2 / 9
第2話
-ignis-
雪也さんの世界が広がった。謎の犬みたいな子供がやってきて。あの人の中にわたしが生きることが許された。雪也さんはわたしの手を離さなくなった。
「これとこれも同じだ!リボン付けてる!」
深秋とかいう子供は雪也さんの寝間着に刺繍されたテディベアをひとつひとつ探していた。わたしが昇進祝いに贈った寝間着。肌触りはよかったけど少し子供っぽかったかと思ったけど気に入ってくれていた。雪也さんは優しい人だからわたしが贈ったその日に着てくれた。やっぱりかっこよくて似合っていた。まだ見惚れてしまう。深秋とかいう子供も雪也さんに見惚れている。
「ほのか」
雪也さんがわたしを捉えた。守る。雪也さんはわたしが守る。
見せられた動画には他にも雪也さんが激しく揺さぶられているものがあった。何か飲み会の余興か、イベントか、赤と白のミニスカートを身に付けて捲られ、長いソックスを履く姿が映っていた。嫌な夢だ。早く覚めたらいいのに。動画と静止画。何点あるのか分からなかった。早く覚めて。嘘だと言って、雪也さん。
『俺は……っ乳首いじられて、勃起させる、変態です………』
嘲笑、侮蔑、同情。デスクが軋んで、イスが軋んで、ラックが軋んで。衣装のスカートに皺が寄って、ジャケットに皺が寄って、シャツに、ネクタイに皺が寄る。
『妻には何も…しないでく、っあぁぁっ!』
わたしは何もされなかったけど、
『よせ、やぁ…あっぁ…!』
貴方には何かしたじゃない。
『何でも、何でもする、妻に……ぁっく、ぁ、』
わたしから、何かする。
『もう……無理だ!解放してくれぇぇっ!』
消したくなるようなデータを再生する。夢の中にまで持ってきてしまった。
消防車のサイレンの音で顔を上げるとリビングで雪也さんのお襁褓をそろそろ替える頃だった。妻を人質に取られて成すがままの雪也さんを甚振るのは面白かった?みんなで代わる代わる辱めて、気持ち良かった?脱肛した雪也さんをさらに追い詰めていくのは楽しかった?嗤いものにして、玩具にして…
蒸したタオルとお襁褓 の替えを持って寝室に行く。部屋の前に立って聞こえる声に手の中からタオルが落ちる。ああドラマでよくみる過剰な演技っぽい、なんて思った。ただ気を取られて意識したらただドアを開けるという動作を、手順を、すっかり忘れて無意識だったものを意識したら日常の簡単な動きを忘れた。その奥へ行けない。妻として出来ることは本当に、もしかしたら、外側だけのことなのかも知れない。
納得、理解、把捉 は沈む感覚に似ていた。落胆と同時に決起した日が重なる。そこに深秋くんの間抜けっぽい地声が艶を帯びて混じっている。深秋くんもまた雪也さんと肉体 関係があった。でもそれは他の人たちとは違うかたちで。雪也さんはあの子供みたいな子を求めていた。わたしが思い至らないところに。生傷みたいに膿んでいそうなところに。わたしではどうにもできないところに……やれる?やれなくはない。やれなくは。やろうと思えば。でも、雪也さんの気持ちは?
「ぁあっ、あっ…!」
知ってる声質で知らない声を上げる。忙しげな物音が止んで突然凪いだ。わたしは急いでリビングに戻った。少し遅れて気怠そうな感じの深秋くんがやってくる。
「すんません、長居しちゃって」
掠れた声と逃れられない先入観がさらに生々しくさせる。
「い、いいえ…もう少し、休んでいったらどうです」
話す?話さない?もう聞いた?誰が話すの、雪也さんが?あの人がこんな子供に話すと思う?話していいの?数秒の押し問答。ひとりで。弟は双子でもう2人の世界って感じだった。そこに母さんと父さん、たまにおばあちゃんとわたしが混ざる。わたしは1人女の子で年も離れていたから、もうほとんど一人っ子ってつもりで、だからかな、たまにひとりで押し問答してしまう。多分答えはわたしの中にはなくて、わたしには出せなくて、自信のないまま無理矢理、まるで植物油を圧搾するみたいに、わたしの中の答えを抽出するしかない。
「いいんすか?よかった!」
踊るようにリビングに寄ってソファーに座る。それで結局、話すの?秘しておく?誰のために。わたしのため?雪也さんのため?
