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運命なんて、そんなもの
失敗したと頭の片隅で思ったとき、すでに遅かった。周囲の空気があからさまに変わる。念のために所持していた、緊急薬を探す手が震えた。自分の理性が、まだあるうちにと、机の引き出しを漁る。目当てのものを見つけて、握った。
最低だ、と思った。自己注射薬のキャップを取り除きながら、下唇を噛む。自己注射薬を握ったまま振り上げて、太腿に突き刺した。
「……ぐっ……」
針の痛みが、理性を取り戻すように太腿から広がった。じりじりと薬液が注入される感覚がやたらとリアルだ。これで、少しはマシになるだろう。しかし、油断は禁物である。
吉原祐樹は中堅の商社に勤める営業マンである。成績も悪くなく、人当たりのよさもあり抱える顧客もそこそこだ。ただ、彼はこの世界に廻るオメガバースという性質の、Ωという分類に属していた。
Ωとは、オメガバースと呼ばれる性質の中で、最も少数派かつ最下層と看做されている。というのも一年に四回の発情期 がΩにはあり、その発情期の期間は厄介という言葉では表せないほどの特殊な生態へと変わる為だ。端的に言えば〝生殖行為への異常な欲求 〟だが、本質は〝子を宿す為に周囲ごと狂う〟と言うのが正しい。
Ωの発情期は、男女関係なく〝雄〟となれる可能性のある者を強烈なフェロモンで誘引する。それは子を宿すということに特化した、Ω独特の特質である。が、本能の部分に働きかけるため、凡そ人間の理性ある行動には程遠い。そのため、Ωとは古来より嫌われるものであった。
現代では発情期の抑制薬の開発がすすみ、近代以前のように発情期のΩへの大々的な強姦といった事件は少なくなった。だが、その抑制薬も絶対的ではなく、今の祐樹のように抑制薬を飲んでいたとしても発情期へと突入してしまうケースがある。現代社会もそれを織り込み済みだが、失敗しないに越したことはない
「吉原、大丈夫か?」
祐樹が緊急薬を使っていたのを眺めていた上司が、怪訝な顔をして問いかける。周囲の人間は、嫌そうな顔をして腫れ物を触るかのように祐樹を見ていた。
「……すみま、せん……大丈夫……です……」
何でもないことを装うために、祐樹はへらりと笑ってはみせる。そうしなければ、周囲の人間に何と思われるのかも分からない。周囲の人間は、Ωのフェロモンには左右されるが、オメガバースの性質とは特に無縁で過ごすβばかりである。彼らはΩの発情期を体験することがないからこそ、無遠慮にΩの発情期を忌み嫌うのだ。
緊急薬は打った、が祐樹の心は不安で押し潰されそうだ。緊急薬の効果がどこまで続くのか、それは人によって違い、また場合によっても違う。会社の嘱託医に駆け込むべきだと思うが、動ける自信がなかった。緊急薬の効果は覿面だが、反面副作用が酷い。祐樹は副作用のおかげで全身の倦怠感と感覚を鈍らせ、体を動かすことが出来そうにないのだ。
どうするべきかと悩んでいれば、誰かが祐樹の腕を掴んで引っ張り上げた。祐樹はふらふらとしながら、腕を掴んだ者を見る。二年先輩になる鈴木宗治という男で、営業部きっての秀才である。というのも彼はオメガバースに於ける頂点のαであり、全てを持って生まれたような存在だ。
「部長、すみません。吉原を病院へ連れていきます」
祐樹の意見を聞く耳はないようで、病院へと連れていくことを断定する口調だった。この男に付き添われる必要はないとは思ったが、必要な診断を下せる場所に行けるというならありがたい。上司も、周囲も、鈴木の剣幕に押されて、了承している。
「行くぞ、吉原」
腕を強く引かれて、引き摺られた。必死で脚を動かして、夢中で鈴木に案内されていく。鈴木はどうして祐樹を病院へと連れていく気になったのだろう。それだけを疑問に思った。単にそれは、鈴木が以前に「Ωが嫌い」だと語っていたことを覚えているからだ。
* * *
車に乗せられて、移動したことだけは記憶に残っている。病院に連れていくと言われて、それから。鈴木が運転していた車は見知らぬ門扉を潜り駐車する、車から降りた後は意識も曖昧だったように思う。
