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湯けむりのふたり

カラーン、カラーンと大袈裟なくらいの鐘の音が、商店街の一角で鳴り響いた。 「大当たり〜!赤玉や!特賞やで!」 威勢の良い声を張り上げてハッピを着たおっちゃんが鐘を振る。横から小さい子供たちがわあ、すげーとか騒いでる。 「えっ、特賞?!なんなん?テレビとか?!」 ガラガラポンを回して赤玉を出したリョウが興奮しながらおっちゃんに喰らい付いた。 近所の商店街で買い物した時に、福引の引き換え券を貰ったリョウ。テレビなどの豪華景品のチラシを見ながら当たると良いなー、くらいにしか思わなかったので、まさかの特賞に驚く。 「もっとええもんや!温泉旅行やで!彼女と行きや!」 下世話な笑みを浮かべて、おっちゃんはペア旅行券の入った目録袋をリョウへ渡した。 「り、旅行券?!」 行き先は皆生温泉。鳥取県にある、蟹が美味しい有名な場所だ。蟹は気になるし、温泉も好きだが… (アヤは行かんやろな…) 旅行券を受け取ったリョウの浮かれない顔に、ハッピのおっちゃんは首を傾げながらこう言った。 「何やあんちゃん。彼女と別れたばかりなんかいな。そんなしけた顔してからに」 リョウの恋人、アヤはホテルの副支配人。そんな職業なのに旅館なんて行ったところで安らげないだろう。ついつい仕事目線になるだろうし何より… 『家でゆっくりしたい。そんなに遠くまで行きたくない』 なんて言いかねないほどの出不精なのだ。 それに付け加えて遠距離恋愛。 家に戻ったリョウは、自分の部屋で寝そべりながら目録袋を見る。いっそのこと両親や妹夫婦にやるかとも考えたのだが… 蟹!温泉!癒し!浴衣姿! …そうだ、アヤの浴衣姿見たことない。アヤに浴衣は選んでもらった事はあるけど。 どんな感じなんやろか。部屋で蟹に舌鼓打ちながら、酒でも飲んで少し酔っ払って、はだけた浴衣から見える素肌… …あかん、妄想がとまらへん。 絶対、断られるのはわかってるけどダメ元で。 リョウは恐る恐る、メールの文章を打つ。 「温泉旅行、行かん?」 アヤからの返事は短いものだった。 まあ、分かっていたけども。 「行かない」 寡黙な男はメールも寡黙…。 リョウは携帯の画面を見ながらため息をつく。 アヤとゆっくり部屋でゴロゴロしたりアヤの寝顔を見て幸せになるのも、嫌いじゃない。むしろ、愛しい時間だ。 だけどついつい、一緒に出掛けたりしたくなる。それはリョウの性分だから仕方ない。 やっぱり旅行券は両親に渡そ。 そっとリョウは目録袋を机の上に置いた。 *** 唐突な誘いに、思わず断ってしまった。 アヤは何も考えず、メールを送信した後にそう思った。 昔のリョウであれば、ここ行こう、あそこに行こうと無理やり誘って来ていたが、最近では我慢してるのかあまり言ってこない。それなのに珍しく誘ってきた。 何かあったのだろうか。 アヤはそのまま、リョウに電話をかけた。 「ア、アヤっ?どしたん?珍しいなあ、勤務中やろ」 少し慌てながらも嬉しそうなリョウの声。 「何で急に温泉?」 「…わざわざ電話かけてもらうことでもないんやけどなー。福引で当たったんよ」 「はあ」 「いや。ほら俺ら、こういう旅行とかしてないやん。だからどっかなー、とか…」 リョウが話をしていくうちに、アヤが黙ってしまった。何だそんだけのことか、と言いそうになったが、グッと抑えた。 「…ま、アヤ忙しいやろうし…遠いし」 聞いてみると鳥取県にある温泉地だと言う。新大阪まで行ってその後乗り換えて…ってどれくらい時間がかかるか、分からない。 「だから気にせぇへんでええって!旅行券、親にやるし」 リョウの方から話題を変えて、次会えるのは来月やなと当たり障りのない会話で、通話は終了。 電話を切った後、アヤの胸にモヤモヤしたものが残る。 ふと、浴衣姿のリョウを思い出した。あの時は浴衣を選んでやったっけ。 温泉旅館で浴衣、なかなかいいかもしれない。 *** 温泉旅行券を両親に渡すと、すこぶる喜ばれた。渡す前、少し未練がましく思っていたが、喜ぶ両親の姿にリョウはすっかり気を良くして、いい親孝行をしたと上機嫌になっていた。 そんなこんなで温泉旅行の話もすっかり忘れた数週間後。 ようやくの、アヤに逢える日。いつもならばリョウがアヤの方へ行くのだが、今回は新大阪で待ち合わせにしようとアヤから言われた。 関西で研修があってその帰りに来るのかもしれないなとリョウは思っていたが、新幹線の改札口から出てきたアヤの姿にそうではないことに気づく。 スーツ姿ではないラフな格好。髪型も副支配人バージョンではなかったのだ。なんでこっちに来てくれたんだろ、とリョウは首を傾げた。 「アヤ!」 リョウはアヤのほうに駆け寄る。少しだけ顔を緩めたアヤ。 