「深秋くん」
先走って呼んでしまう。
「ふぇっ?何すか?」
「…あぁ、今、ココア淹れるから」
こういう子には炭酸飲料とかのほうがいいの?
「おお!いただくっす、いただくっす!」
わたしたちより弟たちの世代に近いというのに系統が違くてあまり参考にならない。あの子たちはこんなふうに明るくない。ちらちら見てしまい、それを意識して今度はひたすら彼を見まいと努めると日々の何気ない行動が難解なものに思えた。うっかり西日の差し込む窓に照らされた深秋くんの目が明るく光っていた。彼はあ~!とか、う~!とか言って、雪也さんと遊べて楽しかったっすよ!と取り繕うみたいに言った。遊べて。本当に子供みたい。内容はそんなものじゃないくせに。
-vlam-
バイト早めに終わって何となく姉さんのオムライス食べたくなって自分で食べる分だけの2個入りパックなかったから6個入りの買ってから姉さん夫婦の家に行った。お義兄さんはオムライス食べないでしょ。高級ステーキとか何かスゴいパエリアとかお洒落なブリオッシュとか食べてそう。素敵お義兄 さん居んのかな。ヤだな。居ないか、平日の昼間だもんな。見目麗しい一流商社マン…確かに顔は綺麗だった。かっこよかった。それに華があるっていうか。自信っていうの?姉さんの卑屈な感じが良かったのかな。お義兄さんのプライドを害さずに、それでいて美人だからアクセサリーっていうか、寄ってくる異性とか業界人のレベルで自分の世間的な、社会的な尺度を測るってやつ。姉さんはお淑やかで清楚で美人だけど可愛さもあって、姉さんを連れていれば周りからも優越感が得られそうだし、姉さんのあの卑屈、悪くいえば少し陰気っぽい自信のない感じもお義兄さんの自尊心を高めることはなくても傷付けはしないだろうし。
おれは建ったばかりの姉さん夫婦のマイホームのインターホンを慣らした。双子の不思議な意思疎通 ってやつは信じてないしそんなもの無い…っていうかおれ等には無かったけど、バイオリズムってやつは信じていて、肉親どころか双子だからやっぱりそのバイオリズムってやつが被って、晴火 がもう来てたらまたシスコンだなんだって騒がれる。嫌だな。インターホンが鳴ったまま誰も出てこなくて居ないのかな~って。車はあるんだよな。まさかお義兄さんの?
「ああ、晴火 くん。久し振りね」
ドア開けてすぐ姉さんが出てきた。相変わらず綺麗だな。かわいい。おれが結婚したかった。
「姉さん!姉さん!オムライス食べたいんです、オムライス」
おれはぶら下げた6個入りの卵を差し出した。
「ご飯あったかしら」
玄関には絶対にお義兄さんが履かなそうな靴があって、別におれには疾しいことはないし事が事なら疾しいのは姉さんのはずなのにびっくりしてしまった。晴火 が来ている?
「はるか、来てる?」
「…火群 くんは来てないわ。雪也さんのお友達」
そうだった、晴火 は晴火 って名前じゃないんだった。リビングに通されてソファーに我物顔で座ってる軽そうな男がお辞儀した。お義兄さんの友達なんて下手な嘘を吐くもんだな。お義兄さん、こういうタイプ絶対嫌いじゃん。軽そうで、頭悪そうで、衝動で生きてるような感じの、子供っぽい人。絶対にお義兄さんの友達じゃないでしょ。じゃあ何なのさ。姉さんの何なのさ。
「ちわっす。お邪魔してま~す」
姉さんとその人を見比べる。姉さんは卵を持ってキッチンに行ってしまった。間男?お義兄さんは将来性ありそうだったけどこの人ヒモとかにしかならなそう。
「どなたなんです?名前は?」
「ごめんなさい、深秋くん。わたしの弟です。たまに来るの」
なんか猫みたいな名前。その人はへっらへら笑っておれのことをまじまじと眺める。
「弟いたんだ!かっこいいなぁ~!ね、ね、名前は?名前はなんていうの?」
「昔から人見知りで。ほら、何ていうの?月島、何くんだっけ?」
答えないでいると姉さんが口を挟んだ。もしかしておれとこの人が一対一 で話すの警戒してる?やっぱり間男だから?
