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11:実験*

 ちゅ、ちゅ、と濡れたリップ音が寝室に広がる。湿った音を耳にするたび桔梗の鼓動は早くなり、体に熱が生まれる。 「んっ……ふ……ぁ、れい……じ、さ……」  最初は触れ合うだけの小鳥のキスを繰り返していたが、互いにそれだけでは物足りなく、どちらともなく開いた唇から赤い舌をひらめかせ、求めるように絡み合う。  深く追い求め、桔梗は玲司の首に腕をしっかりと回し、玲司は細く華奢な桔梗の体を抱えると、自分の体を跨ぐようにして対面に抱く。  ベッドがキシリと音色を上げると、キスの当初に取り上げられたカップが、ナイトテーブルの上でカチンと鳴る。  ふたり分の体重の負荷がかかったベッドは沈み、桔梗は臀部の辺りに熱の塊を感じては、嬉しさがこみ上げてきた。  クリスマスディナーの件や大掃除で疲れ果てたのもあり、毎日キスはしていたものの、肌を重ねるまでには至らなかったせいで、こうして性的な接触があったのは、十二月に入ってからは初めてのことだった。 「ふぁ……っ、れいじさ、……硬くな……って、んぅっ」 「本当は、この家では、誰の耳があるか、わからないので、こうならないように、気をつけてたんですけどね」  桔梗君が、あんまり可愛いから、と途切れた言葉で口づけの合間に囁いてくる玲司を、桔梗は涙目できっ、と睨んだが、それが玲司の情欲に燃料を注いでいるとは思っていないだろう。  玲司がわざと下半身の熱をグリと押し付ける。  すると、桔梗の体はこれから起こるだろう期待に、直腸の奥にある生殖器から蜜がトロリと腸壁を伝い、蕾をしとどに濡らした。  桔梗は玲司と繋がるまで、発情期以外──通常時の性欲はかなり希薄だった。自慰すらも殆どしたことはなく、今のように後孔を濡らすといったことも殆どなかった。  それが、玲司にキスや愛撫をされるだけで、後ろの肉壁は玲司の頂戴な楔を求めて自然と蠕動し、蕾は物足りなさに口を開閉してはよだれを垂らす。  玲司と出会って、体を繋げて、番契約を結んで。  そこから次に肌を重ねるまで一ヶ月以上経過して、思い通じての交接は、天国に昇る程の快感に包まれ、長い時間繋がったまま玲司の精を絞り取り続けていた。  その後数回交わって、性交の気持ちよさを覚えた所で、クリスマスメニューの準備に入ってしまい、普段働いてる時には気づかないが、ふとした瞬間に感じる情欲の熾火を感じた。  ふしだらな自分を内心責め立て、何度も玲司に向けて謝ったか。  自分が性に箍がゆるいと猛省する日々を送りつつも、やはりあの匂いを濃く感じてしまうと、本能が玲司を求めているのだ。  出会いの時に起こった発情期からそろそろ三ヶ月。一応、旅行先で起こったとしても対処できるよう、事前に藤田からは発情抑制剤と特別に避妊薬を処方してもらっていた。だから安心といえば安心ではあるものの、できることなら色んな場所をふたりで出かけたりしたいし、ベッドから離れないプレ新婚旅行というのも爛れていると思う。  でも気持ちいいことに流されてしまい、もう色々考えるのも億劫なのも事実だった。  まだお互い着ていたパジャマすら脱いでいないのに、交わる目線は淫欲に溢れ、触れる手つきは淫靡で、混じった唾液は甘く媚薬のよう。  玲司いわく、誰かの耳がある、と言われても、もうそれでもいいから、切なく震える空洞を玲司の熱で埋めて欲しいと、下着の中で充血して硬くなった自身の熱を番の腹に擦りつけた。 「れ……じ、さっ、も、ほしい……んっ、はや、くっ、ちょ……だいっ」  もどかしく腰を揺らめかせ、自身の陰茎を玲司の腹にグリグリ押し付けながら、淫らな願いを零す。 「困りましたね……、それなら、浴室で、愛し合いましょうか」 「うんっ、……はやくっ、れいじさ、……ねが、いっ」  玲司は跨がせたままの桔梗の尻を支えると、耳元で「ひぁんっ」と甘い悲鳴が聞こえてくる。そっと首を巡らせ顔を窺うと、その目はトロリと蕩けていて、短く呼吸する唇は赤く、濡れている姿は番を誘うオメガらしい。  以前、桔梗の通常の性欲はかなり薄いと聞いていたが、その片鱗は今の彼にはない。  まるで玲司だけの娼夫のように、支える掌の上にある臀部は、しっとりと密に濡れた生地が貼り付き、くちゃ、と桔梗がみじろぐ度に音色を奏でた。 「桔梗君、避妊具が鞄の中なので、後からちゃんと避妊薬を飲んでくださいね」 「うんっ……だから、はやくぅ」  玲司を求めて発情する桔梗の耳に届いたかどうか。  もし忘れているようなら、自分が飲ませればいいか、と心のメモに留め、浴室への扉を乱暴に開いた。割と冷静なつもりでいたが、どうやら桔梗の熱に充てられたらしい。  桔梗を脱衣所の床に下ろすと、引き合うように自然とキスを繰り返しながら、互いのパジャマを脱がせあう。