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第5話 Ramen

 昼休み。近所のコンビニまで弁当を買いに行く途中で、ポケットのスマホが「ニャイン!」とやけに元気な猫の鳴き声を上げた。設定変えないと通知音がうるさいな、と思いながらスマホを開くと、エリスからニャインメッセージが届いている。  なにやら、アルファベットがズラズラ並んでいる。ドゥードゥルで翻訳するか、とコピーしようとして、ん? と眉を寄せ、その文章をよくよく見つめた。どうも、全てローマ字である。 『ゆうき きょう めし なに たべる? すし? てんぷら? そば? ちくぜんに?』  いや筑前煮はないだろ。勇気はローマ字であるが故に読みにくいメッセージに眉を寄せながら、「エリスの食べたいものでいいよ」と、とりあえず日本語で返した。わからなければまたドゥードゥル翻訳でもするだろう。しばらく通知音が鳴らないように設定していると、メッセージが返ってきた。 『Ramen』 「ラメン……ラメン? ラーメン?」  ラーメンでいいのか? 近くに美味いとこあったはずだけど……と、勇気はグルメ情報を検索して、ニャインに駅の名前と、店の名前、それとラーメン屋のウェブサイトとダメ押しに地図のアドレスを貼り付けた。ややしてエリスから、「OK!」とデカデカ描かれたかわいいネコのスタンプが送られてきた。  コイツの何処が怖い外国人なんだ?  勇気は首を傾げて、とりあえず昼飯はラーメン以外の物を調達することにした。  定時に上がれるホワイト企業に勇気は感謝はしている。生贄にしようとしたことは一生忘れないが。  一度帰宅してから待ち合わせの駅まで行くと、無事伝わっていたようで、駅前にエリスの姿が有った。昼間とは違い、ラフなシャツにデニムを身につけ、長い髪はゆるく括っている。それでもまだ雑誌の表紙になりそうな美男子だ。  道行く人がエリスを見てヒソヒソしているのがわかる。皆、彼のあまりのイケメンぶりに釘付けのようだった。  勇気のほうはといえば、安さを売りにした通販カタログの商品案内のような仕上がりだ。Tシャツに、薄手のパーカーに、ゆるいデニム、スニーカー。いつもと違って伊達眼鏡は外しているし、髪は崩しているから、まだまだ大学生感も抜けていない。  のろのろエリスに近寄って行くと、気付いた彼はまた「ユウキ」と嬉しそうに名前を呼んで微笑んだ。「オトモダチ、しよう」と言われて、何のことかと思った。 「オトモダチ、敬語、ない」  と言うから、勇気も諦めてタメ口で接する事にした。お友達からにしようと言い出していきなり一線を超えたのは勇気だ。責任が有る。エリスが望むなら、それぐらいのことはしてやらなければなるまい。 「わ、わかったよ、エル……」  名前を呼ぶと、エリスはまた仔犬のようにパァッと微笑む。美人がそんな顔をするものだから、勇気はそんな気など無いのに、何故だかドキドキした。  エリスはよく喋った。  無事、その庶民的だがそこそこ美味しいし、それほど行列ができるわけでもない中堅どころのラーメン屋に入り、テーブル席で向かい合ってラーメンを注文する。目当てのものが来る間、エリスは眼を輝かせて、そのいかにも昔ながらのラーメン屋といった店内を見渡していた。  それから彼は辿々しい日本語で、「ラーメンを食べるのは初めて」「ユウキとご飯を食べるのは楽しい」「フォークで食べてはだめ?」「今日のユウキは無口だね」という内容を言っていた。  ラーメンが来るとますます眼を輝かせていた。ここの醤油ラーメンはこってり系だ。チャーシューと味付き卵とメンマが乗っていて、ストレート麺は程良いコシもある。いい香りが湯気と共に立ち上ってくるようで、エリスはしばらくうっとりとして、それから「イタダキマス?」とユウキに疑問形で声をかけたので、「いただきます」と答えた。  とはいえ、ラーメンの食べ方がわからないエリスに食べ方を教え、最終的にレンゲの中にミニラーメンを作って冷まして食べる方法を伝授した。箸も何とか使いながら、ニコニコ嬉しそうに食べているエリスに、勇気は恐る恐る、これまでのことを尋ねた。 「あのさ、エル」 「ン?」 「最初に会った時、俺、エルを助けたって言ってたろ? その時の事、もう少し詳しく教えてくれないかな」 「アー、うん。私、二人の、マフィアに、捕まった。そこに、スーツの、ユウキ、来た。ユウキ、始めた。ラップバトル」 「ラップバトル」 「そう! 何言ってるか、全然、わからない! でも、バイオレンス、伝わった。マフィア達、逃げた。ユウキ、すごい! ヒーロー、オウジサマ!」  何を言っているのか、詳細まではよくわからないが、とりあえず勇気がラップバトルができないことだけは間違いない。予想するに、つまり罵ったのではないだろうか。  ヤンチャだった頃の挨拶みたいなものだ。「おいてめぇやんのかこら、ふざけたつらしやがって、どかねえならぶっころすぞ」みたいなことを言ったのかもしれない。 「完全にただのタチの悪い酔っぱらいじゃないか……」 「?」 「……それで俺が、道案内を?」 「そう、そう。ホテルまで」 「それで、また飲んだ」 「そう、ユウキ、よく飲んだ。いっぱい話、してくれた。半分ぐらい、わからなかった、けど」  初対面の人間に、ベロンベロンに酔ってわけがわからなくなっている元ヤンが、何を言ったのか。想像するだけで恐ろしい。 「でも、私、嬉しかった」 「嬉しい?」 「ユウキ、いっぱい、話してくれた」 「酔っ払いの話を聞かされてただけだろ?」  勇気も子供の頃から親族が集まったりすれば、酔っぱらいの親戚に絡まれたりするし、会社の飲み会に行けば部長をヨイショさせられたりで、酔っぱらいにはいい思い出が無い。自分も飲んだらとんでもない犯罪者になってしまっていたわけだが。 「あのね、私、ツマラナイヤツ、だから」 「うん?」 「みんな、私と話す、嫌なの。だから、ユウキ、話してくれた、嬉しい」 「んん?」  どうもよくわからない。 「どうして嫌がられてるって思うんだ?」 「ンー。みんな、私と、目を合わせない、そわそわ、落ち着かない、すごく、丁寧。他の人と違って。だから」  ユウキはそれを聞いて眉を寄せた。 「……エル、それ、嫌なんじゃないと思うぜ?」 「そう?」 「うん、エルみたいなすごい美人と目を合わせたら、ドキドキしちゃうよ、普通。みんな、エルのことを嫌いなんじゃない。それに、エルはつまらなくなんてないよ、俺は面白いって思うし、時々なんか可愛いと思ったり……」  そこまで言って、勇気は我に返った。フォローするつもりで、何を言ってるんだ。慌てて「あ、いや、その、人としてだけど」とよくわからない一言も付け足したが、エリスはキョトンとした顔をした後で、顔を赤らめた。 「ユウキ、私に、かわいい、言うの、二回目……」  そして、勇気も顔を赤くして、頭を押さえた。

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