「あ、そっか。弟くんは山南さんじゃないんだ」
猫みたいな名前の人は漫画みたいに掌を打った。
「晴火 です」
姉さんはもうおれに興味を無くして卵割ってる。
「深秋くんも食べる?オムライス」
「いただきま~す」
「ご飯、柔らかく炊いちゃって、少しべちゃってしちゃうけどいい?」
「もちろん、もちろんっすよ!」
は?おれに2つ、姉さんに2つ、お義兄さんに2つで6個買ってきたんだけど!計算狂うんだけど。
「先に深秋くんに食べさせるから待ってなさい」
おれはオムライスは1人分遅れて食べることになった。姉さんのオムライスの味を殺すみたいに猫みたいな名前の人はケチャップをべっちゃべちゃに掛ける。ありがたみの分からない頭すっからかんな人だな。こんな奴が姉さんの間男なのか。容姿良し、スタイル良し、稼ぎも良し、学歴も良し、なんか色々良しで完璧な旦那はすぐ飽きる?それとも姉さんな酷いこと言うのか?ちょっと陰気っぽいところ除けば完璧な姉さんに向かって?一体何が不満なのさ。
「ケチャップはハート型にして!お願い姉さん、ケチャップはハート型がいいのぉ!」
目の前に念願のオムライスが運ばれる。
「忙しいの、自分でやりなさい。ね?」
猫みたいな名前の人の傍にあったケチャップを取ってくれる。
「ぼくがやってあげよっか」
「要らない!」
晴火 がいないからお願いしたのに。ミャーなんとかって人が言った。
「姉さんが掛けてくれるまで食べない!」
「ぼく弟欲しかったんすよ~」
姉さんは聞いてなかった。また卵を溶いている。姉さんも食べるんだ!でも出来上がったオムライスを持ってまだ食べずにいるおれのオムライスに適当にケチャップをかけるとそれも持ってリビングを出てしまう。雪也さんのところに行ってきます、と言って。お義兄さんがいるなんて聞いてない。なんで一流商社マンのお義兄さんが平日の昼過ぎに自宅に居るの?なんで?風邪?インフルエンザとか?
「知らないんすか?雪也さん最近ちょっと体調 壊してるんす。お見舞いじゃないの?」
なんとなくインフルエンザになる系の顔だった。おれも晴火 もインフルエンザなったことないけど。多分姉さんもない。親父もお袋もお婆ちゃんも。あとこのミャーなんとかって人もインフルエンザにならない系の顔してる。もしくはインフルエンザに気付けなくてウイルス撒き散らしてるタイプ。
「聞いてません」
姉さんのこと以外興味ないし。姉さんを家から持って行った人のことなんかなんで考えるんだよ。温泉卵にしておけば良かった。それなら4個入りだった。でも温泉卵でオムライスって作れるの?作れるでしょ、卵なんだから。姉さんのオムライスは最高。少し米の炊き方が柔らかいとかそんなのマイナスポイントにもならない。
「ところであなた、姉の何なんですか。人妻の家にこんな時間からどういうつもりなんですか。旦那の在宅時に、それもインフルエンザで伏せってる時に」
「あ、インフルエンザ?インフルエンザなんすね。良かった!じゃあもう少しで治るっすね」
ミャーなんとかさんは指折り日数を数える。右手の指が4本折れて、左手の指が4本折れる。おれの知ってるインフルエンザは7日間くらいで終わってたはず。小学校の時はそうだった。
-ėrable-
大丈夫かな、って雪也さんのお嫁さんのところに向かった。雪也さんのお嫁さんの弟さんのことを置いて。オムライス美味しかった。お皿ちゃんと水場に片して、勝手に洗っちゃまずいかなって思って置いただけだけど。ベッドのある部屋からはあんまり音がしなかった。声もしなかった。ノックして入る。黄色の玉子とチキンライスの断面図。木製のスプーン。俯いてるみたいな雪也さんは眠そうだった。ぼぅっとベッドから外れた床を見ている。雪也さんのお嫁さんが小さくオムライスを切り分けて口元に運んでいる。会話はない。インフルエンザ、そんな重いの?口をもぐもぐ動かしながら雪也さんがぼくを見る。真っ直ぐ、少し眠そうな目で。
「みあ」
雪也さんのお嫁さんもぼくを見る。少し困ってるみたいだった。
「雪也さんのこと、頼んでいいかな」
