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「公園にて」柏木あきら

昼休憩を告げるチャイムが会社のフロアに鳴り響く。 一斉に席を立ち、近くの定食屋へ一目散に走る奴。手作りのお弁当を持ちながら仲良し同士、フロアの席で食べる女子社員。みんな各々の昼休憩を過ごす。 「市原、今日の昼飯さー新しく出来た定食屋行かねぇ?」 隣席の同僚の林に声をかけられて、市原守は首を振った。 「いや。オレはいつものコンビニ弁当でいいよ」 「毎度のことながら、一人好きだなあ」 市原は1人のんびりとエレベーターに乗り込み、12階から1階まで降りる。 ビルを出て隣のコンビニで弁当とお茶を買い、いつもの方向へ歩く。 市原が向かった先は真ん中に大きな池のある広い公園だ。 広大な土地に沢山のベンチが設置されており、市原はいつもの場所に座る。 秋になったとはいえ、まだ昼間は蒸し暑い。 シャツを腕まくりして弁当を開く。 「ふー…」 一つため息をついて背伸びをする。 市原の職場は大手の商社だ。 朝から夕方まで何かと忙しい。最近は残業が長くできないので、日中は戦場の様。 そんな中、昼休憩が唯一の憩いの時間だ。 仲間たちとワイワイするよりも市原はとにかく1人になりたい派だった。同僚の林はワイワイ食べる派のようだ。さいさい誘ってくるので、たまに一緒に行くのだが、疲れてしまう。 毎日この公園でまったりするのは、市原にとって午後からの激務をこなすための、大切な時間だ。 (ん…?) 胸ポケットに入れたはずのスマホがない。 昼前に使って机の上に置いたままだ、と市原は気づく。 ネットニュースを見ながら弁当を食べるのが日課なのに、スマホがないとなるとボーっとするしかない。 いつもは見ない風景を、ボンヤリ見ながら箸を進めた。 市原と同じようなサラリーマンに、赤ちゃんを抱いた若い母親たち。ランニングをする夫婦など色んな人たちがこの公園を利用していた。遊具も少しだが置いてあり、休みの日には子供達も沢山来るのだろう。 鉄棒もあるのだが一つは子供用、一つは大人用のようだ。 その大人用の鉄棒で懸垂をしているサラリーマンがいた。 ダイエットでもしてるのかと見ていると、3回ぐらいで続かなくなる。見るからに華奢で、小柄な彼の体型からすると、今までスポーツをしていないのだろう。 (出来ないんなら、やらなきゃいいのに) それでもまだ頑張ろうとする彼に市原は思わず笑う。 (小学生かよ) いつの間にかスマホのことを忘れて、市原は彼を見ていた。 翌日。 市原はコンビニ弁当を食べながら、見ていたスマホの画面から不意に目を離した時。ふと、昨日の懸垂の彼を思い出し、鉄棒がある方を向いた。 鉄棒の先に彼がいた。側のベンチには、市原と同じコンビニの袋が隣に置いてある。 両手で鉄棒を握り数回、頑張るのだがやはり3回止まりだ。 市原はまた可笑しくなって下を向いて笑う。 (毎日頑張ってるのかな、あいつ) 何度もやって、なかなかできないのが悔しいらしい。顔に出ている。側の遊歩道を歩く女の子たちがクスクス笑っていた。 市原が見たところ、天気の悪い日を除いて、彼は毎日懸垂をしていた。 (何でそんなにムキになって、懸垂を頑張ってるんだろう?) その日から懸垂の彼をチェックするのが、市原の楽しみになっていた。 懸垂の彼はほぼ毎日、頑張っている甲斐あって、着実に出来る回数が増えていった。 3回しか出来なかった2週間前に比べて、いまは5回。亀のような歩みだが増えている。 きっと仕事もマイペースながら頑張る奴なんだろうな、と市原は頬杖を突きながら見ている。 ふと彼が鉄棒から手を離し、スボンの汚れを払って顔を上げた。童顔の彼と目が合う。そしてそのまま、彼は市原に向かってきた。 「あの」 突然声をかけられて、硬直する市原。文句言われるのかと思いきや… 「一緒に昼ごはん食べませんか?」 「…は?」 彼は西川と言った。市原の会社から5分位離れたビルが勤務先で営業をしているという。 翌日、同じベンチで同じコンビニで買っていた弁当を頬張りながら、西川の話を聞く市原。 