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1 幼なじみはコスプレイヤー
「頼むよ!あおちゃんお願い!一生のお願い~~~~!」
うるさい居酒屋の店内。
そんな中でも、俺の目の前に座ってる男の声は一際大きく、店内に響き渡る。
チラリと隣の席に座っているカップルからの視線を受けて、恥ずかしい。けど、必死だからなのか…元凶の男は気付いていない。
「啓太、うっさい」
「だって、本気でピンチなんだよぉ、頼れるのはあおちゃんだけなんだってば~」
頭を下げて拝むように両手を合わせたまま、涙目で見上げてくる。
ダメだ、これはもう俺が首を縦に振らない限りは終わらない。相手に気を使うこと無く盛大にため息をつきながら、分かったよとだけ返事を返す。
そうすれば、今度は大きく万歳をされてしまった。どちらにせよ、こいつのリアクションの大きさは変わらなかったんだった。
数年ぶりに再会した幼なじみのテンションを身をもって感じて、思い出していく。
俺、小川葵には幼なじみがいる。
家が隣同士、同い年、同じ男。そこまで一致してれば自然と友達になり、いつでも一緒につるむようになるのに時間はかからなかった。
小中高まで一緒だった俺たちだったけど、大学進学の時、幼なじみは都内の大学を選択。実家から通うには少し遠くて、地元を出て一人暮らしを始めた。
変わって俺は、家から通える距離の大学へと進み、実家に残留。毎日つるんでただけに、不思議な物足りなさを感じながら過ごす大学生生活は、中々に退屈だった。
そんな日常を過ごして数年…社会人として、やっぱり地元の会社に就職した俺の所へ、今まで音沙汰の無かった幼なじみから突然連絡があった。俺にしか頼めない事があるから、助けて欲しいなんて内容に、どうしたのかと緊張しながら向かったのは、二人の家の中間駅にある居酒屋。
久しぶりに会った幼なじみは、更に身長が伸びていた。それに比べて、成長が中学から止まった俺の身長は165。殺意が芽生えそうな見た目だったけど、性格は全く変わってなくて少し安心する。
飲み始め、互いの近況報告なんてのをして一時間。今日呼び出した本題について触れてこないのか?と聞いてみたら、突然にパン!と両手を合わせると、一生のお願いだと頭を下げられた。一生のお願いって、耳にしたのは学生以来な気がする。
そんな、少し能天気気味な幼なじみ、寺田啓太から飛び出してきた懐かしいフレーズのせいで、思わず拍子抜けしてしまった。
「で、その一生のお願いの内容はなんだ」
生ビールを煽りながら声をかけると、啓太は椅子に座り直して姿勢を正す。
「俺さ、数年前から趣味でコスプレしてるじゃん?」
「そうなのか?俺は知らなかったけど」
「あれ?!話してなかったっけ?」
ちょっち待って、とテーブルの端に置いてあったスマホに手を伸ばした啓太は、何回かタップして画面をこちらへ向けてくる。
小さな液晶の中に写り込んでいるのは、最近大人気のブラウザゲーのキャラ。擬人化の女性向きゲーだけど、割とメディアでも取り上げられてたから俺でも知ってた。
「すご…これ、日本刀?」
「うん、模造刀だけどねぇ。これカメラマンさんが凄い張り切ってくれて!格好良く決めたいよね!ってスモーク炊いてくれたんだ!」
「へー…」
黒の燕尾服を身に纏い、赤い煙の中刀を構えているのが目の前の啓太とは思えない。写っているのはとてつもないイケメンなのに、喋ってるのはアホっぽくって、ギャップが凄い。
そんなことを考えてるとは思っていないのか、啓太は、ごめん興味ないよね!と苦笑しながらスマホを元へと戻した。もうちょっと見たかったんだけどな…。
「最近男も増えてきたんだけど、やっぱりコス…あ、コスプレの事ね。コスの世界って女主体なんだ。だから、女の子の知り合いも増えたんだよ」
「良かったな」
「う~ん…普通の子なら良かったんだけどねぇ…」
「…なんだ、ホモホモうっさいのか?」
「それはみんなそうなんだけど。最近、ちょぉっと面倒くさい子に絡まれてて」
「はい終了。自慢話は結構ですよ」
「違うって!本気でヤバイんだって!今度俺が出す予定のの相手キャラやるとか言い出してるんだよ!」
「出す予定ってなんだ」
「え?あ、えっと~…次に新しくコスプレをする予定、って感じ?」
「ふーん。で?それがなんで困るんだ?」
「その子大分勘違いしてるみたいでさ、俺の彼女気取りをしてくるんだよね。別に好きでも無いし、むしろちょっと苦手で…で、思わず相手キャラはどうしても着て貰いたい人が居て、その人に頼んじゃった!って断ったの」
「へぇー」
イカの一夜干しにマヨネーズを付けながら、適当に相づちをうつ。
興味なさげな俺に気付く余裕も無い程追い込まれているのか、啓太からは何のお咎めも無くイカを口へと収めた。冷めたせいで少し硬い。
「相手キャラの事、俺の嫁とまで言ってたからさ…そのキャラをお願いするなんて、よほどな人なんですよねって言われちゃって…」
「だろうな、嫁キャラなら」
「その子すごいメンヘラだし…他のレイヤー友達には頼めないんだ…」