後ろで結んだ墨汁で染めたみたいな髪の毛が揺れてた。ぼくは雪也さんのお嫁さんと代わる。雪也さんのお嫁さんはベッドのある部屋から出ていく。オムライスを切り分けて、いつもの調子で自分で食べそうになる。髪を撫でられて、違うんだって気付いた。お嫁さんの料理、勝手に食べたらそりゃ怒る。
「ほのかは…食べられたのか」
「分かんない。これから食べるのかな。弟さん来てたし。弟さん」
まだ眠そうな目が少し動いた。
「どっちだ」
「どっちって?」
「火群 くんか、晴火 くん…」
「はるとくんって言ってた」
長い睫毛が下に降りて、やっぱ綺麗だなって思った。
「何か…言っていたか…俺のことは…」
「インフルエンザって聞いた。インフルエンザなの?ぼくインフルエンザなったことないから分かんないけど、大変なんでしょ?」
少しだけ雪也さんが笑ったように見えた。
「インフルエンザ、か」
「もうすぐ治るね」
雪也さんは笑ってたように見えたけど固まって、今度は小さく震えた。ここん宅 のリビングが暗くなると点くオレンジ色のライトみたいにこの部屋も窓のブラインドと太陽で暗いけど明るくて雪也さんの表情はよく見えなかったけど、ちょっとだけ前より老けた感じのする頬が濡れてた。小さな顎に雫が出来てた。氷柱みたい。鍾乳洞の湧き水みたい。
「そうだな」
「でも無理したらいけないね」
「無理なんて少しもしていない…少しも…」
ぱらぱら髪が落ちてくるから耳にかけた。雪也さんは自分でオムライスを食べようとしてだけどその手は止まったまま。
「ほのかは何とも、ないのか…ほのかは…ほのかは…」
皿がカタカタいって、気付くと雪也さんの手が震えてた。これもインフルエンザのせい?そんなわけない。雪也さんは叫んで頭を抱えた。オムライスが膝の上から落ちそうになるから支えた。雪也さんの叫び声は止まらない。足音がドタドタうるさめに近付いてきて、扉が開いた。雪也さんのお嫁さんと雪也さんのお嫁さんの弟さんだった。ぼくはオムライスの皿を床に下ろして耳を塞いでずっと叫んでる雪也さんの身体を抱き締めた。雪也さんは2人には気付いてないみたいで、ぼくの腕の中でもまだ叫んでた。震えてた。寒そうだ。頭を撫でて背を摩る。叫び声は崩れて、雪也さんの綺麗なはきはきした声が捩れて縒 れて、赤ちゃんとかが転んで泣くみたいに大きくて濁ってるみたいなやつに変わった。雪也さんのお嫁さんの弟さんは驚いたままで、雪也さんのお嫁さんは色白ってもんじゃないくらい青くなってた。2人とも姉弟 だけあって同じカオしてた。
「大丈夫、大丈夫、雪也さん」
こんなんじゃ、知らないふり通せないよ、ぼく。汗ばんでるのに冷たい首に触れる。大丈夫、大丈夫。陳腐な言葉は発音しやすくできている。早口言葉で気休めっぽい言葉を並べてみる?
「助けてくれ…助けてくれ、…」
ぼくにしがみついて、ぼくはこんな姿をこの人がお嫁さんやその弟くんに見せたくないんだろうなって忖度 して、せめてこの人には自分がこの人の中で「みっともない」姿を晒してるなんて気付かないように雪也さんのお嫁さんたちを視界から隠した。生きづらい人だな、もっと甘えたらいいのに。そうしたら、こんな風にならなかったかも知れないのに。ぼくなら…ぼくならどうしてただろう。雪也さんをこんな風 にした加害者 たちがこんなだったらどうしたのかな。この人同様にぼくも加害者 たちだってこうなっちゃうことあるのにね。想像力がない?想像力がないなら現実にしなきゃだよね。ダメだよ、そんなの。
「寒いね。寒い、寒い。あったまろうね」
ぼくは雪也さんの揺り籠になって、湯たんぽになる。雪也さんのお嫁さんは走り出して、雪也さんのお嫁さんの弟くんは立ち竦む。出て行っていいよ、ってぼくの目を雪也さんのお嫁さんの弟くんはどう思ったんだか分からないけど、数テンポ遅れて出て行った。
「ほのかは…」
「元気だよ。弟さんも来て、超 元気。オムライス美味しいって。弟さんが買ってきたんだよ、この卵。インフルエンザ、ゆっくり治そうね」
雪也さんの心臓の音に合わせて揺れる。多分雪也さんのお嫁さんより知ってる。でもぼくはそれを知らなくていいこと。雪也さんのお嫁さんが知らなくていいこと、知らないほうがいいこと、知れないことはぼくが知る。雪也さんのお嫁さんはぼくにはなれないこと、ぼくが出来ないこと、ぼくがやったら雪也さんが傷付くことをやるんだから。
