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さらにその後のいじわる社長と愛されバンビ8
すげなく断ったのだが、春吉は頑なに引き下がらず、万里としてもどうしてもあの場にいたいわけでもなかったので、二人で花を摘むべく渋々席を立った。
入り口付近にいた店の人に声をかけ、店を出て左手に案内が見えるから、それに沿って行けばいいと教えてもらう。
ここまでわかっててついていく意味ある?とも思ったが、この脳内お花畑の父が人様に迷惑をかけたり、「面白そうだったから」という理由でフラフラとホテルの催しなどを見に行ってしまったりしないように、最後まで面倒をみることにした。
食事時のせいか、レストランの点在するフロアは自分達と同じように食事をしに来た人達で賑わっている。
踏み心地の良いカーペットの上を並んで歩いていると、不意に春吉は真面目な表情になった。
「ねえ万里、さっきの、バッジの話なんだけど……」
「バッジ?……ああ、あの、社交クラブの話?」
そう、それ!と迫られて、勢いに万里はのけぞった。
「そのバッジをね、ハム時さんに内緒で手に入れて、プレゼントしたいんだ」
「あれはす、…久世さんが手に入れてくれるんだか持ってる人を紹介してくれるんだかって話になってたけど……、父さん経由で渡してもらうように俺に頼んで欲しいってこと?」
春吉は、ううん、と首を横に振る。
「その、本部?のあるよもぎとかいうビルに行って、貰えないか頼もうと思って」
「よもぎじゃなくてよもつじゃ……って、え!?いや、そんな簡単にもらえるなら、紀伊國屋さんはとっくに手に入れられてたんじゃないの?」
「確かにそうだけど、行ってサロンの人に一生懸命頼めば、きっと何とかなるよ。人間同士なんだから、誠意があれば大丈夫!」
誠意だけでは何ともならなかったから、五億もの借金を押し付けられることになったのでは……。
……とは言うまい。
言動にはツッコミどころしかないが、万里としても、あの一件がなければ久世とは出会えなかったのだと思うと、発端となった父のことをあまり強く非難はできない。
「でも、そのサロン、『暗黒』とかって、名前がやばくない?なんか、アポなしで行ったら闇に葬られたりするんじゃ」
「万里は慎重だなあ。安全性については不明だけど、ほら、よく言うじゃない、『火中の栗を拾う』って」
「それってあんまりポジティブな意味の例えじゃなかったような」
「そうだった?栗って美味しいのにね?ねえ、万里も一緒に来てよ。父さん一人じゃ心配だから」
自分で言うなと脱力するものの、確かに心配以外の何物でもない。
尤も、この件に関しては、万里がついて行ったところで安心できるわけではないのだが。
「心配なら尚更、久世さんに任せておいた方がいいんじゃ」
「でも父さん、好きな人のために何かしたいんだ」
言い切った春吉の横顔を、万里ははっとして見つめた。
やろうとしていることが正しいかどうかはともかく、恋人のために何かをしたいという春吉の瞳は、キラキラしている。
万里だって、いつも面倒をみてもらってばかりの久世に、何かを返したいとは思っているのだ。
ただ、他人が羨ましがるようなものを全てを持っている(ように見える)久世の欲しいものなんて思いつかないし、本人に聞いたら、「ベッドの中でサービスしてくれれば」なんてふざけたことを言いそうだから、なかなか形にならないだけで。
社会的成功者である紀伊國屋に対して、父も同じような気持ちを抱いているのかもしれないと思えば、応援したい気持ちが多少湧いてくる。
だがしかし。
共感する部分はあっても、行きたくないという気持ちに変わりはない。
紀伊國屋と久世の話から、そこはかとなくダークサイドよりの気配も感じる。
そう、君子、危うきに近寄らずと言うではないか。
「悪いけど、行かないから。どうしても行きたければ、父さん一人で行って」
一人で行くのはちょっと……と尻込みしてくれることを祈りながら、万里は春吉の誘いをすっぱり断った。
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