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第1話
「御即位の儀、つつがなくお済みのこと、心よりお慶び申し上げます」
「桓将軍。許す、適当に話せ」
恭しく礼を取って伏せた顔の前を、即位式を終えたばかりの王が、長い黒髪をなびかせて大股に通り過ぎた。
「はいよ」
俺は堪えきれずに笑って顔を上げ、兜を小脇に抱えて小走りで後を追った。うなじで結んだ亜麻色の髪が、獣の尾のようになびいて視界をよぎる。
新王であり俺の主、偉遼は、足早に回廊を突っ切りながら、刺繍に彩られた肩衣を煩わしげに脱ぎ捨てた。重い衣を受け取り、背の高い王の顔を下から覗き見る。
黒い瞳に、俺の榛色の目と、しばしば剽悍と称される薄い笑みが映り込んだ。
偉遼は執務を行う書斎に辿りつくと、秀でた眉に深い縦皺を寄せ、溜息まじりに俺を呼んだ。
「桓將……」
「どうした。めでたい日だってのにご機嫌斜めだな」
「この忙しいときに、馬鹿げたことに使う労力が惜しい」
「まあ、そう言うな。ようやくこの国の民は戴くべき王を得たんだ。今日くらい喜ばせてやれ」
椅子に掛けた肩に衣を着せかけた。
衣からも背に垂れた艶めく黒髪からも、焚き染められた伽羅の高貴な香りが、眩暈がするほど濃く漂ってくる。
ぽん、とひとつ肩を叩いて、秀麗な横顔を覗き、首を傾げる。
「何が気に食わん?」
「……城下をうろつきまわって、つがいの雌を探すなど」
偉遼は、黒曜石の瞳をすがめて喉奥で唸るように言い、
「まるでけだものだ」
と、低く吐き捨てた。
俺はふむ、と肩をすくめ、侍従が運んできた茶器を手に取った。
聡明すぎる俺の主は、どうにも潔癖のきらいがある。
この慇の国に暮らす人々は、男女の性のほかに、甲乙丙の三つの種を持っている。
秀でた体躯や頭脳を持つ甲種は、俺のような軍人や、官吏として国の中枢を担う。
大半を占める乙種は、特筆すべき長所こそないものの、堅実で勤勉な性情が豊かな国を支えている。
少数派の丙種の地位は複雑だ。
美しい姿態で人々を楽しませる一方、他種を惑わす催淫香と、男女を問わず子を宿せるという特質が、彼らに不運を呼ぶことも多い。
娼妓や芸人、宮廷や貴族の侍従には丙種が多かった。
甲種の中で、王はさらに特別だ。
王は即位とともに、甲種よりさらに上位の種として覚醒し、臣下や民をすべからく魅了し率いる、至高の存在となる。
儀礼を終え、《そう》なったはずの偉遼を横目で見ながら、立ったまま熱い茶を一口含む。
偉遼から漂う香にあてられたのか、花茶の香りもよく分からない。
異物の味がしないことだけは必死に確かめて頷くと、偉遼も茶を口にした。
王の覚醒と同時に、つがいとなるべき特別な相手も、国土のどこかで目覚め、王を求めて催淫の香りを放ち始める。
即位式の後は、新王の披露とつがい探しを兼ねて、馬車で城下を巡る習わしだった。
俺も警護の長として、騎馬隊を率いて付き従う。
不調を押し隠して、額を濡らす嫌な汗を拭い、滲み出てくる生唾を飲み込んだ。
「どうした」
「いや……」
怪訝そうな偉遼の声に慌てて首を振ろうとして、ぐらりと視界が揺れた。
大怪我をして血を流しすぎたときのように、手足から力が抜けて、ぼうっと耳が遠くなる。
「少し、疲れたのかもしれないが……」
呻くように言って、堪えきれずに上体を折り、膝に手をついた。
屈み込むと、圧迫された下腹のあたりがずきりと鈍く痛む。
「今日は休んでいろ。……お前ばかりに頼りすぎたな」
