もつかない獰猛さが秘められていた。
「お兄ちゃんのココあったかいゆ…あったかいゆ…あったかい…」
乱暴な手付きで指は粘膜の中を進んでいく。
「い、いや…だ!」
抵抗は虚しく、身体は冷め切り、無理矢理通された小さ過ぎる芯にさえ力は入らずベッドに上体を預ける。目の前には動かない恋人が目蓋を下ろしている。長い睫毛が反っていた。恋人の名を口にしたつもりが歯が鳴ってカチカチと音が出ただけだった。
「お兄ちゃん…」
指が抜かれ、別の熱がそういった行為としては使われなくなり硬くなった蕾を穿った。
「ああっぁ」
布団の上に置かれた想い人の手を握る。何よりも温かく感じられ、頬に擦り寄せた。よく知った質感に視界が滲んだ。
「ああ、お兄ちゃん!気持ちいいンゴ!気持ちいいンゴ……っ!」
少女のような声で腰を打ち付けられる。強く締め上げてしまう輪状の筋肉はその持主にも苦痛を与えているというのに割り入って突き入れる子供は苦しがる素振りもなくベッドで寝たきりの者に縋るしかない青年の腰に爪を立て、快楽に身を任せていた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
少年の体躯には見合わない強靭な筋肉の弾力によって奥へ深く強く隘路 を開かれていく。
「あ、あ…っ」
恋人に施した口淫で燻っていた腹の底、貞節の縛めが緩みはじめている。
「だめ…だめ……」
久々の粘膜の摩擦が意図しない感覚を少年の欲棒と共に引き摺り出す。恋人と過ごした日々でも特に濃い時間で染み込んだ甘やかな痺れと艶やかな反射が彼を苛んだ。年若い恋人の姿を描いて毎夜熟れてしまう下腹部が滾 っている。加えられる力に遊び、じわりと先端を濡らした。
「お兄ちゃん!気持ちいいンゴ……スキ!スキ!ボクの赤ちゃん産んでほしい…」
「あ、あ、あ…」
とろとろと蜜が滴っていく。恋人の拓いた悦楽の園を見ず知らずの者に好き勝手されている。意識のない手を握った。機械と薬品にかろうじて生かされている体温が掌に響いた。
「ごめ、ん…」
肉の漲りが感情を裏切った。
恋人は次の日に意識を取り戻した。時折「お兄ちゃん」と呼んで口淫をねだる。
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