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19『桜舞う春、君の秘密』
中学二年生の時、都会から山と畑だらけの田舎に引っ越してきた。十七の夏、僕には同性の恋人ができた。だけど知っているのは名前と性別、身体能力が僕よりもうんと高くて物知りな事くらい。だけど年齢は教えてくれないし、家にも呼んでもらえない。自宅からは圏外だからとスマホも持っていない。
そしてもう一つ。絶対に春には会えないのだ。正月も盆も台風の日も大雪の日も会えるのに、何故か春だけは会いにきてくれない。
「今年こそ一緒に花見をしたい」
何度そう言っても、彼は曖昧に微笑うだけだった。
やがて僕は就職した。実家から車で二時間のところにある町工場の事務だ。引っ越して、彼と同棲する事になった。けれどもやはり、彼は春になると居なくなり、GWの少し前に帰ってくる。
それから五十年、僕はとっくに退職した。老いて皺だらけの僕を、若さを保ったままの彼は悲しそうな目で見ていた。
「なあ、もう隠さないでくれよ。いい加減教えてくれないか?」
そう言うと彼は静かに言った。
「次の春、桜を見に行こう」
僕らは約束通り、実家付近の山の桜を見に行った。振り返ると彼は薄紅に包まれ、鬼の姿で微笑んだ。
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