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第40話

 久世の車に乗り込むと、室内に落ちてたぞとボディバッグを渡された。  …全く失念していた。久世は冷静だ。 「さて、何から聞きたい?」 「…聞けることは全部聞きたい、けど」  万里がシートベルトを着けると同時に車が発進する。  ステアリングを握る久世が「けど?」と続きを促した。  最初から最後まで分からないことしかない。  だが、まず、確認しておきたいことがあった。 「あ…の、俺はスマホがあれば一人でも帰れたけど。…父さんについていかなくてよかったの?」  唐突だっただろうか。  久世が真意をはかりかねた様子で、ん?と軽く首を傾げたので、慌てて言葉を足した。 「ああ…ええと、助けに来たのが俺だったとしたら、タイミングが早すぎるかなあって」 「へえ、怖い思いをしてそれどころじゃないかと思ってたが、意外に鋭いじゃないか、バンビちゃんも」  そこを突っ込んでくるとは思わなかったと感心されて、ムッとする。  確かに、大事なところが大層危険な目に遭っていたから、涙目になったりしていたけれども。 「『SILENT BLUE』で端末を支給されただろ。あれで経営側がスタッフの現在位置をそれなりにリアルタイムで確認してるんだ」  そういえば、店長から渡された時にできる限り携帯するように言われた気がする。 「…俺は、逃げるかもしれなかったからか」 「違う、全員が対象だ。月華の身内だってことで、危険に巻き込まれる可能性があるからな」 「スタッフはみんなそれを……?」 「大体は説明されるだろう。バンビちゃんの場合は、会社のことが片付けばすぐに元の生活に戻せる可能性があったから、詳しく言わなかったんだろうが」  何故スマホ、と思ったが、久世が言いたいことが分かった。 「……つまり、俺が攫われてることがわかった……?」 「部外者である俺がその情報を入手できたのは、一応偶然だ。月華に鈴鹿さんがどうしているか確認しようとしたら、半日前から失踪中で、位置確認によるとたった今息子と合流したって聞かされてな」  神導は、大竹の名義で借りられているマンションの一室だということまで、突き止めていたらしい。 「父さんは半日放置……?」 「そこはあとで順を追って話す。その三人が揃えばバンビちゃんが危険な目に遭うことはわかりきってたから、飛んでいったわけだ」  では、久世は自分を助けに来てくれたわけか。  他の目論見もあったようだが、やけにほっとしている自分がいた。  助けたかったのは自分ではなく父だったのでは……と、 「もしかしたら妙な邪推をしているかもしれないが、俺と鈴鹿さんは何でもないからな」  そんな万里の不安は久世にはお見通しだった…! 「べ…つに?そんなところはどうでもよかったけど」  とぼけたが、「そうか、残念だな」という久世の声は笑っている。  分が悪すぎる。 「もうわかったので、最初から話してくださいませんかね」 「おっと、そうだったな」  もう黙っておく必要はなくなったのだろうか。  久世は、すべてを話してくれた。  どうやら攫われた場所はそれほど遠くではなかったようで、そのうちに『SILENT BLUE』の入るビルに着いてしまったが、地下駐車場へと入り、車が止まってからも話は続いた。  事の発端は父が、祖父の遺産を会社と私用とを分けずに使っていたことにあったという。  私産を切り崩して会社の経営に充てている、というのが正しい表現なのだが、大竹は同じ口座から出ていくそれを、会社の金を私用に使っていると勘違いしてしまい、ならば自分もと横領を始めた。  やがて遺産が底をつきはじめたとき、父は飲み屋でたまたま意気投合した神導の上司に金を借りる。  曰く、『パーっと投機でもしちゃあどうだ』。 「……あんたは、その神導の上司ってのを知ってるの?」 「一応な。俺はちょっと話せないことなんで、どんな人かは鈴鹿さんに聞いてくれ」  初対面の、しかも父のような見るからに返済能力のなさそうな人間に一億も貸してくるなんて一体どんな人物かと思ったが、久世はこの部分だけは濁した。  神導も確か「あの人の考えてることなんてわからない」というようなことを言っていた気がするので、もしや父と同類の、アレな人間かもしれない。 「投機ってのは、短期的な価格の変動を読んで取引する、まあ、一種のギャンブルみたいなもので、相場が読めれば手っ取り早く元手を増やせるが……」  初心者の父は、まず間違いなく大きな損失を出したのだろう。  そして、祖父の遺産が尽きたことで、大竹も会社名義で融資を受けることでしか金を得られなくなっていた。  銀行も、返済のあてのない金をいつまでも貸してくれたりはしない。  行きつく先は、倒産である。

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