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 先生はそれを、『着流し』と言った。  ただ着物を着て帯を結んだだけの普段着のことだそうだ。  グレーの着物は、近くで見ると細い縦縞(たてじま)で、紺色の帯を締めている。  白い帽子は、カンカン帽。  麦わら帽子なのだけど、上部が低くて平らだ。  先生にとってはこれが日常着で、何か用事でもない限り普通の洋服を着ることはないのだという。 「あの、どうして俺は呼び出されたんでしょうか」  先生はチラッとこちらを見たあと、遠くを眺めながら言った。 「本気で作家になりたいならおいでと言ったね。もし来なかったら、あるいは来ようとしたけれどクイズが不正解だったら、僕は普通にスクールカウンセラーとして、君がぐじぐじとしているのを卒業まで見守ろうと思っていた。けど、君は来た」 「はい。一応、正解しました」 「だから、とっておきの情報を教えてあげようと思う。でもその前に、もう1度聞かないといけないね。君、本当に本気で作家になりたいの?」  じとっと見る目。俺は、しどろもどろになりながら答えた。 「えっと……なれるならなりたいです。小説を書くこと以外何の取り柄もないもないですし、人間的に面白くなるのと作家になるのとどっちが難しいかって考えたら、作家になる方が現実的な感じがします」  包み隠さず言ってみた。  さて、俺の答えは、先生の求める正解だったのだろうか。  おそるおそる目線だけ上げて様子を見ると、先生は、片頬を噛んで笑いを噛み殺していた。 「これじゃあ本気とは言えないですか?」 「いや……うん、いいよ。好きだな、そういうトンチンカンな答えは」 「っ、とんちんかん?」  先生は、腕組みしたままニヤニヤとこちらを見下ろす。 「相談室でも言った通り、僕も小説を書いている。でも、君みたいな面白……いや、高尚な精神世界の理由ではなく、もっと直球な理由でね」 「どんな理由ですか?」 「作家だからです」 「えっ!?」  思わず、声が裏返ってしまった。 「作家って、小説書いてお金稼いでるんですか?」 「当たり前でしょう。それが仕事なんだから」 「だって先生ですよね?」 「先生と呼ばれているね。作家だもの」  のらりくらりと答えられ、脱力してしまう。  言葉を失う俺を見て、先生はアヒル口をぎゅっと結んだ――多分、笑いをこらえている。  俺の頭の中では質問が洪水を起こしていて、何から聞いたらちゃんとした回答が得られるのかと、考えをめぐらせていた。

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