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溢れ出る好奇心

 「夕馬が選んでくれたのでございます。発想が豊かなひるの色でございますから、良い文章が書ける気がいたします」 「左様か。まぁ、今日もよろしくとお願いするよ」 「こちらこそでございます、師匠」 年は夜彦の方が上なんだけど、貫禄が違うもんね。 「まおは上にいるから雲に上がっていくと良い……良い学びを」 志朗さんは指先を筆のようにして雲と書くと、もくもくと雲が出来上がった。 「ありがとうございます」 僕がお辞儀をしてからゆっくりと乗ると、ふわふわと上へと向かっていったんだ。  だんだん音楽が聞こえてきたし、ビュンビュンと本が往き来しているのが見えて、もうすぐ着くとわかった僕は深呼吸をする。 「おはよう、夕馬くん。調子はどうだい?」 ふわふわと浮いている大きい雲にくっつくと、長い髪が黄金色に輝き、ようちゃんくらい整った顔の男性が口角を上げていた。 「ぼちぼちかな」 そう答えた方がいいと真昼から教わったまま、僕ははにかんで言う。 「そっか、じゃあ絶好調だね」 もっとこっちにおいでと手招きするのが万生くん……僕の先生なんだ。  「あの、これ……お返しします」 昨日借りていた純文学の小説を返すと、万生くんは歓声を上げた。 「1週間掛けていいのに……相変わらず吸収が早いね」 僕はゆっくりだと思っているんだけど、いつもそう言われる。 日本でいう小学校の6年間を半月で学んでしまったって言われても、僕は学校に行ったことがないからわからないんだ。 最初は読み書きさえできなかったんだけどね。 「溢れ出る好奇心はボク以上だ、負けられないよ」 万生くんは誇らしげに言って、同じ髪色の僕の頭を撫でてくれた。  「でも、詰めすぎは良くないから、ちょっと今日は息抜きをしようか」 「勉強しないの?」 「そうじゃないよ、道徳をするんだ」 心を学ぶんだと言うから、僕は首を傾げる。 「この街……文潟を作った夫婦の話をしてあげるよ」 僕はずっと不思議に思っていたんだ。 日本でいう御前家がここにいるのかって。 誰が支配してるのか見たこともないし、それが気にならないくらい住民が自由でのんびりしているから。 「お願いします……教えてください」 僕がお辞儀をすると、万生くんも同じようにお辞儀をしてから話し始めたんだ。

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