祐樹が連れ込まれたのは、大きなマンションの一室だった。変哲のない部屋だが、生活臭というものがほとんど感じられない。人の住む場所というより、眠りに帰るだけの場所といった雰囲気だ。その部屋の一角は寝室であり、祐樹はそこに鎮座するベッドの上にいた。
ぼんやりとした思考は曖昧で、ここにいる理由すらも思い浮かべることができない。ベッドの上で、目の前に鈴木がいるというこの状況は、本当は祐樹に不利なのではないだろうか。しかし、思考は冷静であっても体がどうしてか動かなかった。
「……緊急薬の症状、いや弊害か」
鈴木はぼそりと零す。そして、何を思ったのか、着ていたスーツを脱ぎ始めていた。祐樹は、脱ぐ意味も分からず、鈴木を見ていた。αとして恵まれた体格を鈴木は持つ。長身かつスタイル抜群で、男性らしい雰囲気に富む。鍛えているようで、何も纏わない上半身は美事な筋肉を浮き彫りにさせていた。
「吉原、脱げ」
鈴木に命令されて、祐樹はどうして脱がねばならないのかと疑問に思う。が、あれだけ動かなかった体が、素直にジャケットを脱いでいた。手は器用にカッターのボタンを外し、インナーをたくし上げる。今度はベルトを外して、もぞもぞとパンツを脱いだ。
下着一枚となって、祐樹は改めて鈴木を見る。がっしりとした肉体、恵まれた筋肉、そして股間にそびえるペニスに、祐樹は息を飲んだ。みっしりと肉の詰まった肉の塊は、太く長大な陰茎と左右へと広がる独特な形をした亀頭で構成されている。それは、人に突き立つものであり、最も理想的な形をしていた。
平常時ではなく、興奮時のペニスを見て祐樹の体がざわめきだす。ぞわぞわとした何かが腹の中に溜まり、重苦しい熱のようになって下腹部へと落ちる。そうして、じわじわと祐樹の体の奥から開いていく感覚があった。
体の感覚を言葉にするなら、セックスをしたいという一言に限る。しかし、祐樹には完全たる理性があるのだ。本能と理性が交じり合い、時に本能が強く、時に理性が強い。祐樹は低く呻いて、己の状況をどう打開していけばいいのだろうか。
「……足掻いても無駄だ、祐樹」
鈴木に迫られて、祐樹はベッドに押し付けられる。祐樹に圧し掛かった鈴木は、まるで獲物を喰らう寸前の獣であるかのようだ。怖い、と思った。だが、体は何かに期待するように、興奮の渦中にある。
「緊急薬のおかげでフェロモンの放出と理性の喪失は抑制されてる。だが、体の欲求だけは抑えられねぇんだよ」
間近に迫った鈴木の顔は、祐樹でも見惚れるほどの整った顔立ちだ。惜しむらくは少々目つきが悪く、不機嫌でキツイ印象が拭えない。モテる顔ではあるが、少しだけとっつきにくさもあって、普段は孤高のイメージがある。誰も寄せ付けない偏屈なαというのが鈴木宗治の印象だ。
「あとな、厄介なことに……その緊急薬は、俺には効果がねぇ。オマエは俺の〝運命の番 〟だ」
鈴木は祐樹に爆弾を落としていった。運命の番は今ではほとんど見られない、αとΩの関係である。魂を結んだ関係であり、最も強固な絆でもある。それがどうして、鈴木と祐樹に成立しているのだろうか。
「祐樹、オマエは俺の発情期 を引き寄せちまった。諦めて、俺の子を孕め」
子を孕めと宣言されたとき、祐樹は逃げ出さなければと思った。だが、体はぴくりとも動く気配はなく、期待に震えて鈴木を受け入れようとする。鈴木が、べろりと祐樹の鎖骨を舐めた。言葉にできない感覚が、祐樹の中を支配する。呼び覚まされる感覚は、祐樹本来の性なのだろうか。
「あぁぁ……あぁぁぁぁッ……」
祐樹の肌を舐める鈴木を突き飛ばして、ベッドから抜け出さなければ。なのに、指の一つも動かせず、されるがまま。鈴木を愉しませるために体はあえて動かないようでもある。やがて鈴木は、祐樹の薄い胸に辿り着き、飾りであるはずの乳首に狙いをすました。
ふっと息を吹きかけられただけでも、祐樹の体の奥が騒ぐ。騒ぐ場所をはっきりと感じて、絶望すら感じた。下腹部の奥、祐樹がΩである証明。生まれ持って体に内包した、子宮である。Ωは男女関係なく子を宿す。祐樹も例に漏れず、子を宿せる体なのだ。
