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聖夜の夢は醒めても尚…
「雅樹、こちらに」
その声で、先ほど口にした赤ワインを思い出す。舌触りの良い渋みとなめらかな甘みを感じる、そんな上品な声だった。
呼ばれた男――市川雅樹 は、心が熱くなり、思わずその場に立ち竦む。
その様子を見てか、シンプルなシルバーフレームの眼鏡の奥で、涼しげな目元がふっと細められた。
スッと通った鼻梁、肉感的な唇、そして少し色素の薄い瞳。
全て計算し尽くされて出来上がったかのようなパーツが、黄金比ともいえる最高のバランスで配置されいる顔。見つめられただけで誰しもが顔を赤くする。
「何でそんなに僕を怖がるんだい?」
ソファに腰をかけながら長い足を組み直し、クスクスと笑っている。
足下を見ると、スラックスのセンターラインがきっちりと立っている。
雅樹が一生袖を通すこともないような高級なスーツに身を包み、そのくせそのジャケットを、ハンガーにかけずソファの背もたれにかけていた。
「あ、あの、怖がってるんじゃなくて…」
緊張しているのだ。
ここに来る前に、今まで雅樹が食べたどんな料理よりも美味しいフレンチのお店でディナーを済ませていた。
そこで今日のデートは終わりだと思っていたのに、その後連れてこられたのはここ、ソファにゆったりと腰をかけている前原秀一 がCEOを勤めるラグジュアリーホテル、しかもこのホテルの名が冠せられたスイートルームだ。
一介のハウスマンである雅樹が、自分の勤めるホテルのトップと一緒に、最も高い部屋に呼ばれて緊張しないわけがない。
この部屋が一泊雅樹の給料何ヶ月分なのか、目の前の男は知っているのだろうか。
しかも今日は、一年で一番予約が難しく、その分値段も跳ね上がるクリスマスイブだ。
「僕を焦らして楽しんでる?」
「まさか!そんなわけ…!」
むしろ、そんなことを言って雅樹をからかって楽しんでいるのは秀一の方だろう。
「おいで」
口調は柔らかいが、逆らうことなど絶対にできない、そんな気持ちにさせる声。
気がつくと足が勝手に動いていた。
彼の前まで行くと、どうぞ、と隣りへ座るよう促された。
「左手を出してごらん」
「えっ?」
「いいから」
雅樹の手は日々の仕事のせいでかなり荒れている。
頭のてっぺんからつま先まで完璧に磨きがかった秀一にその手を見せるのは男といえども少し恥ずかしく躊躇われたが、どんなに柔らかい口調でも言い出したら絶対に引かないことをよく知っているので、雅樹はおずおずと自分の左手を差し出した。
それから指先を握られるとじっとそれを見つめられ、雅樹は居たたまれなくなった。
「あの…ちょっと…あんまり見ないでください…」
「なぜ?」
「最近ケアもしてないし、ボロボロで…恥ずかしいんで…」
雅樹の言葉に表情を緩め、それから指を手を愛撫するように優しく撫で始めた。
その感触が心地よく、思わずうっとりとしてしまう。
「僕はきみの手が大好きなんだ。一生懸命働いている手。生命力に溢れていて、それでいて…とても優しい」
「秀一さん…」
そんな風に思ってくれているだなんて知らなかった。
このボロボロだった手が急に誇らしく思えてくる。
「だからね、そんなきみの手に、ご褒美を…」
そう言うなり、スラックスのポケットから何かを取り出し、雅樹の薬指にすっと嵌めた。
輝かしいシルバーリングだった。
「えっ…ええっ?!あ、あのこんな高価なもの…」
慌てる雅樹を気にもせず、すっとソファーから立って次の瞬間には雅樹の足下に跪き、左手を恭しく持ち上げた。
「僕の我が侭だよ。受け取ってくれるかい?」
ちゅ、と薬指に口づけて微笑む。
そしてそこが発火点となり、体中が燃えるように熱くなった。
こくん、と首を縦に振ると、秀一が嬉しそうに微笑む。
「それはよかった。それならばぜひ、姫からもご褒美を頂きたいね」
