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introduction
告別式の会場に、ピアノのインストゥメタルが響く。
高3だった俺は学生服を着ていて、白い花であふれる祭壇と姉ちゃんの遺影を見上げながらぼんやりと曲を聞いていた。
エリック・プラクトンのTears In Heavenだ。プラクトンの4歳の息子は不慮の事故でマンションの53階からダイブしてそのまま天国に行っちまった。
美しく連なる装飾和音はまさしく涙の落ちる音だと俺は思う。
ヨーロッパに出張に行って事故に巻き込まれて死んじまった姉ちゃんは、現地で火葬されて骨だけになって帰ってきた。
沢山の花の前に棺は無く、ポツンと白い骨壷の包みだけが置かれている。
弔問客が帰った後の会場で、義理の兄の優二が一歳になったばかりの娘を抱っこして、いつまでも背中を丸めていた。
「なあ、もう俺帰るわ」
高校生だった俺は制服の詰襟を開けた。
窮屈で仕方なかったんだ。悲しかったは悲しかったけど、これからどうしようって息が詰まるような閉塞感がヤバかった。ずっと姉ちゃんが親代わりだったから。優二は幽霊のような顔を上げて、俺をぼんやり見ている。
「てか、もう帰れって言われてんだけど」
ふらりと立ち上がると頷いた。姪っ子の果穂はすやすやと何も知らない顔で寝ている。
骨壷の包みを手に取るが、手を滑らせ落としてしまいしゃがみこむ。そのまま肩を震わせ、その場から動かなくなってしまった。果穂はふにゃふにゃと言い始め、やがて泣き出す。
「うるせえな、なんとかしろよ」
優二は動かず、俺はイラついた。
「なんとかしろよ、父親だろうが」
充血した目でガン飛ばされた。
優二は揺すったり背中をさすったりしてあやすが、果穂は泣き止まない。
「帰れって言われてんだけど・・・」
溜息が出る。骨壷と遺影を紙袋の中に突っ込み優二に突き出す。ふと、果穂がこちらに手を伸ばした。
「なんだよ、寄るんじゃねえよ」
手を払うが、しつこく両手を伸ばしてくる。
最初戸惑っていたが、優二まで俺に押し付けてきた。
仕方なく抱えてやると、ぴたりと泣き止んだ。優二も俺も目を丸くする。
そっからなし崩し的に、俺が果穂の面倒を押し付けられるようになっていった。
元バンドマンでリーマンのユウジと、4歳になったカホと、ゲイで節操なしの俺との奇妙な同居生活は未だに続いている。
カホが寝た後、大抵俺はピアノを弾くか音楽を聴くか出かけていく。
ゲイアプリで出会った相手に会いに。
アプリを開くと、名前、写真、ウケかタチか、恋人募集か、イチャつくのがいいか、ヤルのがいいのかなんかを書き込んだプロフィールがズラリと画面に並ぶ。
課金しない程度にマッチング機能を使って、関係が成立すればメッセージを送る。
大抵俺は一夜限りの相手を探している。
会ってナニをヤルかなんて、節操なしで変態でクズの俺がする事なんて、一つしかないに決まってるじゃあないか。
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