見知っていようが見ず知らずだろうが、嫌だと思った。Ωというだけで、母胎として扱われて子を宿すだけの存在に成り下がるのは。なのに、本能はそれをさせない。αとΩをこの世に生み出すため、Ωに〝母胎たれ〟と発情期を齎して狂わせる。そして、αまで加担して、Ωの本能を引きずり出す。子を孕むために雄を誘惑し、己の体を貪らせる存在。
鈴木の舌先が、膨らんだ乳首の周囲を丁寧に舐めていった。くすぐったいが凶悪な快感を祐樹に押し付けて、意識を変える。子を孕むためには胎内に子種が必要で、雄に胎内で子種を放出させねばならない。だから、体は開き、そして濡れていく。祐樹の残された下着の中は、確かめたくもないほどぬるりとして気持ちが悪い。
「……ひぃんッ!」
祐樹はもう、動くことは出来なかった。鈴木の舌先が、乳首の先端を擦る。小さな乳首は恐ろしく敏感で、舌先の愛撫をクリアに全身に伝えて胎内へと収束させていくのだ。ぬるついた舌先での愛撫はもどかしくもあり、また鮮烈でもある。祐樹は悲鳴を上げた後、ひっきりなしに喘ぎ声を上げるだけとなった。
乳首の周囲と先端では飽き足らず、鈴木の舌はその全体を餌食にした。乳首を引っ掻くように愛撫していたかと思えば、舌の腹で押し潰す。左右に舐め回しては、強く強く吸い上げる。乳首への愛撫は執拗で、かつ苛烈でもあった。祐樹は鈴木の体の下で、何もできずに背中を撓らせている。
「……あ、あっ……あ……」
ぴちゃぴちゃといやらしい音をさせて、鈴木が祐樹の乳首に吸い付いていた。祐樹の性感帯であることを理解しきっているようで、そこから離れようともしない。そして、自由にしていた鈴木の手が、下着の上から祐樹のペニスを摩った。
「あぁぁぁッ!」
濃い快感が脳天から背中に奔り、下腹部へと到達する。胎内がうねるように痙攣し、祐樹の体は震えた。祐樹の体は、すでに準備ができている。鈴木は躊躇いもなく下着をずり下ろし、直接ペニスを握った。だが、それは一瞬で、本来の目的ではないと終わってしまう。それよりも鈴木の手はもっと奥へと入り込んでいた。尻の割れ目に潜む場所を確かめたいようで、指先が奥をなぞっていく。
そこは鈴木の手によって呆気なく見つかってしまった。開いたといえど、そこはまだ誰も受け入れたことのないアヌスで、慎ましく窄まっている。くるくると指先で撫でられると、祐樹の腰が自然と跳ねていた。
「あぁッ……あっ……」
ぐっ、と押し上げられると、僅かに窄まりが緩む。と、祐樹が中に称えた愛液が染み出し、鈴木の指へと伝っていく。ぬるついた愛液は、Ωが発情した際に分泌するものである。それは、雄を受け入れるための特性と言っても差し支えない。
「どろどろじゃねぇか、祐樹」
つぷ、と鈴木の指が、祐樹の内側へと入り込んでいた。愛液はこうして、胎内へと入り込むものを援ける。それは指ではなく、もっと大きなもの、先ほど垣間見た鈴木のペニスのような。ペニスを挿入する行為と改めて気付いて、祐樹の胎内は甘く揺れていた。早く欲しい、早く。誘うように、祐樹の全身がベッドに踊る。
鈴木は祐樹の胎内を確かめ、そして入れる指を増やしたが、祐樹は物足りないと全身を揺するだけとなった。子を宿すにはそういった行為をしなければならない。その為にΩは進化していったのだ。祐樹自ら脚を広げて鈴木を待ち侘びる。どこからどう見ても、祐樹は立派なΩであった。
「……は……せんぱ、い……あ……あぁ……」
早く胎内に欲しくて、祐樹は鈴木を呼んだ。と、鈴木は微かに笑って祐樹に言うのだ。
「色気のねぇこと言うんじゃねぇよ。むねはるだ、祐樹」
「……むね、はる……むねは、る……早く……」
名前を呼べと諭されて、祐樹は零す。このままでは、狂ってしまいそうだからと。宗治と呼ばれて、祐樹を食おうとしている男は嬉しそうに笑った。感情を隠すこともなく、喜び勇んで祐樹の脚を抱え上げる。更には祐樹の腹を折るように圧し掛かれば、アヌスに宛がわれた宗治のペニスが祐樹にも見えた。
「一番、子を孕む確率が高い時期だ。確実に孕ませてやるからな」