そしてそのまま駅の改札口を抜けると、アヤは一目散にバスターミナルの待合室へと入り込む。 「何でバス…」 「皆生温泉は行けないけど、有馬温泉なら近いから」 「へ?」 「行きたいんだろ、温泉」 有馬温泉は兵庫県の真ん中にあり、新大阪駅からバスで50分くらいで着く近場の温泉街だ。 あっ、とリョウは声を上げた。 アヤはわざわざ新大阪駅に近い有馬温泉を調べて、宿まで取っていたのだ。アヤの行動に、リョウが呆然と突っ立っていると、行かないならキャンセルするけど?とアヤが言い出した。 「行くに決まっとるやろ!」 「近場だけどな」 「アヤと一緒ならどこでも…」 大声で叫ぶリョウに、アヤが黙れと言わんばかりに頭を叩いた。 それからのリョウの浮かれっぷりはすごかった。 バスの中から旅館の部屋まで、喋る喋る。あまりのテンションの高さに仲居が苦笑いするほどだ。 部屋に荷物を置いて、ひとまず温泉を堪能。アヤの裸体にうっかり反応してしまいそうになる自分を抑えながら、リョウは有馬温泉の名物、金の湯で体を癒す。 そんなリョウの様子を見ながら、曇った眼鏡をしたままのアヤも体の疲れを癒していた。 「はー!やっぱり部屋食は最高やな!」 ビールを注いだグラスを持って上機嫌なリョウ。机の上には豪華な料理が所狭しと並んでいる。 美味しい料理に舌鼓をうつ。 なによりリョウを上機嫌にしているのは目の前のアヤ。念願の浴衣姿を拝見できて、嬉しくてたまらない。 裾から覗く脚、長いうなじ。 温泉で暖まったせいか少し頬が高揚しているのも、そそる。 やっぱ、浴衣エロいなー。さっき裸見たけどこっちの方がエロさ爆発やんけ… 一方のアヤもチラチラリョウを見る。 ビールのせいか温泉のせいか、はたまた良からぬことを思ってなのか、真っ赤になってるリョウの浴衣姿。 胸元をはだけさせて、裾を開いて座るものだから太ももまで露わになっている。 大はしゃぎするリョウのその姿が愛しくてたまらない。 「リョウ、あまり飲むなよ」 「なんで?こんな旨い料理があるんやで、飲むなっちゅー方が無理や」 アヤはリョウの方に近づく。 「それ以上飲んだら、できなくなるだろ」 「…っ」 ふいにアヤからキスをしてきてリョウは驚く。 口の中で舌を絡めて、リョウはトロンした目でアヤを見つめる。アヤが手元にあった刺身を冷やしていた氷を手に取り、口に含む。再度唇を重ねてその氷をリョウの口内へと移動させる。 「んぅ…」 はだけたリョウの胸元を弄りながらアヤは唇を重ねる。 アヤはそっと、浴衣の裾から手を入れる。すでに反応しているリョウのそれに触れた。 「アヤ、まだ料理あるんやけど…」 「待てない」 うなじを舐めると、リョウの身体がビクッと揺れた。 「仲居さんが、来るや、ろ…」 「我慢できない」 とりあえず、一ラウンド目はアヤが主導権を握った。 何とか仲居さんにバレずに一ラウンドは終了。 料理を下げてもらい、机を部屋の隅に追いやって綺麗に敷かれた布団が2組。 …旅館の布団は何故にこんなにエロく感じるのか。 そんなことはさておき、二ラウンドは時間かけてイチャつく。一度疼いた身体の火照りは早々消えることなく、キスをしている間も惜しくて二人はお互いの体を弄りあった。 前戯はそこそこにして、今度はリョウがリードする番。いつもはクールなアヤが、自分の下で嬌声を上げる姿は何度見ても堪らない。 「ん…あっ、あ…」 「アヤ、アヤ…っ」 シーツを握っていたアヤの手を、リョウは上から握る。それに気づいたアヤはリョウの手を強く握り返した。 「も…、イク…ッ…!」 どちらとなく嬌声を上げて、リョウはアヤの中で果てた。 *** 早朝、ふと目が覚めて、畳の香りに気づく。 そやった、旅行に来とったんや。 寝ぼけ眼で隣でまだ寝ているアヤを見つめた。 もう何度も見たアヤの寝顔。見れば見るほど、愛おしくてたまらない。 忙しい中、リョウの為に旅館をチョイスしてくれたアヤ。きっとそれはリョウが旅行に行きたがってることを察知してくれたんだろう。一緒に旅行ができたことより、その心遣いが嬉しくて愛しくて泣きそうだった。 寝ているアヤの前髪に触れながら、リョウは呟く。 「好きやで、アヤ」 「…知ってるよ」 返ってくると思わなかった言葉に、リョウはギョッとした。 寝ていたと思っていたアヤが目を開いてリョウを見た。 「な、なんや、起きとったんか!」 「ついさっき。そしたら、リョウが起きてきたから」 少し笑ってアヤが言う。 「可愛らしい告白、受けたからすっかり目が覚めた」 「〜〜〜ッ!!」 今更のようにリョウが顔を真っ赤にする。 障子の向こうから朝日が差し込んでくる。 今日も良い天気になりそうだ。 二人で朝風呂でも、入るか。 【了】

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