25 / 116

25.闘う君は

 上下に跳ねながら間合いをはかり合っている。(しばら)くは膠着(こうちゃく)状態か。思った直後、頼人(よりと)が踏み込み――次の瞬間には咆哮(ほうこう)が響き渡っていた。  発したのは頼人であるようだ。猛々しい。普段の彼とはまるで違う。 「今のは上段にパンチが入ったから1ポイントだ」  最上(もがみ)はそう言いながらルーカスを解放した。撮影に戻ってくれていいということなのだろう。急ぎシャッターを切りながら尋ねる。 「上段って、頭のことですか?」 「厳密に言うと首から上のことだね。中段は腹と背中。それより下は無効」  最上の解説で1ポイント:上段・中段への突き、2ポイント:中段への()り、背面への突き・蹴り、3ポイント:上段への蹴りということが分かった。 「なるほどですね――っ!?」  思わず目を疑った。左手で拳を流した景介(けいすけ)が、頼人(よりと)の頭部目がけて回し蹴りを見舞ったのだ。周囲から大歓声が上がる。 「あれが白渡(しらと)のスタイルだ」 「えっと……カウンター型ってことですか?」 「そーゆーこと。対する武澤(たけざわ)は――」 「攻め」 「さっすが狭山(さやま)チャン分かってるねぇ~」 「じゃっ、じゃあ、ケイ……白渡君の方が有利ってことですか?」  頼人は追い込まれていた。攻めれば攻めるほどに強烈な反撃を受けている。点差は広がる一方だった。 「そう。だから、白渡にしたんだろうね」  どういうことだ。首を傾げると、照磨がふっと口角を上げた。 「やはり、この試合は監督の?」 「そ。俺のわがまま。誰でもいいから戦ってみせろってね」  理解した。頼人の困り顔の訳を。 「お陰でいーもん見れたっしょ?」 「はっ、はい!」 「あっはははっ!! ……ってもまぁ、あんなんまだまだ序の口なんだけどね」 「えっ……?」  最上がにたりと笑った直後、頼人が景介に襲いかかった。真っ直ぐに伸ばされた拳が景介の顔面すれすれのところで止まる。凄まじい速さだ。先ほどのものよりもずっと速い。 「大抵劣勢になると防戦一方になったり、焦って自滅したりするもんなんだが……アイツはその逆をいく」  ルーカスは頼人を見て絶句した。彼は笑っていた。いつもの爽やかで朗らかなものとは違う。狂気じみている。背筋が凍る。あれが頼人か。 「追い込まれれば追い込まれるほどにキレが良くなっていく。より一層楽しみ出すのさ」  リードしていたはずの景介が時を経るごとに追い込まれていく。主審の「止め」の指示で二人が離れた。  居ても立っても居られず、声を張り上げてエールを送る。しかし、彼は喜ぶどころか悲愴(ひそう)な面持ちでルーカスを見た。心がざわめく。なぜそんな顔をするのか。 「始めっ!」  審判の合図で試合が再開される。けれど、手も口も動かない。自由なのは目だけだった。 「そろそろくるか……?」  最上が(つぶや)いたのと同時に試合が大きく動いた。後退する景介に向かって頼人が真っ直ぐ突っ込んでいく。景介は体を横にスライドさせることで避けようとした。  ――が、それを(はば)むように頼人の腕が伸びる。鎖骨(さこつ)から首の辺りに触れた。思った時には既に景介の体は崩れていた。畳の上に転がる白い肢体。追い打ちをかけるように向けられた拳はしっかりと景介の(あご)先を捉えていた。直後、再び大歓声が巻き起こる。 「あれは投げだ。決めれば3ポイントも入る。言っちゃえば武澤の必殺技だな」  魅せられていた。息をするのも忘れるほどに。慌てて呼吸をして(むせ)返る。 「お、オレあんな凄い子と友達に……」 「ああ! そうだそうだ。君、武澤の友達なんだよね」 「あ、はい! 一応……」 「じゃあさ、武澤が一般入試にこだわった理由とかも知ってたりする?」 「……えっ?」

ともだちにシェアしよう!