宗治のペニスが、祐樹に向かって振り下ろされる。ぐっと二度三度と押し込まれ、宗治のペニスは恐ろしく硬いと思った。まるで鋼鉄の芯があるようで、祐樹が不意に力を抜くと折れることなくずるりと先端が胎内へと入っていった。
「あぁッ!」
ずる、と愛液の滑りを借りて、ペニスが祐樹の胎内に沈んでいく。一番太い鰓の部分、長大な陰茎と進み、とうとう宗治のペニス全てが祐樹の胎内へと消えてしまった。根元まで沈みきってしまうと、宗治と祐樹はぴったりと密着している。隙間すらなく重なって、宗治に繋がれたのだと実感していた。
強い圧迫感に苦しさは大きい。なのに、体が喜んでいる所為なのか、嫌だと思うことはなかった。それよりも、無意識に胎内に入り込んだペニスを締め上げると、その全容に悦びが勝る。このまま、〝雄〟と認識した宗治が祐樹を貪りさえすればいい。
祐樹の願望を、宗治が裏切ることはなかった。ずるり、とペニスを引き抜き、亀頭を残したままで止まる。そして再び、祐樹の胎内の奥を目掛けて、ペニスを突き入れたのだ。それは何度も何度も繰り返されて、祐樹の胎内をこれでもかと擦っていく。胎内の内壁は宗治のペニスによって掻き混ぜられ、鮮明な快楽を与えられた。
雄の蹂躙を受けて、Ωの肉体は悦びに沸いていた。突き込まれるペニスが連れてくる感覚に、下腹部がふるふると引き攣れている。体を宗治に突き出し、もっと、もっと、と快楽を煽っていく。
「……あぁっ……いいっ……い、い……」
ずぽ、ずぽ、と宗治のペニスが、祐樹のアヌスの奥に埋まっていく。胎内を宗治の肉でいっぱいにされて、揺ぎ無い充足感を得ていた。亀頭の鰓を筆頭に、内壁はゴリゴリと擦られて、そして奥にある臓器を突き上げられた。
宗治のペニスは、すでに祐樹の奥に届いていた。突き上げられているのは祐樹の子宮口であり、子を宿す場所の入り口だ。ずん、と一際激しく穿たれて、祐樹の体が大きく跳ねた。子宮の中に溜め込んだ快楽が、弾け飛んでしまいそうだ。
「排卵、しろよ。じゃねぇと……子供はできねぇからな」
宗治が誘っているのは何も絶頂だけではない。祐樹を確実に孕ませるために、排卵すらも促している。ばつん、と大きく肌を叩く音が響き、これでもかと強くペニスが叩きつけられた。子宮口はペニスの先端に押し潰されるようで、快感が痛い。だが、やがてくる瞬間を望んで体は宗治を引き込んでいく。
奥へ、奥へと進むペニスと、開ききった感覚。揺さぶられて振動する快感は、塞き止めるものを失いつつある。このまま、耐え切ることなど不可能だ。Ωとして、〝雌〟としての絶頂を掴み、祐樹は胎内の熱を弾けさせる。
「あぁぁぁッ……あぁぁぁ!」
目の前で白い光が弾けて飛んだ。張り詰めていた糸は切れ、溢れ出る快感の本流に押し流されていく。それは一瞬の出来事で、祐樹は己がどこまでもΩなのだと知った。
「ぐ……射精るッ!」
宗治が、祐樹の上で吼え猛る。ずしん、とペニスを奥まで沈め、そして強く脈動しながら射精へと至った。子宮口に射精口を重ねて、精液を吐く。勢いもよく、更には夥しい量であり、祐樹の子宮はあっという間に宗治の精液でいっぱいになってしまった。
しかし、子宮がいっぱいとなろうともαの射精は続き、Ωの絶頂も続く。祐樹は宗治のペニスを食い締めながら、一滴残らず飲み込もうとしていた。Ωの本能として、より確実に孕むために宗治の精液を望んでいる。
「……孕んじまうだろうな、祐樹」
観念しろよ、と言いたげに宗治が笑う。祐樹はΩに生まれて、Ωであることを受け入れて生きてきた。だから、いつかαに捕まり、犯され、母胎となることを覚悟はしていたつもりだ。そこに、愛がないのも承知してきたつもりだ。もう、祐樹は運命から逃れられない。胎に宿ったはずの子を思って、瞼を閉じた。
(どうせオマエは、愛なんてねぇって思ってるのかもな……だけどよ――)
宗治の本心を、祐樹は知らない。世界に数少ない運命の番であるだけでなく、宗治が抱えたもの。それをいつか、祐樹が知ってくれればいい。何故なら運命とは、そんなものだからだ。
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