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「だからなぁ~、お前さぁ~」
頭の上からがなりたてる声がうるさい。
いや、悪い声では無いのだ。低めのハスキーボイスはご婦人方や初な若者達には、すさまじくウケる。
それは良い。何処の宿屋に泊まっても厳ついイケメンの容姿と相まって、目をハートにした取り巻きが出来上がり、宿賃が安くなったり、ギルドマスターに優遇されたり、貴重な情報をもらえたり、それはそれで美味しいのだが......なぜか俺と組みたがる。
S S ランクとかいう、誰もが組みたがる人気者な癖に、だ。そいつが、もう三年も俺に引っ着いていやがる。
言っておくが、俺はまだ、冒険者登録もしていないド素人だ。いや、登録する気も無い。
何故なら、俺は別に冒険をしたくてしてる訳じゃない。本業は『聖職者』だ。アズナブルの『神官』だ。欲にかられたアホ上司が大事な秘伝の書、『ラサの書』を魔王なんぞに騙し取られなけりゃ、今だって心静かに祈りを捧げてる。
「うるさいっ!」
俺は一言、恫喝して分厚い木の扉を開ける。
ここ、苔庭のイタチ亭は俺が唯一気に入っている居酒屋だ。
俺が教会に入る前、親父が子供の俺を連れて各地を転々としていた頃、よく立ち寄っていた。
亭主のテオは、物静かでスノップな品のいい男だ。最近はウサギの獣人の愛想の良い店員も増えて、一層賑わっているようだ。
「ご無沙汰ですね......ルーシェさん」
「よぅ、久しぶり」
背の高い方兎の店員が、背後の鬱陶しいコイツにしなだれかかる。ほらほら、目尻が垂れてんぞ、スケベ。
「亭主、いつものくれる?」
俺はソイツを無視して窓際の席にすわる。苔桃のサフィーネ入りソーダ。香草のサフィーネはネコ科の獣の大好物。アルコールなんて必要無い。運んできてる黒猫の店員の頬もちょっぴり紅くなって、ちょっと可愛い。
「お待たせしました~。ランシェルさん、酔い過ぎないでくださいね」
「ありがとう、スカイくん。俺は山猫だから、大丈夫だよ」
そう、俺は山猫の獣人なのだ。でも聖職者だから補食なんかしない。立派に草食主義なんだ。にっこり黒猫くんに笑いかけると、またあの鬱陶しいヤツが口を挟む。
「大丈夫。コイツが酔ったら俺が背負って帰るから......」
「いらん!」
きっ......と睨み付けたのに、へらへらとジョッキを片手に寄ってきて、俺の目の前にどすっ...と座り込む。
「そう言うなって....;.三本角鹿からも守ってやるからさぁ~」
三本角鹿より、お前の方がよっぽどアブナイわ。
だいたい何度寝込みを襲われたやら.......。
宿屋に着く度に、部屋にがっちり鍵をかけて......と心に決めるのに、宿屋の親父も姉ちゃんも受付のボーイくんも、コイツにタラシこまれて、ひとつしか部屋を取ってもらえない。
おかげで、何度野宿したやら......。
「そう睨むなって......。可愛いこちゃんが台無しだぜ」
金ぴかのデカイ目が、じっと俺を見る。立派な黒々とした髭にマッチョなガタイ、丸太ん棒のような腕っぷし......そりゃあ熊の獣人のお前からしたら、俺なんかチビッ子だろうさ。あれ、意外に睫毛長いな......ちょっと酔ったか?