「そういう、わけにも……」
「明日もまた忙しくなる。早く治せ」
偉遼はぶっきらぼうに言うと、茶器を置き、立ち上がって背を向けてしまう。
頑固者の主がこうなると、もう聞き入れてはもらえない。経験則で知っている俺は、素直に従って頭を下げた。
「御心遣い、ありがたく賜ります」
俺の寝所は、宮殿の最奥部、王の寝所と隣り合う控えの間に設けられている。
本来は専属の侍従が詰める部屋で、間違っても一軍の将である俺が居つく場所ではない。
偉遼は見知った人間以外を近づけない。どうしても、眠れないのだ。
侍従はともかく護衛を置かないわけにいかず、やむなく俺が詰めている。
ふらふらしながら侍従たちの手を借りて鎧を脱ぎ捨て、白い前合わせの肌着一枚で褥に潜り込んだ。
雲のように柔らかな布団の間に横になって、眩暈は落ち着いたが、下腹の痛みは治まらない。胸騒ぎのような不快感が喉元に居座って、浅い眠りを漂っていた。
夢うつつに、王の寝所に焚かれた甘い香りが漂って、肌をざわめかせる。
熱っぽい身体の火照りが、次第にじわじわと波及して下肢に集まっていくのがわかった。
とろりと蕩けるようなゆるい波がどうにも心地よくて、まどろみから浮かび上がることができない。このままでは下着を汚す羽目になる。
淡い羞恥が、生温い快楽に押し流されていく。
ひた、と不意に冷たい手が頬に触れた。
熱に浮かされた肌に、細い指の硬さが心地よい。
頬を擦りつけて懐くと、指先は躊躇いながら、喉仏の上を滑り降りて襟の合わせに触れた。
おもわず唾を飲んでごくりと上下した喉骨を、たしなめるように指の背がなぞる。
上掛けの下に潜り込んだ手は、肌着の上からそっと胸板を撫で下ろし、腹から腿へ、鍛えた身体を確かめるように手のひらで触れた。
内に籠る熱に熱い息を吐く。手は一瞬躊躇い、上掛けを捲って退けた。
晒された体は、誤魔化しようもなく昂ぶっていた。
俺の身体の熱をうつされて、じわりと温もった掌が内股に伸び、硬く滾ったそこを押し包んだ。
「……お前も、求めているのか」
密やかな囁き声には、懊悩が滲んでいる。俺は重い瞼を押し開けて、ぼやけた視界に目を凝らした。
秀麗な面立ちには朱が走り、黒い瞳は何かをこらえるように苦しげに細められている。
俯いた顔から長い黒髪が流れ落ち、とばりの中に囲われたように見えた。
「い、りょう……?」
乾いた喉で呼ぶと、触れた掌がびくりと震えた。
偉遼の指が、汗に湿った肌着の裾をはだけさせ、下帯をずらす。
屹立を避けて後ろへ回ると、割れ目の間に隠された秘所をつるりと撫でて、爪の先をくぷりと潜り込ませた。
俺はまだ何をされているかも理解できないまま、見慣れた偉遼の、しかし見たこともない獣性を露わにした顔を見上げて、押し込められた異物を享受する。
指の腹で、ぐる、と内壁を抉られて、は、と浅く息をつく。
呼吸と、脈動とともに腹の奥が疼いて、湧き出たぬるい粘液が、指の滑りを助けて奥へと誘っていく。
「分かるか。お前の中に、新たな胎が開いている」
熱に浮かされて掠れた声に、こくりと頷いた。
腹の奥が、埋め込まれた指をきゅうきゅうと引き絞っている。
「埋めて、くれ……」
自分の身体のなかに、これほど大きな虚ができてしまったことが耐えがたく辛かった。
訳も分からず涙が溢れて、はたはたとこめかみを伝い落ちる。
恥もなく、泣き喘ぎながら膝を立て、脚を開いて、分泌された蜜で濡れそぼったそこを眼前に晒す。
「はやく」
偉遼は獣のように手荒く衣を脱ぎ落とし、俺の膝を担いで覆い被さった。
