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夜も更け、静まり返った寮内。
眠れる気がせず、気分転換をしたかったのだ。
「白乃瀬……?」
背後からかけられる声にぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。
「副かい、ちょ……それに会長」
驚いた表情を残しつつも、取り繕うようにへらりと笑った。
副会長の宮代は不可解そうに眉を寄せ合わせる。
「こんな夜更けにどうしたの? 眠れない?」
「……それは私の台詞です」
まさか返事が返って来るとは思わなかった。今度こそ驚きに睫毛を震わせて宮代を見た。
不機嫌そうな仏頂面。いつも人のよさそうな笑顔を浮かべている人物とは思えないな、と内心で笑った。
「なぁに、日之君のことで文句でも言いにきたぁ?」
わざとらしく嫌味に呟けば、バツが悪そうに顔を背けた。おや、と首を傾げる。
「あなたには、悪いと思っています」
「……何か悪いものでも拾い食いしたの? 大丈夫? 自分の言ってること理解してる?」
「なんなんですかあなたは! 人がせっかく謝ったっていうのに!」
「だって、僕の知ってる副会長じゃないんだもぉーん」
茶化すように語尾を伸ばせば小さく微笑する。
開いていた距離を、開いてしまった距離を詰めるように宮代は紅葉に近づいた。
左手を伸ばし、白い頬に触れる。
「私は、怖かったんです。居場所が奪われることが。私の場所がなくなってしまうことが。……雅人の瞳に映らなくなってしまうことが」
「え」
今、自分はものすごいカミングアウトを聞いてしまった気がする。
後ろの神宮寺が何も喋らないのも怖い。
「正直あの転入生は好いていません。嫌いです。私の雅人を奪っていったあの子なんて、大っ嫌いです」
大きく目を開いて驚愕を露わにすれば困り笑顔で見つめられた。その表情は綺麗で、儚げで、どこか弱々しかった。宮代にはそんな表情は似合わないと感じさせられた。
踵を返した宮代は放心状態の紅葉を振り返って言った。
「明日から私も生徒会室に戻ります。今まで、すみませんでした。……ありがとうございます」
「え、ちょ、ちょっと! っ、宮代……!」
「さて、次は雅人の番ですよ」
戸惑いも、疑問もそのままに宮代は神宮寺の肩を柔らかく押した。
「すまなかった」
開口一番に彼は謝罪する。腰を九十度近くまで折り曲げ、固い声音で言う。
「今更、なんのつもり」
「……そう、だな。俺は自分のことしか考えていなかった。茶番だなんてわかってる。知っている。理解もしている。言い訳にしかならないことも。だが、それでも俺は欲しいモノがあった。手に入れたいモノが。結果、白乃瀬に尻拭いをさせる形になってしまった」
「……僕、失望しているからねぇ? 暴君で俺様で、それでいて仕事にストイック。そんな生徒会長の神宮寺を尊敬をしていたんだから」
嫌悪を表す表情に神宮寺は顔をあげて真意の分からぬ瞳で紅葉を射抜いた。
今更、と言葉を積み重ねる紅葉を今にも泣きそうだ。
「なんで、ふたりとも急に」
「……青空に、言われたんですよ。リコールするぞ、ってね」
「だが、生徒会に戻るいいきっかけだと思った」
「そう、……うん、ありがと、」
かつての仲間が帰ってくる。
ふんわりと、嬉しそうに笑えば僅かに目を見開いた。
「そろそろ、部屋に戻ったほうがいいですよ。今は白乃瀬を守ってくれる人もいないようですし」
「なにそれ」
言うだけ言ってそっぽを向いた宮代の耳は赤く染まっていた。心配されているのだろうか。
そういう感情に疎いが、どうにも心配をかけていたみたいだった。
「それじゃぁ、また明日。おやすみなさい」とあたりさわりない『友人』の言葉に温かくなった胸に沈んでいた気分は良くなった。
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