「なぁ、ランシェル。俺はお前が心配なんだよ。......業魔の洞窟なんかにまで独りで入っていっちまうし.....」
「魔王は、倒した」
「でも、貞操の危機だったじゃねぇか。ローブ引ん剥かれて......危うく犯られるとこだったんだぜ。俺が行かなきゃ、魔王に孕まされてたぞ」
「守護魔法くらい使える」
ふぃっ......と横を向くと、風鈴花が揺れて虹色の光が散っている。アズナブルにも春が来ているはず......と思うと少し寂しくなった。
「なぁ、ランシェル。俺はお前と旅がしたいんだ......。」
「生憎、俺はしたくない」
「そう言うなよ......。お前なら剣の腕も達者だし....」
親父は剣士だったからな。ガキの頃に仕込まれただけだ。
「攻撃魔法も防御魔法もひと通り使えるし.....」
お袋は、魔術師だったからな、光系の。
「お前の作るポーション良く効くし、俺の怪我もすぐ治してくれるし......」
聖職者が医療術を使えるのは当然だろう。
「その蜂蜜色の肌も長い金髪も、細い手足もキレイだし......」
悪かったな、細っこくて。たいがいのヤツはお前より細いわ。
「檸檬色の瞳に睨まれると、たまんねぇんだ。」
ちっとも懲りねぇクセに.....。
「その憎まれ口ばっか叩く唇もシフォン-ローズみたいで美味そうだし......」
俺は食い物じゃねぇ。
「お前が好きなんだよ、ランシェル。お前と一緒にいたい.......お前なら、すぐにAランクの冒険者になれるぜ」
「俺はなりたくない」
親父とお袋に誓ったんだ。冒険者なんてヤクザな賞金稼ぎじゃなくて堅気の仕事に就くって。ホワイト-ドラゴンなんてとんでもない代物に挑んで生命を落とした親父とお袋のようにはならないって......。
「けど......」
ルーシェが、ヤツが眉をひそめて言った。
「お前、教会から厄介払いされたんだろ?」
俺は言葉に詰まった。アホ上司の失態を皇帝に報告したのは、確かに俺だ。
―ならば、お前が取り戻してこい。―
....て、宰相から命令された時には、ずいぶんな話だと思った。が、考えてみりゃアホ上司は王族の端くれだ。つまり口封じで追いやられたくらいのことは、俺にもわかってる。
でも、コイツにだけは言われたくなかった。
俺は、みるみる自分の目が潤むのがわかった。
「おい、ランシェル。泣くなよ.....」
「泣いてない......」
ウサギのボーイ達やテオの耳がぴん.....と立って、こっちを心配そうに見ているのがわかる。
......と、ちびこいウサギのボーイがキラキラ虹色に光る皿を持ってきて、俺達のテーブルに置いた。
「注文してないが?」
「マスターの奢りです。クリスタル-ボアの燻製七色茸のソース和え......絶品ですよ。お二人でどうぞ...って」
キラキラと輝く皿をふたりでじっと見て、亭主を見た。亭主は軽くウィンクをして、またグラスを磨き始めた。
「それじゃあ....」
おそるおそるフォークを突き刺し、一枚、肉片を口に運ぶと.....美味だった。燻製なのに口の中で蕩けるように柔らかく、甘くて香ばしい。あっと言う間に平らげると、なんだか空にふわふわ浮いているような心地になった。
「なぁランシェル......」
ヤツの声が耳許でふんわりと柔らかく響いた。
「冒険者がイヤなら、冒険者......いや、勇者の嫁になってくれ」
嫁?......俺は男だぞ。ルーシェ、お前、頭沸いてないか?......と言う筈だった。そう言うつもりでいた俺の唇が事もあろうに、アイツの唇に吸い付いていた。
ヤツのぶっとい腕が、俺の背中を抱き締めている。暖かい、アイツの体温が、じわじわと俺の中に沁みていく。
「幸せにするから......。皇帝の許可ももらってあるし......。アズナブルに帰ったら、ちゃんと式も挙げるから.....もう少しだけ、俺の冒険に付き合ってくれ。グレイ-ケルビムを倒したいんだ」
えっ......うん、うんってなんで頷いてるんだ、俺。
「皇帝の許可ってなんで......」
少しも正気に戻った俺は、俺をがっしり抱き抱えて脂下がっているルーシェに訊いた。
「お前が探してる『ラサの書』てヤツ?......あれ、氷魔の魔王が持っててさ......ぶっ倒した時、ヤツの城のお宝の中にあったんで適当に持ってきた」
.......はあぁ?
「お前に会って、お前が一生懸命探してるもんだってわかった。俺はお前に一目惚れだったから、すぐにでも渡してやりたかったんだけど、あんまりお前がつれないからさ......」
......なにぃ?!
「よくよく考えて、アズナブルの皇帝に送ってやった。お前との結婚許可書と引き換えにさ.....」
.......なんだとぉ ?!
「テオの提案だけどさ......」
ぼぅっとする頭を巡らせて亭主を見ると、まったく知らん顔で銀の皿を磨いている。
あ、いかん。思考能力が......頭がくらくらするし、なんだか身体が熱い。
立ち上がろうとして蹴躓いたところを、ルーシェに抱えられた。
「...酔っ払っちまったみたいだ。部屋を借りるぜ、テオ」
なんだか嬉しそうなヤツの声が遠くに聞こえる。テオが、にっこり笑って何か言ってる.....。
「どうぞ。......マンドラゴラのスパイスをちょっと入れすぎたかも......。ゆっくりしていってください......」
て、テオ......俺に熊に喰われろってえぇ?
「幸せになってくださいね......」
こら、そこのチビうさぎ。担がれてる俺をウルウルな憧れるような眼で見るんじゃねぇ。
みんなして、嵌めやがって...とんだ詐欺師じゃねぇか......S S 級の勇者って、勇者って誰よ!
俺の心の叫びは、盛り上がりまくりの酒場の誰にも聞こえることなく、泡のように消えた。
そして俺は熊に美味しくいただかれ、今日もふたりの子供の手を引いて、能天気な親父のために回復魔法とキスの雨を降らせるのだった......。
もちろん、報酬はもらう。
苔庭のイタチ亭のスペシャルディナーを予約済みだからなっ!
―了―
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