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その後のいじわる社長と愛されバンビ20
それから鈴鹿家に二人で移動し、一晩明けて。
慣れ親しんだ我が家に久世がいるのは恥ずかしくも嬉しいのだが、不自由していないかなどやはり少し気を使ってしまう。
もっとも久世の方は、生まれた時からここに住んでいたかのような顔をしていて、朝から台所にあるもので朝食を作ってくれた。
こういうことも、万里も同じことを返せるようにならなければいけないと思い込んでいたが、誰しも得手不得手はある。
父ほどではないにしろ、自分はそれほどまめに家事をしたいタイプでもないようなので、万里の世話を焼くことを久世が苦にしないならば、今は甘えておこうと思う。
離してやる気はないという言葉を信じて、焦らずに、少しずつできることを増やしていきたい。
「やっぱり一緒に寝るのはきつくない?」
ダイニングテーブルで向かい合って話すのは、今後の久世の寝床について。
朝までぐっすり眠っておいて言うことでもないかもしれないが、シングルとは、やはり成人男性が二人で寝るサイズではなかった。
「うちのベッドでも、お前は寝てるときぴったりくっついてくるから、それほど変わらないと思ったが」
「………………………」
悠然と微笑み返されて、赤くなった万里は黙りこんでパンをかじる。
そんなことない、と反論したかったけれど、いつも起きると久世と密着しているのは事実なので、何も言えない。
万里よりも体が大きい久世の方が窮屈な思いをしているはずで、本人がいいと言っているのだから気にすることはないのだろうか。
久世の場合、本気で広いベッドで寝たいと思えば、自分達のことなど適当に言い包めて先日言っていたリフォームを実行に移すだろう。
こちらがそこまで気を回す必要はないのかもしれない。
朝食を終えると久世の出勤する時刻になり、万里はまだ出るには早い時間だったが、早めに行って勉強をしていてもいいかと行きがけに大学まで送ってもらった。
別れ際、今日はまた遅くなるかもしれないと言われて、夕食は一人かと少し寂しくもあるものの、遅くなっても万里の待つ場所に帰ってくるのだと思うと、それほど落ち込みはしない。
同じ家に暮らすということは、とても有り難いことだ。
久世が帰ってくるまで、自分はやるべきことをやって待っていよう。
まずは学生の本文である勉強だ。
落ち着けるのはやはり図書館かとキャンパス内を移動していると。
「はよー、万里」
「万里、お前昨日の休み……」
前から歩いてきた片山と上田が、何やらもの言いたげに口元をもごもごさせていて、そういえば金曜日の飲み会の後、友人たちの目の前で久世に拉致されたのだったという気まずすぎる現実を今ようやく思い出した。
「あー……あのさ、」
言ってしまおうか、と思う。
それで引かれても、そういう人とはどちらにしろ今後友達ではいられないし、今の万里には大学以外も『SILENT BLUE』という居場所もある。
嘘は、つきたくなかった。
自分を守るために、たとえ口先だけでも久世とのことを否定するなんてしたくない。
「いや……皆まで言うな!三日三晩の間、何してたのかとかは聞かないから安心してくれ!」
「……………………は?」
覚悟を決めて打ち明けようとしたのに、何故か友人二人は言うなと首を振っている。
ぽかんとしているところへ、ぐっと真剣な顔で詰め寄られて、たじろいだ。
「詳細は聞かないが、俺たち応援するから!」
これは……久世と万里の関係に気付いているのか。
あからさまに軽蔑されたりしなかったのは歓ぶべきところなのだろうがしかし、『あれが女ならともかく、いくら顔がよくても男だから羨む必要もないし、最近ちょっと小綺麗になって女子から意識されてる万里の恋愛対象が男なら、俺たちも安心できる』感が異様に伝わってくる。
それから、大学を休んでまで励んでいたわけではないと言い訳したい。
けれど、そこを詳しく話すのも何か違う気がする。
万里が何と返していいか困っていると、彼らの後ろから、この間飲み会に来ていた女性陣も顔を出した。
「ねー万里さー、金曜日の飲み会の時に迎えに来てくれた人~」
彼女の接近を遮るように、片山が二人の間に立ちはだかる。
「お前ら、万里は今が一番大事な時期なんだ。そっとしておいてやれ」
「はあ?何言ってんの?片山には何も言ってないし、意味わかんないんだけど」
万里にも、『一番大事な時期』の意味はよく分からなかった。
揉める友人たちを遠い目で見つめながら、久世とのことは何となくうまくいっているというのに、頭痛の種は父親以外にもあったかと、万里は深いため息を吐き出したのだった。
その後のいじわる社長と愛されバンビ おわり
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