「大学でうっかり家政科に入ってしまって、周りが女の子ばかりで同性の友達出来なかったんですよねー。今の職場も9割女性で」 「何の会社?」 「女性ファッションの…」 名刺をもらうとなるほど、女性に今人気のブランドだ。 ふーん、と里芋の煮っ転がしを掴み、口に入れようとしたとき… 「だから男性の友達が欲しかったんです!市原さんに出会えて良かった!」 あやうく煮っ転がしを落としそうになった。 「と、友達?お前、高校の時の友達とかいるだろ」 「他県から来たもので…ダメですか?」 子犬のような目で市原を見る。市原は独りが好きなのだ。変に気を使うくらいなら独りの方がマシだ、と思っている。だけどこんなにすがるような目で言われても…、とため息をつく。 「この公園で昼休憩の時に一緒に弁当食べるくらいならいいよ」 市原のその一言で、西川の眼が輝く。 「ホントですか!?ありがとうございます!」 変なやつ、と市原は笑った。 それから天気の悪い日以外は、この公園に来て二人で昼ごはんを食べては、西川の懸垂の練習に市原が付き合っていた。 もちろん、毎日約束しているわけではないので、お互い一人になることもある。西川が一人になったときには、今まで通り、懸垂をしていた。そして市原が一人になったとき。 気がついたら、市原も懸垂をしていた。運動神経のよい市原は汗を流すこともなく、西川の回数を軽々と超えていた。 「20回を目標にしてるんです」 ある日、西川が練習後にそう言った。 「何それ、げん担ぎ的なもの?」 市原はコンビニの袋をゴミ箱に入れながら、聞く。西川の顔が少しデレっとしたのを見て、ピンと来た。 「男子中学生じゃあるまいし、告白するとかじゃないだろうな」 ニマニマしながら市原がそう言ってきたので、真っ赤になって西川は違いますって!と反論してきた。市原は大笑いしながら、ふとこんなに笑ったのはいつぶりだろうかと感じた。 仕事合間のたった少しの時間。また午後からは会議だ。 そんな憂鬱な時間も、忘れてしまうぐらい楽しい。 こんなふうに思う自分がいるなんて。 懸垂の連続回数が17回を数えるあたりから、西川が昼に来ないことが増えた。 久々に来ても、弁当を食べて練習せずに戻ったり。 「最近、新しい業務が始まったのですが…手を焼いてるんですよ」 西川が弁当を食べながら言ったことがある。 身体も少し痩せてきたように市原には見えた。 西川のいない時、市原は一人でコンビニの弁当を頬張った。一人で食べる弁当は何だか味気ない。以前はそれが当たり前だったのに。 (何なんだろうな、人恋しいなんて思ったことないのに) 翌日。久々に西川が昼に姿をあらわした。弁当を食べて懸垂しようと、ベンチを立とうとした市原のスーツの裾を西川が引っ張り、こう言った。 「山口に、転勤になるんです」 「そうなの」 二人でベンチに座り、懸垂をすることなく、公園の眺めを見ていた。赤ちゃんを抱いた若い母親たち。昼ごはんをたべるサラリーマン。ランニングをする夫婦。 暫くの沈黙の後に、西川がポツリと言う。 「明日でここくるの、最後になります」 「えらい急だね」 「市原さんと出会えてよかったです」 下を向いて、西川が呟く。 「ただが、昼に会うだけじゃないか。そんな…」 「僕は市原さんが好きなんです」 西川は市原の顔を見て、キッパリとそう言う。真っ直ぐな瞳で。 「え…」 対して、市原は言葉が出ない。そんなこと、思いもしなかったから。 「…ごめんなさい、気持ち悪いですよね」 西川は立ち上がると、市原に一礼する。あげた顔は泣きそうになっている。 「じゃあ」 「え、ちょっと…」 突然の告白は、嵐のようにきて嵐のように去っていく。西川の小さな背中を見つめながら止めることもできずに、市原はただその場に立ち尽くしていた。 翌日。 どんな顔して会えばいいんだと、昼前から仕事が手につかない状態だった。苦悩しすぎて昼のチャイムが聞こえない程だ。 「おーい、市原。何ぼんやりしてんだよ。昼だぞ」 「ホントだ」 「お前元気ないなあ?牛丼屋行く?」 