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第5話 前途多難
駅前のハンバーガーショップで一臣と月路は二人、顔を合わせていた。ウーロン茶を口に含みながら、一臣は月路の様子を伺う。
会場で引いたくじ。結果、一臣と月路がペアとなったのだ。今、親睦を深めようと一臣が月路を引き留めて、ここにいる。
月路はアイスコーヒーを飲みながら、不機嫌そうに配られたオーディションの概要を眺めている。一臣は人知れず、ため息を吐いた。ため息を吐いた時点で、月路はヘッドホンを身に着けているために気付かないだろう。
「相川。相川ー?なあ、そんなに俺がペアだと不服か?」
「…。」
案の定、一臣の問いに気が付かない月路を仕方がないと思い、ここぞとばかりに月路を観察してみることにした。
睫毛が長く、瞬きをする度に揺れるようだった。瞳の色は光の加減によっては琥珀色に輝くのはさっき知ったところだが、実際はもっと暗い栗色らしい。小さな鼻はつんと立ち、唇は小さいながらもぽってりとして色っぽかった。
まるで小鹿のようにしなやかな四肢は長く、細い。女性と違う所は、首筋に浮かぶ喉仏と張った筋肉だろう。
あまりにも無遠慮に見つめ過ぎたのか、ついに月路は一臣の視線に気が付いた。そして鞄を探ってノートを出し、サラサラと文字を書き込んだ。
『何?』
「…なんで、筆談。まあいいや。」
月路の挙動に疑問を抱きながらも、一臣は筆談にのることにした。
『別に。相川は俺がペアだと、そんなにイヤ?』
一臣の字を見て、月路は驚いたように目を丸くして、ボールペンの頭を唇にあて考え込む素振りを見せた。一泊置いて、またボールペンをノートの上に滑らせる。
『そんな風に思わせて、ごめん。俺が腹立てているのは、自分自身にだから気にしないでくれ。』
月路の少し右に上がるような文字を見て、不機嫌の理由が自分じゃないことに一臣は安心する。その次に、疑問が浮かぶ。
『自分自身に?どうして?』
ノートに書いて見せると、月路はまた考える。
『君の声が、苦手なんだ。嫌悪感じゃなくて、逆。君の声は、』
ボールペンの動きが止まる。一臣が月路の顔を見ると、月路は顔を赤く染めて言いにくそうに、もとい書きにくそうにしていた。
『刺激的過ぎる。』
「刺激的?」
月路の告白を見て、一臣はつい口に出してしまう。聞こえていない月路は小首を傾げた。その様子が子供のように微笑ましく、ついからかいたくなってしまった。一臣は月路の隙をついてヘッドホンを取り上げてしまう。
「な、にを!?」
「俺の、」
ヘッドホンを取り返そうと身を乗り出した月路の服の襟をつかんで、引き寄せる。そしてわざと耳元に唇を寄せて、囁いた。
「俺の声の、どこがそんなに刺激的なんだ?」
「!」
月路はぼっと火が付いたかのように顔を紅潮させた。金魚のように口を開閉し、瞳に熱が帯びた。そしてすごい勢いで一臣の手から、ヘッドホンを引ったくった。
「…。」
呆気にとられる一臣に、月路は泣くように叫ぶ。
「本当に、やめてくれ!」
「わかった、ごめん。ちょ…、ここお店の中だから。」
月路の大声に周囲の視線を集める。一臣は頭を下げるが、月路にそんな余裕はなくテーブルに突っ伏してしまった。肩を震わせて、本当に泣いているようだ。
「相川ー?相川、ごめん。もうしないから。おーい。」
人差し指で肩を突きながら、謝罪する。どうやら本気で月路の地雷を踏み抜いたらしい。10分ほど、月路は許してくれなかった。ようやく顔を上げたかと思うと、目元を紅く腫らしていた。そしてノートに乱暴に文字を書く。
『樋口との会話は筆談でするから。』
頬を膨らませながら、決意を滲ませていた。
『って、言うけどさ。その調子で、どうやってオーディションのパフォーマンスをするつもりだ?』
「…。」
月路は目を瞑り、腕を組んで考え込む。その熟考ぶりに一臣も若干ながら、不安になった。肩を叩き、月路にノートを見るように促して、一臣はペンを取る。
『少しでも、慣れてもらわないと困る。小声で話すから、ヘッドホンを外してくれ。』
一臣の提案に月路は逡巡して、でも月路自身もこのままではいけないと思ったのだろう。恐る恐るヘッドホンを外したのだった。
「なんで、そんなに俺の声が苦手なんだろうなー。」
宣言通り、一臣は小声で話す。
「…わからない。樋口の声は特別、響く。」
「ふーん。このぐらいの声量なら、OK?」
「ドキドキするけど、さっきほどじゃない。」
言いながら、落ち着かない様子で月路は視線を泳がせた。どうやら前途多難のようだった。
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