「レイヤー?…ああ、コスプレイヤー?」
「お願い、あおちゃん!嫁の衣装を着て下さい!」
「嫌だよ、そもそも俺コスプレした事ないし」
「レイヤーには頼めないよぉ…!」
「じゃあレイヤーじゃない奴に頼めって」
「友達いないです」
「…すまん」
秒な即答に、思わず謝ってしまった。顔が広い割には、仲を深めるってことがあまり得意じゃない奴だから、友達って呼べる人が少ないのを今思い出したわ…。
涙目になりながら梅酒のソーダ割りに口を付ける啓太は、一気にそれを飲み干すと、グラスをテーブルへ置く。それから、空になったグラスの飲み口を手で蓋をして、その上へ額を乗せてうつぶせた。
うう~なんて情けない声を出して、しばらくすると動かなくなる。
「はー…なぁ、啓太。やらないって選択肢は無いのか?」
「ここで一線引いときたい」
顔を上げた啓太の額には、赤い痕がくっきり残っている。スンっと鼻を鳴らしながら下唇を噛みしめる姿が昔のままだ。
そうだった、こいつは追い詰められると、こんな風に顔を歪めて…
「助けてよぉ、あおちゃん~~~、俺にはあおちゃんだけなんだよぉ…」
泣き出すんだった。
大の大人、しかも男が、メンヘラ女が怖いと泣き出すとは…恥ずかしくないのかと叱りたいけど、そんなことをしたら逆効果なのも知ってる。長い付き合いだ、やっぱり、こんな時も俺が折れるしかない。
それに、なんだかんだ、啓太にこうやって泣き付かれるのも気分が良かった。
性格も良くて、顔も割と整ってる、スポーツも出来て人気なコイツが、俺の前だけはポンコツ。幼なじみならではって感じだろ。
「分かった、分かったから」
テーブルに常備されてるタッチパネルを触り、おしぼり2個を追加で頼む。ついでに生ビールと梅酒のソーダ割りも追加しとこ。
「ぐす…っ、ほんとに、してくれる…?」
「するって、お前の嫁の衣装着るから…うわ、お前、鼻水出てるって…!」
紙ナプキンを数枚引っ掴んで啓太へ渡すと、大人しく受け取り鼻をかんでくれた。スンスンしてる所で、追加注文をした酒とおしぼりが届く。熱いそれも啓太へ渡せば、広げて顔を拭き始めた。
そのために頼んだおしぼりだけど…なかなかにおやじくさいな。
◆
「で、何するつもりだったんだよ」
「よくぞ聞いてくれた!」
落ち着いてきた所で話を元に戻して聞いてみれば、啓太はキラキラした目でスマホを弄り始める。さっきまで泣いてたくせに、協力が得られたと思うとこの変わりよう…相変わらず現金なヤツだ。
「これ!これが俺の嫁!」
どっかからか落としてきたであろう画像を表示して、スマホごと俺の方へと渡してきた。
受け取ってから、表示されている画面をみて、固まる。そのキャラに、とてつもなく見覚えがあった。
ピンク色のロングなツインテール、詰め襟の海軍みたいな軍服なのに、長さが足りなくて臍が出ている。下は上とお揃いの白いプリーツスカートなんだけど…めちゃくちゃ丈が短くて、下ケツが見えるぐらいだ。
手には身長と同じぐらいの剣を構えてるけど…そんな格好じゃ、絶対に戦えないだろう、お前…って初めて見た時から突っ込んだキャラ。
「ミレイユ?!」
「そう!ミレイユ!!!あおちゃんも知ってるの?」
「ファンタジックアースだろ、ソシャゲの。俺もやってる。このカード、スタメンだし」
「じゃあ良かったぁ!知らないでやるのと知っててやるのとでは、ポージングも全然変わってくるし」
「いや、良くないよね???これ、男が出来るようなキャラじゃねーだろ?」
主にこの下半身!そんな気持ちを込めて、際どい所を拡大して啓太へ突きつけると、大丈夫だよ~と笑いながらスマホを受け取った。
「おちんちんどうするかは周りにも相談しとくから!俺は主人公予定なんだぁ。上の軍服は同じだし、型紙使い回せるよね。う~ん、あおちゃんだと…うん、ちょっと詰めて作ってみる!簡単簡単!」
「いや、え、…えっ?」
「身長差もちょうど良いよね!あおちゃんミレイユ絶対似合うよ、すごい楽しみだなぁ!あ、日付は来月末の土曜日なんだけど、空いてる?」
「空いてるけど…」
「よし、決まり!合わせの予定入れといてね!衣装とウィッグは俺で用意するよ、目は青だよね?ワンデーのカラコンは余ってたはずだから、それあげるね。あとは靴か~、ブーツカバー作るけど、元の靴はやっぱあおちゃんのがいいかな。ブーツ持ってる?あ、あと、靴のサイズ教えてくれる?」
とんでもない事を了承してしまった。
そう気付いた時は遅すぎて、啓太は嬉々として話し始める。正直こいつが何を言っているのか、半分も理解できない。
それでも、楽しげに話している啓太を見ているとこっちまで嬉しくなってきて…まあいっか、と感じてしまう。こいつには、元々そういう雰囲気にさせる力があるんだよなぁ。
泡がすっかり消えきった生ビールを飲みながら、久しぶりに味わう幼なじみと過ごす時間は、やっぱり俺にとって居心地の良いものだった。
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