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 深い闇の中、幾つもの淡い光が絶え間なく生まれ、ふわふわと流れに吸い寄せられていく。  細い幾筋もの澪はやがてひとつになり、大河となってゆったりと流れていく。   ―あれは、何処へ流れていくの?―  僕が聞くと、ドクターはほわりと光を放ちながら、静かに微笑む。 ―未来ですよ。―  小さな光、大きな光。真っ白な光、青い光、赤い光......。 ―みんな、ここから産まれて旅立っていくのです。―  頭上を仰ぐと、天ノ川銀河を見下ろす柔らかな微笑み。 ―貴方も、あの子も、みんなここから産まれたのです。......そして、ここに帰ってくる。―  僕は懐かしい友達の笑顔を思い出した。  透明な微笑、星の眸、しなやかな指の示す先には、幾つもの生命の瞬き......。 ―あの子たちは、私の可愛い子。幾つもの星の旅を終えて、新たに生まれ変わる......その時を待っている。―  僕は両の目を見開く。 ―彼は、ここにいるの?―  淡い大きな光は、ゆっくりと頷く。 ―貴方を待っています。......共に新しい星に生まれ変わるために......。―  ドクターが指差す。闇の果て、マゼラン星雲を見上げて佇む、見覚えのあるシルエット。淡い青色の光に縁取られた横顔がゆっくりとこちらを振り向く。 ―やぁ、君。―  言葉は時空のうねりとなり、僕の頬をキラキラとした粒子が撫でる。滑らかで暖かい風が耳朶を擽る。 ―久しぶりだね。元気でいたかい?― ―カンパネルラ......。―  僕の頬をほろほろと涙が伝う。言えなかった言葉、言いたかった言葉が僕の中で渦巻く。  君のシルエットはそよぐように僕を抱きしめる。 ―愛してる......―  君の面影が僕の胸に汲み上げてくる。  僕の中にぽっかりと空いたブラックホールが絶え間なく呑み込んできた、君への想い。   ―カンパネルラ......愛してる......―  言えなかった。言いたかった。あの銀河を巡る旅の間に、列車の窓に映る君の横顔を見詰めながら、幾度も呑み込んできた言葉。    君のシルエットは小さく微笑み、僕に囁いた。 ―ジョパンニ......あの銀河を巡る旅の間に、僕が何を思っていたか、わかるかい?  やっと二人きりになって......、座席に二人きりで向き合って......色んな話をしたね。君の好きな食べ物や景色の話も、将来の話も......。  でもね......―     シルエットの稜線が、揺れた。粒子がざわめいた。 ―本当は、君の気持ちが知りたかった。僕の気持ちを伝えたかった。星の海の中で、君にキスして、抱きしめて、ずっと......僕の腕の中に留めていたかった。― ―カンパネルラ.....。―    僕はシルエットの稜線を崩さないように彼を抱きしめた。彼のシルエットが、涙を溢しているような気がした。 ―でも、僕には時間が無かったから...。君を置いてきぼりにして、遠くに行かなくちゃならなかったから......―  僕の頬にも、幾筋もの涙が伝う。 ―泣かないで、ジョパンニ.....―  シルエットの手が僕の手を握りしめた。 ―これからは、ずっと一緒にいられるから。―  ふと見ると、僕の手も彼と同じように淡いシルエットに変わっていた。  「僕」を形づくる粒子がどんどん解けて、「僕」を形づくっていた沢山のものたち......色んな考えや概念や感情が、無限の闇の中に拡散して消えていくのが、見えた。  そして、最後に残った想い......。 ―愛してるよ、ジョパンニ......― ―愛してる、カンパネルラ......―  僕たちは抱き合い、抱きしめ合い、そして僕たちを容づくる粒子は解けて混ざり合い、彼と僕との境目は、もう何処にも無くなった。 ―さぁ、子供たち......。―  大きな光は両手を拡げて、僕たちを包み、掬い上げた。 ―新しい旅を始めなさい......―    遠くに、ドクターが手を振っているのが見えた。   ―――――――――――――――――――― 「お祖父さんは、お友達に会えたかしら。」  野菊を手に少年は夜空を見上げ、彼方を仰いだ。 「きっとね。さぁ、帰ろう。カンパネルラ。 お母さんが待っているよ。」  父は少年の頭を優しく撫でた。  頷いて、少年はもう一度、夜空を見上げた。  プレアデスの瞬きがひときわ大きくなったように思えた。  

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