「ほのかを、売った…ほのかを売った、ほのかを、」
「雪也さんのお嫁さん、元気だよ。大丈夫」
揺れて、揺れて、酔いそう。いつも綺麗にワックスで後ろに上げてた髪が下りてて、かわいい。
「ほのかに、会わせてくれ…」
「お風呂掃除に行っちゃったよ」
「ほのか…」
「ちゃんと食べて。冷めちゃうよ。お皿洗いに間に合わせなきゃ」
もうかなり冷たくなってるオムライスをまた先の丸いスプーンで切って雪也さんの口に運ぶ。雪也さんのお嫁さんのことはお嫁さんとして、家族として好きなんだろうな。でもぼくを呼んで、ぼくに傍に居てくれっていうのは、雪也さんのお嫁さんのことはもう性的対象 としては見られないんだ。ぼくはこの人のペットだから何も気付かないフリをするし、そのほうがこの人が可愛がってくれるし、雪也さんのお嫁さんも警戒しない。ぼくはペット、ぼくは可愛いウサちゃん、ぼくはホーランド・ドワーフ。可愛いよね、垂れた耳とか。賢い犬のほうが都合がいいなら可愛いワンコでもいいよ。なんか色々品種改良 されてお目々大きく生まれて身体小さくされて愛されるために生まれて愛されるために不健康で死んじゃうチワワンゴと同じ。遊ばれて捨てられるなんてまっぴらごめん。まっぴら!まっぴら!ごめん。噛み跡付けたなら最後まで付き添う。それで噛み跡付けた人が大事に思うなら、その人のこともぼくは唾付ける。雪也さんのお嫁さん、ぼくは雪也さんのお嫁さんのチワワンゴに、違った、ウサンゴになる。
-blaze-
バイト終わりに姉貴の作ったホットケーキが食いたくなってHCM を買って姉貴と旦那ん宅 に向かった。卵を買うのを忘れたけどあの姉貴の性格上、必要不可欠、日用品、生活必需品ともいえる鶏卵 を欠かすなんてことはまず考えにくい。旦那も旦那で几帳面そうだし、牛乳が半分くらいで買い足しておけ、くらい言いそうなものだ。オレがここに来たということは行動パターンの似てる晴火 も居るんじゃないかと疑った。ホットケーキくらい自分で作れ、だなんて言いかねない。それでいて姉ちゃん姉ちゃんオムレツ作って、おにぎり作ってと甘えているんだからな。
姉貴と旦那の家のインターホンを鳴らす。市街地から離れているが夜になったらそれはそれで遠目のイルミネーション染みた夜景が見えて綺麗かも知れない。ちょっと気障 っぽいあの旦那はそんな感じで姉貴を口説くんだろうか。鳥肌立った。車はあるが誰も出てこない。まぁあの一流商社マンの旦那じゃないだろ。平日の昼間だ。姉貴も随分な車に乗るようなものになったな。車ってのはコンプレックスが現れるもんだからな、今思い付いただけ。ドアをノックして急かす。早く出て来いよ。オレは晴火とは違うから姉ちゃんに何かあったんだ!姉ちゃんが倒れてるかも知れない!姉ちゃんが空き巣に襲われたんだ!とかないけどな。
「こんにちは~」
挨拶した。そうだ、晴火になりすまして姉貴がオレと気付くか試そ、なんて思ってたら悲鳴が聞こえて、ヤバいんじゃね、って感じに鍵のかかっていない玄関扉を開けた。まぁまったく知らない家じゃないし理由言えば姉貴も許してくれるだろ。晴火がいつも怖いこと言うから不安になったんだよ、とでも言っておけば。入ってすぐに見えるリビングと和室と階段がある廊下が横切ってそこにトイレと風呂場。人の気配ないとなると2階。
「姉貴?」
呼んでみる。さっきの悲鳴は姉貴の声じゃない。じゃあ旦那?なんでこの時間に居るんだよ。空き巣がドジ踏んだとか?近所のガキか旦那側の甥だか姪だかが遊びに来て置いていったのかも知れない玄関脇にある金属バットを持って2階に上がった。正当防衛じゃまぁ仕方ないわな。空き巣が悪いんだから。海外なら撃ち殺してもいいんだぞ、知らんけど。音を聞きながら階段を上がる。絶対姉貴の声じゃない。旦那の声が?誰かに助け求めるくらいなら舌噛み切って死んだるわって感じのあの旦那が?ってか旦那じゃないだよ、平日の昼間だぞ。っつーかなんで姉貴は留守なんだよ。空き巣取っ捕まえておくか。2階の階段に出る。なんか不穏な音がした。音っつーか声っつーか、単語?
