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第17話
飲み物は本日も『お任せ』との仰せだったので、アースクェイクをお出しした。
どうやら久世はザルらしく、前回もまるで変わった様子がなかったが、それでもハイペースで飲ませれば、酔って少しは懐柔しやすくなるかもしれないという……藁にもすがるような保険である。
自分にはジンジャーエール。……今日はちょっとアルコールを入れるのは心配だからだ。
「久世様は、あれからラーメンは召し上がりましたか?」
情報を得るといっても、一体どんな風に近付けばいいのか。
ここ数日考えてはみたものの、企みを持って他人に近付くなど人生初の試みである上に相談できる人もなく、名案は浮かばなかった。
仕方がないので少しでも近付けたように感じたあの日のことを利用することにした。
カクテルグラスを傾けた久世は「いや」と首を振る。
「最近はなかなか一人でゆっくりする機会もなくてな」
「おいしかった、ですよね」
あの時に絆されたように見えていてくれと思いながら、思わせぶりに視線を投げた。
「なんだ、アフター希望か?ラーメンくらいいつでもおごってやるぞ」
「機会があれば、是非」
その即答には、少し違和感があったようだ。
久世が怪訝な顔で覗き込んできた。
「うーん……仔鹿というよりは子猫みたいに俺を威嚇してたバンビちゃんが急にどうした。ノルマがこなせなくて枕営業か?」
「そっ……そんなわけないだろ!」
予想だにしない発想に慌てて、思わず立ち上がり大きい声で否定すると、店長が睨んでいるのが目に入り、「失礼いたしました」と四方に頭を下げてから座りなおした。
色々な意味で嫌な汗が出た……。
「バンビちゃんだな」
くくく、と久世は他人事のように楽しげに笑っている。
大声を出してしまったことも、「枕営業」なんて言葉に過剰反応してしまったことも恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
やはりアルコール飲料を頼んでおけばよかった。顔が赤いことの言い訳ができたのに。
久世相手だと、いつもこうだ。からかわれて、子ども扱いされて。
一つもうまくいかない。
「んじゃ、連絡先交換するか。今スマホあるか?」
密かに凹んでいると、思いもよらない一言に、「え?」と硬直した。
「連れてってほしいんだろ?ラーメン屋」
「……………」
「なんだ、枕営業とか言われて怖くなったか?流石にそこまでケダモノじゃないつもりだが」
「ち、違います!」
そんなこと、言われなくてもわかっている。
またしてもからかわれて赤くなりながらも、この展開に驚いていた。
まさか、こんなに簡単に連絡先を教えてもらえるなんて。
それとも久世は久世で、万里を懐柔すれば仕事がやりやすくなるから、とかなのだろうか。
そうならそうでいい。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。
別に客と連絡先を交換するためではないだろうが職場から支給されたスマートフォンで、メッセージアプリの『ともだち』に久世を追加した。
「営業メールもいつでも送ってくれていいぞ」
そんな風に笑った久世の「お前このアイコン、バンビってまじかよ」とのツッコミに「営業用のIDなので!」と乱暴に返す。(本当に最初からそう設定されていた)
久世の横顔が嬉しそうに見えてしまうことが、我ながら解せなかった。
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