「桓將」
いいのか、と、迷いを滲ませた声に、ただ頷く。
「……伯遠」
成人してからは滅多に呼ぶこともなくなった、彼のあざなを呼び、背中に腕を回す。
「すまない」
一息に熱いものに貫かれ、内側を掻き乱される。初めて男を受け入れるそこは甘くほどけて、凶暴な熱を余さず包み込んだ。
自分の喉から、聞くに堪えない嬌声が溢れ出る。
激しく犯され、それでもあまりある快楽を甘受して、俺はいつしか気を失っていた。
鼻先を甘い香りに擽られて、唐突に目が覚めた。跳ね起きると、裸の身体から絹の寝具が滑り落ちる。
俺は自分の身体を見下ろして目をみはった。
日に焼けた肌のあちこちに鬱血と歯形が残され、武人らしく鍛えられ、古傷の残る下腹には、刺青のような、複雑な青い蔓花模様がうっすらと浮かび上がっていた。
「目が覚めたか」
ふり仰ぐと、衣服を整えた偉遼が褥の傍らに立っていた。
「俺が……」
声を出すと、泣き喘いで枯れた喉が詰まった。玻璃の杯を差し出され、喉を潤す。
「お前が、俺のつがいだ」
冷たい水が、言葉とともに喉を滑り落ちていく。
「こんなこと……」
空になった杯を握ったまま、どさりと背中から褥に倒れ伏した。
「俺だって、甲種だってのに」
昨日まで将軍として生きてきた己が、王の子を孕むための身体になって、彼の正室として恩寵を受ける。着飾って後宮に引きこもっている姿を想像して、寒気がした。
「三日ほどして、その痣がはっきりと見える頃、また……」
偉遼は躊躇うように言葉を切った。
出来るものなら、わめきだしたかった。
また、なんだという。色に狂って、偉遼に抱かれたがると?
「なんだ、それは……」
俺は思わず顔を覆った。唇から乾いた笑いが零れる。
「……俺は、お前を娶るつもりはない」
偉遼の声は苦い。
「妃としてふるまう必要もない。ただ、子は産め。お前の役目はそれだけだ」
偉遼も、戸惑い、嫌悪していることだろう。
腹心であったはずの俺が、一夜で雌に変わってしまったのだから。
それでも、突き放すような言葉に衝撃を受けて、俺は声もなく荒い息をつく。
「今日は休んでいろ」
そう言い残すと、偉遼は背を向け、寝所を出て行った。
俺は、しばらく褥の上で呆然としていたが、やがて軋む身体を引きずって身支度を整え、偉遼の執務室へ向かっていた。
重い扉を押し開ける。
机についていた偉遼はちらりと目を上げると、眉を顰め、手元の書面に目を戻した。
「休んでいろと、そう言わなかったか」
偉遼の声は昨日と変わらず平坦で低く、いささか不機嫌そうに響いた。
「どうせ胎が落ち着くまでしばらくかかる。それまでは働くさ」
俺はそれに安心して、隅の長椅子に腰を落ち着け、武官府から持ち出した名簿を開いた。
「将軍としての俺の後任も、決めなくちゃならんしな」
偉遼の手でよどみなく走っていた筆が止まり、じわりと墨が滲んだ。
偉遼は幼くして母を亡くし、王太子の座を狙う異母弟や、側室たちに囲まれて育った。
俺の父親が東宮付きの武官だった縁から、俺が九つ、偉遼が七つの時に遊び相手として引き合わされた。数えてみれば、もう二十年の付き合いだ。
足を掬われぬよう神経を尖らせ、世を倦んだ寂しい目をした少年の気を惹きたくて、幼かった俺はことさらに明るく笑い、彼の周りを跳ねまわった。
王太子を相手に鍛錬と称した取っ組み合いを挑み、意地っ張りの彼をけしかけては馬の鞍に押し上げ、水練までさせた。
偉遼は嫌がってさんざん抵抗したが、のちに、俺が教えたことが命を助けた。
