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穂高家

穂高家 母は若くして資産家の父と結婚。そして朔未が中学生の時に離婚した。 高校の時に母が現在の父と再婚。養子縁組により朔未は、この時から穂高朔未になった。 生まれ育った大屋敷とは違い、養父の古い家での新生活。最初は仲良くやっていた3人だったが、朔未は学生でいながら感じ取っていた。母は、母より女として生きることを望んでいるのだと。 本当は、この家で養父と2人で暮らしたいのだと。 高校を卒業してから、一人暮らしを始めるまでの決断は早かった。 「一人暮らし?!本気なの朔未?!」 「俺ももう社会に出る年ですから、部屋も決めちゃいました…だから保証人の欄にサインをください」 賃貸の契約書を出すと、まずは反対された。それでも同じ県内である事や、新しい職場も決まったことなどを並べて数日で説得に成功する。親の意見に抗って自分の意思を突き通したのはこれが初めてだった。 単身用の引越し業者に頼んで、小さなトラック一台の引っ越しはあっという間に終わる。 こんなものかと拍子抜けする程だ。 「…えーと、転居届を出して…あ、郵便局にも行かないとですね…とりあえず服を片付けて…ん?!それよりカーテンを付けないと…」 管理人からもらった引っ越しの手引きを読みながら、何となく荷解きも進めた。しかし気づくとあれもこれもと手を出し過ぎて全てが中途半端になり、部屋は散らかっただけ。僅か数十分で足の踏み場も無くなってしまった。 「あ、あれ?」 歩ける場所を確保しようとして自分で置いたダンボールに躓き派手に転倒する朔未。 「いったーい……うう、え?…えぇー?!」 更に不運は続き転んだ衝撃で落ちた眼鏡が割れてしまっていた。途端に不鮮明になる視界。 (ど、どうしましょう…スペアの眼鏡、どこに入れたんでしたっけ…それよりタクシーで眼鏡屋さんに行くべきでしょうか…スマホは?あれ?どこに置いたんでしたっけ…) 手探りで周りを探ると、タイミング良く着信音が鳴る。そのおかげでスマホは見つけることが出来た。 「はい……あ、透流くん?」 『やぁ、久しぶり…引っ越したってメッセージ読んだから、無事に済んだのかと思ってね』 「引っ越しは、無事に出来たんですけど…」 『ん?どした?歯切れ悪いね』 「ええ…何から始めていいのか分からなくて、色々手をつけている内に部屋が物で溢れてしまって…今、転んで眼鏡が割れてしまったのでスペアの眼鏡を探してる所です」 『んえ?大丈夫?』 「はい、何とか…スマホは見つかったので、タクシーで眼鏡屋さんに行く事も…ぁ痛っ!」 『なにしたの?』 「…あ、平気です…たぶん、眼鏡の破片で指が切れただけですから」 『…んー…おっけ、そこ動かないで…部屋のカギ開いてる?』 「え?は、はい…開いてますけど」 『そ、じゃあお邪魔します』 「え?」 不自然な会話で通話が切れた。座り込んでスマホの終話画面を見て考えている内に、ガチャと玄関のドアが開いた音がした。視界がぼやけている為、誰が入って来たのか確認も出来ない。 「な、何?誰ですか?!」 「誰って、いまさっき電話でお邪魔しますって言ったでしょー…サクミン」 「と、透流くん?」 散らかっている物の間を抜けて、透流は朔未の前まで辿り着くと屈んで顔を近づける。 「このくらいの距離なら、見える?」 「どうして…」 「んん?俺の方が聞きたかったけどねぇ…数あるマンションの中で、よりによって何で同じマンションに越してくるかな、って」 「同じマンション?!…透流くんの工房が近いのは知ってましたけど、マンションも借りてるなんて知りませんでした…どうして引っ越し先の連絡した時に教えてくれなかったんですか」 「ハハッ、すぐ分かると思って…それに教えていたら、サクミンの驚く顔が見れないでしょ」 「もう!透流くんは相変わらず、俺のことすぐ揶揄うんですから!」 「サクミンも相変わらずだね、どうやったら初日で部屋がこうなるの?」 「…それは、その」 恥ずかしそうに俯く朔未。 「それより手ぇ見せて…ああ良かった、どうって事ないね」 電話口で切れたと話していた指先は少し血が滲む程度だった。 「はい、絆創膏も必要無いくらいです…でも、一応貼っておこうかな…救急箱がその辺りに」 視界が悪いのを忘れて立ち上がり、先程とまったく同じようにダンボールに躓く朔未。 