『あっあっ…ぁぐ、』
聞こえるちょっと高い声は旦那の声に似ていた。空き巣じゃない?姉貴?姉貴の隠された秘密ってやつ?なんかとんでもない性癖 あったとか?ボンテージ着て鞭持ってる姉貴出てきたらオレもう生きてけないんだが。晴火は泣いて喜ぶかもな。ママ~!なんつって。あいつ母さんのことは母さんだと思ってるけど姉貴のことはママだと思ってるから。
『おっおおお!』
まったく見当もつかない人の低い声が聞こえて、旦那がいるのは少し確定に近付いていたのに、もう訳が分からなくなった。空き巣は1人じゃない?他人の家で空き巣がサカってるってことか?なんで。ヤバいシュミあるってこと?変態行為は他人に迷惑かけないようにやれって義務教育 で教わらないのか?
『あっ、あっ、!』
『おっおおお中に出すぞ、マンコ野郎!』
昔なんかで見たエロ漫画じゃん。オレは金属バットを手で弄ぶ。ぱんぱん、ぱんぱん音がした。ドアの奥は未開の園ってやつだった。姉貴、泣くぞ。結婚は偽装か?あの旦那の裏にこんな側面 があったなんてな。
『あっんああっ、イく、雌マンコ、イきます、うぁっっ…!』
雌マンコって言葉になってんのかな。腹が腹痛、みたいじゃね。
『二度とナメた真似すんじゃねぇぞ!孕め、おら!』
『ぁ…ぁがが、あっぐ、』
がらがら嗽みたいな音がして、これ首絞めてない?旦那にせよ空き巣にせよ自宅から絞殺体見つかるってフツーに嫌じゃね。姉貴泣くわ。晴火 はあわよくば姉貴に言い寄るわ。父さん母さんも泣くわ。婆ちゃんは知らん。オレは話題 として言い触らす。姉貴のん家で首絞めゲイセックスで死んだやつ居るんだがって感じで。
『肉便器が!お前は一緒オレたちのケツ穴奴隷なんだよ、忘れんな』
さもねぇと嫁さん犯すぞ。
「あ」
晴火 がばちんってオレになって金属バット振り回して突撃してた。なんかスーツのおっさんいて、金属バットはやべぇだろって感じで持ち手でおっさんの腹突いてた。双子の片方が晴火(はるか)ならもう片方は晴火 であるべきだろ、って言われ出して、違うな、双子の片方が晴火(はるひ)ならオレは晴火 で在るべきだろって、そうだ、これはハルヒに言われたんだったな。それで母さんと父さんに、なんでオレの名前はハルカじゃねぇんだよって問い詰めて、双子だけど各々別々に生きて欲しいみたいなこと言われたんだっけ?でも父さんは、やっぱりハルカにしときゃよかったんだ、とか言って、母さんがハルカじゃ女の子みたいだからハルトがいいんじゃない?とか言って割って入った死んだ爺さんが、うちは火の神に守られてるからうんたらかんたらとか言い出して、婆ちゃんが火群 ちゃんは生まれた時身体が弱くて悪い神様に連れて行かれないように女の子の名前付けようとしてたんだよとか言って、直前に叔母が女の子の名前じゃちょっとあれだわさ、って言い出したらしくて今思い出しても、はぁ?って感じ。それにしても火災に見舞われそうな名前だな。
気が付くとおっさんの上に乗り掛かって、拳が痛かった。流石に金属バットはやべぇって思ったんだろうな。無理だろ、双子だからね。あいつのシスコンっぷりを傍で見てきたわけ。片割れよ、片割れ。同じ服、同じ髪型、同じ献立、違うクラス、違う進路、違う仕事 選んでもあいつはさくらんぼの片方とかキンタマの片方とかじゃなくて、真っ二つにしたリンゴの片方なんだよな。パッキンアイス、きちんというとチューペットの片方じゃなくて、カップアイスを両断した感じなんだよな。そうつまりあいつのシスコン部分がおたふく風邪とか風疹みたいに感染 ったわけ。姉貴の菓子食うと怒られるわけだわ。姉貴の物借りると文句言われるわけだわ。それと同じ。姉貴の旦那寝取るとか気に入らないわけだわ。
ともだちにシェアしよう!