舟遊びに出た船が急に浸水して沈んだときにも、戦の前線に押し出され、敵に四方を囲まれたときにも。
「お前の代わりなど、いらない」
偉遼の、感情を押し込めるような声音に、鼻の奥がつんと痛む。
俺は声が震えるのを隠して、短く、
「そうか」
とだけ呟いた。
言葉の絶えた隙に、侍従が滑るように現れ、ぺこりと俺に頭を下げた。
「桓將さま。本日は、御衣裳の採寸をさせていただきたく存じます」
「これじゃまずいのか?」
これでも一応将帥として、見苦しくない格好はしている。
「今後は後宮の主となられるのですから」
「と、言われてもな。俺は子どもを産んだらここを出てくぞ」
俺が言うと、侍従は息を呑み目をみはった。
偉遼の寝台に残された俺が、必死になって考えたことだ。
偉遼のそばには、居られない。我を忘れ、王を誘惑して淫に溺れる自分を、どうしても看過できなかった。
「王子や王女なんぞ、そうたくさんいても仕方ないだろう」
弟たちに命を狙われた偉遼の例もある。
「そもそも、皇后なんてガラじゃない。着物も飾りも、次の妃にやってくれ」
と、からりと笑う。
「ただし、だな。その……」
俺は声を低めると、侍従を手招きして、そっと耳打ちした。
「閨事の……されるほうは疎くてな。なにか決まりがあるなら、教えておいてくれ」
「しかと、承りました」
深々と頭を下げる侍従と、顔を赤くして座り直す俺を見て、偉遼は怪訝そうに眉を顰めた。
日が暮れるにつれ、偉遼から香るあの甘い芳香が次第に濃くなってきた。
下腹の辺りがもぞついて、何度も座り直していると、偉遼が筆をおき、顔を上げた。
「桓將」
「ど、うした?」
「今日はもう戻れ」
偉遼は黒い目でぎろりと俺を睨み、掌で鼻と口を覆う。
「……お前だけだと思うな。俺が仕事にならん」
「そ、うか……、そうだった、な……?」
俺が偉遼の香りに誘われると同時に、偉遼も俺から香る催淫の香を嗅ぎ取っているのだ。
早々に部屋を出た俺の前に侍従が現れ、深く礼をした。
「閨房術の教授をお召しと承りまして」
「ああ、言ったな、確かに……」
言ったが、まさかこんなに早くに来るとは思っていなかった。
「お手柔らかに頼む……」
俺は肩を落とし、すごすごとそのあとに従った。
「一昨日も昨夜も戻って来ずに、どうしたよ。せっかく茉莉花の花湯に浸かって、香油まで擦りこんで待ってたってのに」
偉遼の執務室へ着くや否や、俺は文句をつけた。
「仕事が立て込んでいてな。この奥で仮眠を取った」
「こっちは半刻も湯に浸からされて、茹だるかと思ったぞ」
「それは、災難だったな」
冗談めかして言うと、偉遼は薄い唇を緩めて仄かに笑う。
そのわかりにくい笑みを見ると、まるで、ただの友だったころに戻ったような気分になった。
三日目になり、腹に浮かんだ模様は濃い藍色になっている。
それでも日のあるうちなら淫香は薄れ、まともに顔を見て話すことができた。
「香油はつけるな。淫香と混じる」
「そんなに匂うか?」
「俺には、瑞々しい野花のように感じるな」
偉遼はすう、と息を吸い、目を眇めた。頬が火照るのを感じて、顔の前で大仰に手を振る。
「俺の話はもういいだろ、仕事に戻れ」
「……世継ぎを設けるのも、立派な仕事だと思うが」
大真面目な顔で、冗談だか本気だかわからないことを言う。
「生憎、女のほうの俺は業務時間外だ。そら、大好きな仕事だぞ」
机に積まれた書簡を押しやると、偉遼は柳眉を顰めた。
「こんなもの、好きでもなんでもない」
「こうも手際よくこなしておいてか?」