「あ…」
しまった、と雅樹は思う。
勿論クリスマスイブだしプレゼントは用意している。しかも、包みが大きく持って来ていないとは誤摩化せなさそうだ。しかし、これだけ豪華なプレゼントをされた後に自分のものを出すなど恥ずかしいやら申し訳ないやら。自分から先に渡せばよかった、と後悔しても後の祭りだ。
仕方なく「これ…」と雅樹がプレゼントを手渡すと、普段のクールな表情からは想像できない優しい笑みを浮かべ秀一は喜んだ。
「包みを開けても?」
「あ、うん…でも、大したものじゃな…あ…」
雅樹の許可が下りると、待ちきれないとばかりに最後まで言葉を聞かず秀一は包みを丁寧に開いた。
こんなに子供みたいな彼を見るのは初めてで、雅樹の顔にも笑みが浮かんだ。
「これはなんとも、心地いい…」
雅樹がプレゼントに選んだのは、肌触りのいいことで有名なブランドのグレーのブランケットだった。
「移動とか多いし…よかったら使ってください…」
「ありがとう。そんなに僕のことを考えてくれたなんて嬉しいよ。雅樹がいないときはこれで暖を取らせてもらうよ」
「秀一さん…」
「でも、いるときは雅樹がいいな」
そう言うなり、秀一は雅樹の手を引き腕の中に納めた。
「わっ…」
目の前に秀一の顔が迫ってきたかと思ったら、次の瞬間唇を塞がれた。
「んっ…ふっ…」
雅樹の領域を侵して、秀一の舌が入り込む。口蓋を舌で愛撫され、ビク、と体が強ばった。
ニットの裾から秀一の手が入り、脇腹から撫で上げるように雅樹の体を這うと胸の尖りに当たったところで一瞬手を止めた。
それからそこをクリクリと捏ねたり、きゅっと摘まれたりすると、思わず女性のような声が零れ恥ずかしさで頬が赤く染まる。
「あっ…!んっ」
「感じてるの?」
「あ…ぅ…あんまり、しないで、ください…」
「なぜ?」
「なぜって…あっ…!」
指で苛めるだけでは飽き足らず、口の中に右側の乳首を含むと、ちろちろと舌先で舐め始める。
左は変わらず指で攻められ続け、官能の電撃が背骨を伝い下半身の熱へと変わる。
「ああっ、あっ、…や…」
「嫌だったら、こんな風にならないだろう?」
空いている手で既にズボンを押し上げている雅樹の欲望を握りながら秀一が妖しく囁く。
ボタンを外し、チャックを下ろすと下着は既に雅樹の先走りで染みを作っていた。
「雅樹のここ、ぐちゅぐちゅだよ」
「っぁ…しゅ、いちさん…」
布越しで擦られるもどかしさに腰が揺らめく。早く熱に触れてほしい。
「してほしいこと、おねだりしてごらん」
クリスマスイブだから何でもしてあげる、と甘やかすように秀一は言うが、いつだって秀一は、雅樹の快感を渦へと堕とす。
「…オレのココ、触って、ほし…」
「うん」
下着を下ろされると、完全に勃ち上がったペニスがぶるんと外気に触れる。
するとすぐに、秀一の手がそれを握り込んで、巧みに扱き始めた。
「あっ…!あ、出ちゃう、それっ…」
ソファーに爪を立てて身を捩るとますます強い刺激が与えられ、耐えきれず雅樹は自身の熱を放った。
「や、あっ、ああ――っ…!」
瞼に涙が滲み、視界がぼやける。
浅い呼吸をしている雅樹に、秀一が甘く囁いた。
「ベッドへ行くかい?」
コクリ、と小さく頷くと雅樹の放ったものを拭い、さっと横抱きでベッドへ連れていってくれた。
*
キングサイズのベッドで雅樹はうつ伏せになり、尻だけ上げる格好になりながらシーツを握りしめている。
既に後ろには秀一の指が3本挿入され、じっくりとナカを解されていた。
「んっ、あっ、や、そこ…っ」
足の間では再び熱を持ったそこがタラタラと愛液を零して、与えられる刺激を今か今かと待ち望んでいる。
そんなところで秀一が一番敏感なところに触れた。
「ひゃっ…!あっ…、」
反射的にビクンと背が弓なりに反ってしまう。
「あ…あ…あ…」
ふるふると体を震わせて振り返ると、秀一が唇を重ねてくる。
甘い蕩けるような口づけに、雅樹の体は我慢できず、ねだるように腰を振った。
