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第30話 SUSHI

 30日の夜に帰省する予定だが、28日から仕事は正月休みだ。つまり27日からは一緒にいてもいいことになる。付き合いたての二人にとっては夢のような時間であるが、その後の正月休みはお互い家族と過ごすだろうから、しばらくの別れだ。  まあどのみち平日はあまり会っていないのだから、日数的にはやはりそう変わりはない。それでもやはり、会おうと思えば会えるのと、会えないのとではなんとなく違って感じるものだ。押すなと言われれば押したくなる。食べるなと言われれば食べたくなる。会えないと言われれば会いたくなるのが道理だろう。  それに、色々あったものだからすっかり忘れていたが、エリスの話を聞こうと思っていたのだ。これからエリスと会ったら、彼の話をよく聞こう。勇気はそう思っていた。  25日の夜。他に予定など無かったらしいエリスは、勇気と共に回転寿司に来ていた。寿司を回転させるなんてマーベラスな発想、日本人はすごいと彼は大喜びでレーンの上を見ていた。 「オゥ、……マグロ、……サーモン、……は、はまっち、……ンン? ソイビーンズ??」  寿司に混ざって唐突に流れてきた枝豆に、エリスは首を傾げて勇気を見た。勇気は笑って、「回転寿司屋はなんでも流れてくるんだよ。ラーメンとかうどんもあるよ」とメニューを指差す。エリスは面食らった顔で、「クレイジー」と呟いて笑った。 「ユウキ、ここはまるで、遊園地だね」 「そこまで??」 「何、おいしい?」 「あー、じゃあ適当に取って並べるよ」  定番のものをレーンから取ってエリスの前に並べていく度に、彼は「おー」と嬉しそうな声を出した。まるで子供だ。エリスはマグロをおぼつかない動きでなんとか寿司を箸で摘み、恐る恐る口に運んだ。口いっぱいにマグロの寿司を頬張って、エリスはややして、何も言わず嬉しそうに何度も頷いたので、よかった、とお冷やを差し出してやった。  しばらく寿司を楽しんで、少し手が止まった時に、勇気はふと「そういえば、透夜さん大丈夫だった?」と尋ねた。するとエリスが、レーンを眺めながら「泣いてた」と答えたから、勇気は驚いた。 「泣いてた?!」 「ン、私、何か悪いこと、言ったかも」 「な、何が有ったんだよ……?」 「ンー」  エリスは寿司を眺めながら、その時のことを振り返った。  父から、透夜が出社してこないと連絡があった。スマホも繋がらない。暇なら様子を見に行ってほしい、と無茶なことを言われて、叔母に住所を聞き、とりあえず一人で向かった。チャイムを鳴らしても出てこない。えいえい、と何度も鳴らしまくっていると、やがてげっそりした顏の透夜が玄関を開けてくれたが、エリスの顔を見るとそのまま閉められた。  まるでエルと初めて会った(?)時の俺だな、と勇気は思った。  「トウヤ君、あけて」とノックすると、透夜は恐る恐る玄関を開けてくれたという。二日酔いで頭がガンガンしてどうにも動けない、というか今起きた。そう呟いていた彼が、ずいぶん具合が悪そうだったので、エリスは肩を貸そうとした。「ひい!」と飛びのかれかけたが、無理矢理引っ掴んでベッドへと運んでいく間、英語と日本語で「僕なんかに手を煩わせては」と言っていたので、「トモダチでしょ」と何度も言う羽目になった。  ベッドに放り込んで、部屋にあった新品のミネラルウォーターを枕元に置いたりしている時に、山のような英語の参考書や新聞が目に入った。透夜は慌てて見ないでほしいと言うから、どうして、と問うと、彼は真っ青な顔のまま、早口で捲し立てた。  僕みたいな凡人はこんなに勉強しなきゃダメなんだ、そんな姿を見られたくない、君と違って才能の無い自分が、やっぱり隣に立つなんて無理なんだって感じてしまうから。二日酔いでメンタルにもきているらしい透夜がそう言うものだから、エリスはキョトンとしてしまった。 「ね、トウヤ君。私、日本語、上手?」  そう尋ねると、透夜は少し動揺して「もちろん」と頷いた。それに対して、「ありがとう、でも、透夜君の英語は、もっと上手だよ」と答える。 「私も、勉強、練習する。でも日本語、こんな感じ。だから私も、トウヤ君と同じ。それに、こんなに努力できる、トウヤ君、すごい。がんばるの、大変だから。それも、才能。トウヤ君は、すごい人。私の、新しい、オトモダチ」  ヨシ、ヨシ。エリスはそう言って透夜を撫でた。 「そしたら、トウヤ君、泣き始めちゃった。私、悪いこと、した?」  エリスはションボリとした顔をしながら、レーンを流れてきたハンバーグ寿司を見て「クレイジー」と呟く。 「……いや、エルは悪いこと言ってないよ。透夜さんも傷付いたわけじゃないと思う……」 「じゃ、なんで泣いた?」 「……たぶん、死ぬほど嬉しかったんじゃないかな……あの人のことだから、複雑な気持ちなんだろうけど……」 「そうなの?」 「こじらせてるからなあ〜……」  まあ、透夜さんはエリスを悪く思ってない事だけは間違い無いよ。今度一緒に遊びに行こう、お友達らしく。そう言うと、エリスは「わかった」と嬉しそうに頷いた。 「……あ!」  と、突然エリスが何かを思い出したように声を上げて、勇気を見ると「ゴメン!」と頭を下げた。 「えっ、なになに」 「日本、クリスマス、特別な日、トウヤ君から、聞いた。私、知らなかった。ごめんね、ユウキ。寂しい、した」  どうやら、クリスマスが恋人の日だと気付いてしまったようだ。しかし勇気はもう気にしていない。今こうして会えているのだから。 「いや、いいんだよ、だってエルにとってはファミリーと過ごす日だろ?」 「でも……」 「その代わり、これから年末まで一緒に居てくれるんだから、俺は寂しくないよ。……な、エルの話、いっぱい聞かせてくれよ」 「私の、話?」 「そう。大事なこととか、好きなものとか、子供の頃の思い出とか、なんでも、なんでも知りたい」 「私の話、大したこと、ない」 「そんなことないよ。俺、エルの事、知りたいし。エルが俺のことを知りたがったみたいにさ」  そう言うと、エリスははにかんで、「わかった」と頷いてくれた。  それから、二人は何時間も、また何度も会ってお互いを知り合った。知れば知るほど、お互い好きな気持ちが高まるようで、時間はあっという間に過ぎていった。

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