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第1話

 二十七歳の高校教師、小坂愛出人(おでと)は、薄暗い雑居ビルのホールで、エレベーターを待っていた。入居者プレートには、黒に銀色で"Silver Wolf"の文字が刻まれていた。  発情したフリーのΩが、その熱を鎮めるための店だ。  いくらΩとはいえ、抑制剤もあるのだ。小坂は、こういった店を利用するΩたちを、自律心の弱い者、あるいは快楽を貪る者、と軽べつしていた。  自分は、Ωだが、努力して教師の地位を得、真面目に勤務している。こんないかがわしい店の世話になどならない。  そう思っていた。今日までは。  小坂は、エレベーターを降り、無機質なドアを開けた。  鋭い目つきの男が、傲然と頭をかかげ、小坂に向かって歩をすすめてきた。無駄のない筋肉のついた身体を、滑らかなスーツの生地が包んでいた。  見るからに「αの男」だった。 「お前か。生徒と交わったという、淫乱なΩは」  小坂はネットで必要事項を記入してサービスを予約し、事前にカードで支払いも済ませてあった。  男は、麓戸(ろくと)といった。  小坂は、男の冷たい美貌に、一瞬で惹かれた。少し頬がこけ、人生に倦んだ雰囲気も、疲労の色も、年上の男の色香と感じた。酷薄そうな唇、冷酷なまなざし。冷血漢。  男は、ドアに鍵をかけにいった。

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