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第6話 歓迎の宴
城に着くまでに一時間半くらいは歩いただろうか。赤麗の後に続いて倒れ込む勢いで白い石でできた城の中に入ると――この白い石が北の国で採掘された白岩だと珪貝が教えてくれた――、大勢の家臣が総出で俺達を迎えた。
そして床には赤い絨毯が敷き詰められ、壁一面に絵画や彫刻が展示され、金の燭台や七色に輝くガラスの瓶など、豪華絢爛な調度品が並んでいる。
「御妃様! 何故歩いて御出でに……!」
「麒麟の君の御要望だ。お疲れのご様子であるから、御入浴の準備を」
年長者らしい白髭の家臣に赤麗が命じる。俺は半分抱えられるようにして水をたらふく飲んでから、浴場に向かった。その時珪貝が赤麗と何処かに行く後ろ姿が見えた。
「いや、何で入ってくんの! 一人でいいって!」
脱衣所に行くと沢山の若い女性が入って来て、慌てて追い出した。身体を洗うという仕事を奪って悪いが、どうしてもそれだけは無理だ。
服を脱ぎ、風呂場に向かうと、金の裸の女の像が傾けている瓶から湯が風呂に注がれていて、呆気にとられた。
身体を洗う道具は北の国の城と同じだが、スポンジ石鹸以外は全て高級なものなのだろうと分かる金で出来ていたり細工が施されていたりして、触るだけで神経を使ってしまった。
身体を洗い湯船に浸かると、溜息が溢れた。外が暑いからか温度をぬるめにしてくれているので、快適な温度でゆったりと足を伸ばす。
と、外がざわざわしていると思って脱衣所の方を見ると、そこには全裸の赤麗と透けて見える薄い布を一枚纏っているだけの女性達がいて、思わず目を逸らした。
「麒麟の君、御湯加減はどうです」
「あ、ああ、良い感じ、だ」
見えないように彼らが真後ろにくるように移動する。赤麗はあんな格好の女性達に毎日身体を洗って貰っているのだ。それが普通のことだから、普通に話し掛けて来たのだろうが、驚きを通り越して引いてしまった。
もう一刻も早く上がりたいが、女性と一緒に赤麗が出て行ってくれないと動けない。逆上せても我慢するしかない。
身体を洗い終わったのか、赤麗が湯船に浸かる。女性達が入って来なくて安心したが、赤麗が俺の方に近づいてきて身を固くする。
赤麗の胸には、飛翔する真っ赤な朱雀の刺青が描かれていた。黒威が、四神には何れかの印が刻まれると言っていた。この刺青がその証なのだろう。もしかしたら、その印は俺にもあるのだろうか。
「先程は大変なご無礼を申し訳ありません。僕の下女や下男に対する態度は正しくありませんでした」
赤麗は沈痛な面持ちで胸に手を当て、頭を垂れた。
「……いや、俺もあんたの王としての態度とか立場とか、考え無しに言って悪かったよ」
瞭然たる王なのだ、赤麗は。本来の王としては正しい振る舞いなのだろう。ただ凡庸な一般人の俺が許せなかっただけで、黒威のような王の方が異端なのだ。だって、俺が初めに想像した城の姿は正に、ここにあるのだから。
「あ、そうだ。珪貝から聞いたんだけど、あんた弦唱って楽器が上手いんだってな」
「ええ、昔はよく弾いていました」
「俺も歌とギターって弦楽器弾くんだ。今度聴かせてくれよ」
目を丸くした後、「勿論」と頷き、
「勘を取り戻さないといけませんね」
と、赤麗は薄く笑みを浮かべた。その顔は絵画のような美しさだが、どこか薄ら寒く、作りもののようだった。
風呂から上がり、何とか身体を拭こうとしたり服を着せたりしようとする女性達を回避して、赤麗が用意してくれたこの国の装束――銀糸の装飾が施された絹の一枚布でできた赤麗と色違いの服――に着替えた。
赤麗と共に召使いの女性に案内されて連れて来られたのは、城の中央に位置するところにある大広間だった。階段の上に玉座があり、玉座の前には横に長いテーブルが置かれている。
赤麗に従って階段を上ると、テーブルの上には色とりどりの果物と様々な肉や魚の料理が並べられていた。
すっかり怯んでいると、赤麗が俺の腰に手を添えて、金の玉座の隣にある銀で出来た椅子に座らせた。赤麗は無論金の玉座だ。と、不意に腹の虫が鳴って赤麗が口元を手で押さえて笑う。
「御腹を空かせていらっしゃるようですね。どうぞ、お召し上がりください」
生理現象とはいえ恥ずかしい。顔が熱くなる。
「い、頂きます!」
が、半日何も食べていなかったので、召使いの女性が何の肉か不明だが肉を切り分けてくれ、用意されていた二股のフォークを使って食べた。
「上手い! これほぼ牛肉じゃねえか!」
「喜んで頂けて、僕も嬉しいです。我が国で採れる果物の数々も是非」
「おう! デザートに頂くわ」
道中南の国の食事を珪貝がたくさん教えてくれた。果物と砂漠に住む巨大な鳥が名産だと言っていたので、あの肉は鳥なのだろう。巨大な鳥と聞いて大味だろうと思ったが、牛肉の味がするとは恐れ入った。
あまりの美味さに次々と食が進む中、階下では美しい女性達が踊りを披露してくれたり、国で有名な歌手らしい美男美女が眠気を誘うようなヒーリング音楽みたいな歌を歌ってくれたりした。
そして腹一杯になりそうになって、果物に手を付ける。葡萄のようなたくさんの粒が房についた果物だが、味は柑橘系のように甘酸っぱかった。二個目を口に入れたところで、傍から青白い顔をした珪貝が水を注ぎにきたのか水差しを持ってやってくる。
「顔が真っ青だぞ。何かあったのか?」
珪貝は答えずにコップに水を注ぎ、ちらと赤麗の方を窺った。赤麗は踊りを披露する女性達を見ている。
「……黄太様、果物はお召し上がりにならないでください」
「え?」
陶器が割れる音がして振り返ると、赤麗が立ち上がってこちらを見下ろしていた。
「何を、話している?」
「……何って、トイレの場所聞いただけだぜ。ってことで行ってくるわ」
珪貝に案内してもらう振りをして適当に誤魔化し、大広間を出る。と、珪貝が痛そうに顔を歪めて、片膝をついてしまった。
「どうしたんだ!」
「私のことは、構いませんから……黄太様、どうかお逃げに……」
次の瞬間、目の前がぐにゃりと歪んだ。身体の自由が効かなくなり、そのまま地面に倒れ込んだ。側で珪貝が俺の名前を呼んでいるのが聞こえたが、段々と目の前が暗闇に閉ざされていった。
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