「はい、やると思った」 先読みしていた透流が素早く立ち上がって支えたおかげで、今度は転倒しないで済む。 「すみません…」 「とりあえずスペアの眼鏡を探そうかね…大人しくそこ座ってて」 「……俺、やっていけるでしょうか」 「ん?無計画で飛び出してきた訳じゃないでしょ?」 「それはそうですが…今まで、誰かに守られて、助けられて育ってきたので…自分が自立できるのか、正直不安です」 「なーに?もうお家に帰りたくなった?」 「…いえ、それは」 「何かは聞かないけど、サクミンにも自立しようと思った理由があるんでないの?」 「…はい、あります」 「じゃあ、とりあえず…出来るとこまでやってみれば?どうしても困ったら、2-B号室を訪ねてごらん、都合よく世話を焼いてくれる住人が居たりするかもよ」 離婚後、一切の養育費を受け取らなかった朔未の母は夫の稼ぎだけでは生活が苦しく家計を支える為に掛け持ちのパートに出るようになった。 そして年頃の朔未に配慮して、家では必要以上に新婚の夫と触れ合わなかった。 夫婦が帰らない夜。その日にちが増えていく中で、自分は早く家を出なくては。誰より大切な母の新しい人生の為に。朔未に芽生えたその決意は固かったが、自立できる自信の方は揺らいだまま高校を卒業して、すぐに家を出たのだ。 両親が店を移転したのを機会に高校中退を選び、両親に本格的に弟子入りし、手に職をつけて一足早く自立していた、ひとつ年下の幼なじみ。一人暮らしでは、透流の方が先輩だ。このマンションを選んだのは、昔から頼りにしている透流の工房が近いから。という潜在的な理由がどこかにあったのかも知れない。まさか、同じマンションに住んでいるとは知らず、透流の登場は予想外だったが、それはとても嬉しい予想外だった。 「ありがとうございます」 「先が見えないのは、誰だって同じ…そんなに不安になっても、仕方がないでしょ…肩の力抜いて、楽しい事考えな?サクミンは、心配性が過ぎるからねぇ…」 「…あ」 荷物の中から見つけ出したスペアの眼鏡をケースから出して朔未に掛けてやる透流。鮮明に戻る視界。改めて部屋の惨状が確認出来てしまった。透流は跪いて朔未の手を取るとついでに見つけた絆創膏を薄っすら血の滲む指に巻いた。 「…さて、片付けようか」 気怠げに腕まくりをする透流。 「ふふっ…ありがとうございます、よろしくお願いします」 「何で本棚無いのに箱から本出したのー」 「息抜きに読もうと思っていた本が見つからなくて…あ、本棚も買わないとですね!」 「も?」 「はい、さっき気づいたんですけど…俺、中身だけ持ってきて収納できる物は持って来てないみたいで…どうりで引越しが簡単に済む訳ですね…ど、どうしましょう」 「……」 結局、備え付けのクローゼットに服を掛けて、カーテンを取り付けた以外は元々のダンボールに物を戻すという二度手間が掛かっただけだった。ダンボール箱だらけの部屋。半日かけて、片付けはほとんど振り出しに戻った。 「すごい、ちゃんと服や食器が仕分けされてる…」 「近いうちに家具屋行こっか」 「透流くん、器用だから棚とか組み立てるの手伝ってくださいね」 「えぇ?組み立て設置まで頼めるサービスあると思うよ」 「そんな…俺、男なのに頼むの気が引けます」 「俺には遠慮なく頼んでませんかね、先輩」 「大丈夫ですよ、2人でやればきっと上手に完成します!」 (実質1.5人くらいだと思うけどねぇ…サクミンしっかりしてそうに見えてドジっ子だし) 「頑張りましょうね」 ほわっと微笑む朔未に透流は愛想笑いを返す。 「息抜きなら、サクミンが好きそうなカフェが近くにあるから後で行ってみようか」 「はい、ぜひ」 不安を払拭する幼なじみの存在。不完全で、揺らぐ危なげな門出。それでも、もう戻る家は無いと思って朔未は前を向いていた。 そして、新しい出会いも。 「いらっしゃい、お?透流が来るのも珍しいのに、お連れ様付きなんてもっと珍しいね…彼女かな?」 「こちら俺の先輩で幼なじみ…」 「穂高朔未です」 「あ…ごめんごめん、彼氏の方だった」 「今、幼なじみって言ったよねぇ、俺」 「ふふっ、面白い人ですね」 「俺はここの面白くて素敵なバリスタ、一ノ瀬蓮牙…ご贔屓に」 「バリスタ…じゃあ貴方のいれたカプチーノを頼んでも良いですか?」 「喜んで」 運ばれてきたカプチーノに頼んでいないラテアート、その形はハートをしていた。

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