「…コンビニ弁当で」 心配してくれた林の誘いを断り、いつものコンビニで弁当を買い、いつものベンチに市原は座る。結局はこうしていつも通り、西川を待っていた。 5分くらいして、西川は現れた。市原の姿を見て、少し驚いたようだ。 「市原さん…」 「飯、食おうぜ」 精一杯、落ち着いて言ったつもりだが、声は震えてないだろうか、と市原は内心思った。頬張ったシャケの塩焼きの味が全く分からない。 西川は隣に座り、自分のコンビニ弁当を広げた。 最後だと言うのに、まるで通夜の様に無言で食べる二人。 いつもならあれこれ話してバカ笑いしてたのに、これが最後なんて嫌だな、と市原が思っていると西川が口を開いた。 「以前、懸垂20回できたら、願いが叶うって話したの覚えてますか?」 「あ、ああ。言ってたな」 「市原さんがここに来れなかった日、達成したんです」 「えっ!すごいじゃん」 思わず西川の肩を持ってやったな、と喜んだ市原。驚いた顔をしながらも少しだけ笑顔になった西川。 「…実は、20回できたら、告白しようと決めてたんです。半年前から、この公園でよく見かける、少し、くたびれたサラリーマンに」 西川はそっと市原の手を払い除けた。くたびれたサラリーマン、は市原のことだろう。 (半年前から?そんなに前から見ていたのか?) 市原はそのまま無言で、西川の言葉を聞いていた。 「僕はゲイなんです。叶わないのは分かってたんだけど、どうしてもいいたくて。ホントはこんなに仲良くなるなんて思ってなかったし」 ベンチから立ち上がり、大きく背伸びをする西川。少しだけ目が潤んでいる。 「中学生みたいな告白、聞いてくれてありがと」 立ち去ろうとした西川の手を、市原は無意識に握って、引き留めた。驚いた西川が市原の方を向く。市原はそのまま西川の顔を見ながらこう言った。 「…すげー、恥ずかしいんだけどさ、とりあえずお友達から始めるとか。付き合えるかどうかは別として、俺、このままお前と会えなくなるの嫌だ」 市原の真っ直ぐ見つめる目に、西川は目を背ける。 「…気持ち悪くない?」 「そりゃ、驚いたけど…とりあえず、携帯番号交換しよう」 真面目に市原が言うので西川は、大笑いする。 「何だかそれこそ、中学生みたいだね」 ようやく笑顔を見せた西川に市原はホッとする。 西川に対する感情は、まだまだ恋愛にはなっていないけれど。少なくとも気持ち悪い、と思わないくらいは付き合える。それだけでも、すでに友達以上の感情があるのかもしれない。 「最後に懸垂、やってみろよ。20回できたんだろ」 弁当を食べ終わり、市原がいたずらっぽくそう言うと、西川は望むところよ!と鉄棒に手をかけた。 結果は18回。2度目は15回、と散々だった。 「お前ほんとに出来たんだろうな」 市原が疑いの目で西川を見る。 「あの日、出来たんだってば!!」 ムキになる西川。二人はその後、大笑いして公園を後にした。 「東北支店のプロジェクトリーダーですか」 西川がここを発って数週間後。今度は市原に転勤の打診がされた。上司に会議室に呼ばれた市原は詳細を聞く。 東北支店への転勤期間は二年間。 「どうだ、やってみんか?最近、お前さんの働きがいいって部長から推薦されたんだ」 「…行きます」 一瞬、躊躇したが市原はそう答える。以前の市原なら、めんどくさがって断っていただろう。前向きにしたのは西川のおかげだった。 「よし、決まりだ!頼んだよ」 バンバンと背中を叩いて上司は市原にゲキを飛ばした。 「お前、やったじゃん。このプロジェクト成功させたら昇進間違いないらしいぜ」 林が牛丼を頬張りながら、市原に語りかけた。 「出来たら、な。今からだし…。本社応援、頼んだぜ」 牛丼に七味唐辛子をかけて市原は牛丼を食べる。 「おぅ、任しとけよ!」 屈託のない林の笑顔に、市原も思わず、笑う。 アイツが西で頑張るなら、オレは東で頑張るから。 お互い帰ってきたらあの公園で、またコンビニ弁当を突きながら、近況報告しよう。 【了】

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