「要領を掴んで、楽に済ませているだけだ。……お前には、貧乏籤を引かせたからな。せめて主として報いたい」
零された言葉に引っかかりを感じて、視線を送る。
「俺と一緒に何度殺されかかった? 俺に煩わされなければ、出世ももう少し楽にできただろう」
偉遼は俺を睥睨し、皮肉げに笑みを浮かべた。
俺は思わず長椅子を蹴立てて立ち上がり、執務机を挟んで偉遼と対峙した。
「……貧乏籤だと、思ったことは一度もねえぞ」
「……桓將?」
怪訝そうな顔を睨み、言葉を重ねる。
「お前に仕えたことを、後悔したことは一度もない。……こうなった今でもだ」
「……盛りのついた獣のように、犯されてもか」
筆を置いた手をきつく握り、偉遼は低く唸った。
「ああ」
甲種として仕える道を奪われたとしても、つがいとして与えてやれるものがあるなら無駄ではないはずだ。黒々とした瞳をまっすぐ見据え、頷く。
「それならば、抱いてやろうか」
偉遼は唇を歪め、苦々しげに吐き捨てた。
「今この場で辱められても、同じことが言えるか?」
と舌打ちして言葉を荒げる。
「俺の本性は、お前を犯し、孕ませてやりたいと唸り声をあげている。そんな主を戴いて、お前は自らに誇れるのか?」
感情の昂りとともに、甘い匂いが広がる。
熱を誘い出されながら、俺は唇を噛み、浅く頷く。
「……下がれ、桓將。頼む。俺はまだ、獣に落ちたくはない」
絞り出された言葉は、ほとんど苦鳴同然だった。
俺は肩を落として、薄く笑う。
「苦しむくらいなら、抱けばいい。どうせ、お前のためにある身だ」
偉遼は目を瞠り、激しく首を振った。長い髪がばさばさとはためく。
苦しんでいる偉遼を見ることが、ひどく苦しかった。
「なんで、俺だったんだろうな」
俺は言いながら苦く笑って、衣の帯を解く。
袍を脱ぎ落とし、机を回り込んで、椅子に掛けた偉遼の肩に手を触れた。
「片腕として、お前の傍にいられれば、それでよかったのに」
「俺は」
偉遼は掌で顔を覆い、声を震わせて言葉を継いだ。
「つがいがお前で、嬉しかった」
指の間から、乱れた髪を掻き上げ、白い頬に触れる。
偉遼は声を潜めた。
「桓將。俺はな、王になどなりたくはなかったのだ」
偉遼の膝の上に乗り上げていた。衣服を隔てて触れ合う身体の中で、狂おしい熱が暴れている。
「ただ生き延びるために学を修め、お前に励まされて武を鍛えた。いつの間にか、こんな場所にいる」
「なぜ、お前がつがいになったのか、だったな」
薄い唇に自嘲が浮かぶ。
「お前を手に入れられないのなら、俺は、なんのために王になどなったのだろう」
白い頬を一筋、涙が伝った。
出会った頃の、寄る辺もない幼子に戻ったように、寂しい目をして声もなく泣いている。
息をつくと、抱きしめた身体が一回り縮んだように思えた。
「偉遼。……伯遠」
彼の名を呼び直す。偉遼は俺の胸に額を押し当て、小さく首を振った。
「お前が欲しい。獣にはなりたくない。お前を孕ませたい、お前の王でありたい。屈服させたい。……お前を、失いたくない」
くぐもった声で言い募る。本能と理性とが絡まりあって、偉遼を縛り付けていた。
俺は濃く香る首筋に顔を伏せ、鼻筋を押し当てた。
「偉遼。お前が獣になるなら、俺も獣になろう」
縺れた髪に指を通し、形のいい頭を撫でる。
「俺が獣に落ちても、俺の主でいてくれるか?」
答えは、甘く苦しげな呻き声と、首筋を噛む甘い甘い痛みだった。
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