肌が露出すると、それぞれに所有の印をいくつも付け、どちらの肌にも赤い花弁が点々と散る。  これまで玲司は、過去の恋人たちには一度としてつけたことのない刻印を、どうして桔梗に対しては抵抗もなく、もっと埋め尽くしたいと考えるが、先程から桔梗は玲司の首に腕を回して、首筋に鼻を擦りつけてフェロモンを吸収しようとしていた為、これ以上放置するのも可哀想だ。  一気に番のズボンと下着を下ろし、自分も踏みつけるように全てを取り払うと、桔梗を抱いたまま浴室へと飛び込んだ。  浴室内は全室の床にお湯を循環させている為に温かい。  かといって、全裸に耐えれる程の暖かさではない為、玲司は桔梗を抱き上げたままシャワーのコックを捻り、熱い湯をバスタブへと溜めていった。  その間も体を密着させ、舌を絡ませながら深いキスを続ける。 「ふ、はっ……、ぁう……んっ、れ、いじ、さっ……んんっ、す……き、んっ」  腰を淫らに動かして桔梗は玲司のそそり立つ逸物に擦るようにしてくる。鈴口からトプリトプリと溢れてくる粘ついた蜜がこねる音が、シャワーの水音の合間に聞こえる。  甘く好意を伝えてくる桔梗が健気で、玲司はもう今すぐにでも蕾に切っ先を押し付け、そのまま深く突き立てたいと思うが、約一ヶ月ぶりの行為で、彼の蕾は固くなっているだろう。  するりと絡めた舌をほどくと、後を追いかけてくる番の唇にキスを落として、玲司は備え付けの棚から薄いピンクの液体が入ったボトルを手に取る。 (これが凛の言ってた、お遊びで作ったローションですか)  桔梗が秋槻の番と離席してすぐに、二人の元へと義弟の凛がやってきたのである。偶然ではあるが、自分と秋槻と凛はある意味運命共同体な部分もあったがゆえに、雑談と称して、凛は秋槻へ実験のあれやこれやを根掘り葉掘りと訊いていた。  散々、重箱の隅をつつくような質問攻めに辟易した玲司と秋槻は、番を迎えに行くという口実で、凛から離れようとしたのだが…… 『研究のお礼に、これ』 『これは?』  装飾の施されたボトルの中にはピンク色の液体が入っていた。傾けると、もったりと倒れ、粘度が多少あるものだと気づく。 『これ、媚薬入りローション。清浄剤入りだから、注入しちゃえば、そのまますぐにできる代物』 『『は?』』 『というか、オメガの直腸部分は結腸辺りに子宮があるから、弱酸性なんだよね。女性の膣と一緒で。普通はそのままできちゃたりするんだけども。実は、ベータの男性同士のセックス用に開発したんだけど、とりあえず身近にいるアルファやオメガに実験台になってもらおうかな、って思って』 『いや、いやいやいや』  淡々と話す凛に対し、秋槻は慌てふためきながらも、ボトルだけはしっかりと握っている。玲司も実験台のひとつとして考えているようだが、後から個別で渡すのだろうか。 『大丈夫っ、精子入りの蜂蜜を番に長期的に摂取させたことができるんだから。ローションのお試しなんて軽い軽い』 『そ、そんな大きな声で言わないで!』  同じ『四神』だというのに、なぜこうも上下関係が成り立っているのだろうか。  玲司はそそのかしたけども、実際、秋槻に凛を紹介した所で繋がりは殆ど終わっていたのだ。しかし、歯に衣を着せない物言いをする凛と、当時追い詰められていた秋槻では会話にならなかったせいで、玲司が仲立ちとして調整役を引き受けていたのだった。  正直、当時と同じ光景が繰り広げられ、頭が痛い。 『凛、あんまり明け透けだと、今度から凛の分だけ食事を作るのを拒否しますけどいいですか?』 『それはやだ。玲司兄さんのご飯美味しいもん』  凛は自分の口を手で塞ぎ、自らシャットアウトする。  素直なのはいいのだが、これでも桔梗だけでなく秋槻たちよりも年上というのだから、薔子の教育は一体どうなっているのか問いただしたい所だ。 『まあ、商品化するから、モニターになれってことなら協力しますよ。ね、それでいいですよね』 『それは……まあ。結城とのことでは世話になってるので』 『彼もそう言ってますし、それでいいですよね、凛?』  なんだかんだであれから時間が経過していても、調整役を買って出る玲司に、凛はコクコクと頷く。 『それで、僕の分もあるんですよね。どこにあるんです』 『……』 『手を塞いでる状態でウロウロしたって分からないので、喋ってもいいですよ。ただ、ここは人の目があるのを自覚して発言してくださいね』  コクコクと再び頷いた凛は、手を離すとぷはぁ、と息をついて、ボリュームを抑えた声で玲司に告げた。 『玲司兄さんのは、二人の寝室にある浴室に置いてきたよ。香織さんにスペア借りてこっそりとね』  薔子に似た華やかな笑顔を浮かべ放った言葉に、二度と凛には何も作らないと決意した玲司だった。

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