「あ、も、早く…欲し…秀一さんの、ナカに…」
「そうだな」
言うなり解していた指を抜く。それだけで敏感になっている雅樹の体はビクッと震えた。
そして力の入らない体を起こされ、抱き合うような形になった。
一糸纏わぬ秀一の肉体は、彫刻のように美しく、それでいて力強く瑞々しい。
何度見ても見惚れてしまう。
「今日は抱き合って達したい」
秀一のリクエストに、否はなかった。
初めてみたときはその大きさに恐ろしさすら感じた秀一のモノを自分の窄まりに宛て、ゆっくりと飲み込む。
「…っ…くっ…ぅ…」
みしみしと自分の皮膚が音をたてそうなくらい広がり、奥歯を噛み締めると、秀一が優しく頭を撫でてくれた。
「力ぬいて…んっ…、そう、ゆっくりでいいから…」
「っあ、…ふっ…」
言われた通りゆっくり腰を下ろし、一番太いところを過ぎると、後は自重で最後まで飲み込むことができた。
「んっ…全部入ったね…」
それから雅樹のナカを味わうようにゆっくり掻き回されたかと思うと、一度ギリギリまで出し、楔を打ち込むようにズンと突き上げられる。雅樹はどうしようもなく秀一にぎゅっとしがみついた。
「あ…イイ、ですっ…ああっ!」
自身も腰を淫らに振って感じるところを擦りつけた。
「すごい、雅樹はナカまで僕を締め付ける」
額に汗を浮かべながら、次第に激しくナカを打ち付けられ、ごりゅごりゅと前立腺を責められると、泣きながら悲鳴のような声しか上げられない。
「あっ、…――あっ、ああん!や、イっちゃう、も、」
ただでさえ達しそうだというのに、秀一は雅樹の乳首を硬く尖らせた舌で愛撫しながら、今にも精を吐き出しそうに膨張したそこを擦る。
張りつめた柔らかな膨らみを揉みしだかれるともうダメだった。
「あっ、あ、ひっ…、ああ――っ!!!」
ぶるっと体が痙攣し、再び雅樹は白濁を飛び散らせる。更に、コントロールの効かない体が強く秀一を締め付けたらしい。
「…くっ、…僕も、出していい…?」
朦朧とした意識の中で、雅樹は首を縦に振った。
それからしばらくして、自分のナカに熱いものが注がれる感覚がある。
下半身から体が溶けていきそうだった。
でもその感覚で、体も心も満ち足りた気持ちになる。
「秀一さん…大好き…」
息も絶え絶えに呟くと、秀一がちゅ、と啄むキスをくれた。
「ぼくも、愛してるよ。雅樹」
秀一の言葉に、雅樹の心はふわっと暖かくなる。
彼と出会うまで、知らなかった温もりだった。
この甘い雰囲気に、クリスマスイブということも手伝い、雅樹は普段滅多に言わないことを口にした。
「ねぇ、おねだりしてもいいですか…?」
「なんだい?」
くったりとベッドに横たわる雅樹の髪を愛おしむように撫でながら、秀一は首を横に傾げた。
「あの…美味しい食事も、このリングも、豪華なホテルも全部嬉しかったです…でも、クリスマスプレゼントは朝、枕元にあるでしょう?」
「確かに」
「だから…明日の朝目覚めたら…横には秀一さんがいてほしい…です…」
秀一が忙しい人間なのは、雅樹もよく知っている。
でも、どうしても言わずにはいられなかった。
どんなに豪華なプレゼントも、あなたには敵わない。
一番欲しいのは、あなただから…。
すると秀一は、ふふ、と笑って「ソックスにでも入るかい?」と楽しげに冗談を言った。
それからすっと真剣な顔で…でも柔らかな表情でこう囁いた。
「よかった。僕も雅樹と一緒に、クリスマスの朝を迎えたかったんだ」
その言葉に雅樹もふっと笑顔になる。
秀一は、雅樹の髪を搔き上げながら何度か労るようにキスをした。
「メリークリスマス」
低く甘い声色が耳に心地いい。
知らぬ間に、雅樹は秀一の腕の中で眠りに落ちていた。
この上なく穏やかで、満たされたクリスマスイブの夜だった。
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