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第1話
揺るがない価値を持つものなどない。
金は裏切らないと思っていたが、一円の価値なんかたった数十年、若しくは数年で変わるのだ。金だって簡単に人を裏切る。
それでも、稼がなければ生きていけないのだ。
「今日はよろしくね」
にこやかな笑顔と温厚そうな声色。
悠に話しかけたのはそんな男だった。
分厚い脂肪の乗った身体がゆったりとした上品なスーツに包まれている。ふくよかな割には品の良い男であった。
「お願いします」
温度のない声で悠が呟いた。
こういうのは媚びを売るべきだと、頭の中では理解している。が、あいにく悠は愛想を母の胎に置いてきてしまっていた。
男の腕に、己のそれを絡ませれば、男は簡単に頬を緩めた。ほのかに脂のにおいがする。
「部屋をとってあるからね。ここだよ」
男が喋る度にふくふくとした顎の肉が揺れた。
悠は一つ頷くと、明らかに高級そうなホテルのラウンジに足を踏み入れた。
閑話休題。
悠はうつくしい男であった。鼻と顎の先はツンと尖り、はっきりとした二重幅はやや気だるげな印象を残す。やや垂れ気味目元に、茶色がかった虹彩が光る。それに抗うように太くすっと伸びる男らしく吊った眉。柔らかで、ウェーブのかかった髪質は適当に伸ばされているが、それすらも彼をエキゾチックな色男に演出する。
身長が高く、肩幅がしっかりとあるからか、女に間違われたことはないが、幼少の頃より男に「モテ」た。
そういう自覚はあった。
特に生活や金銭に困窮したことはない。家族仲も良好。
ただ、悠は異常なまでに冷めていた。斜に構えていると言っても過言ではない。
勿論、高校受験は人並みに勉強したし、その結果人並みのレベルの学校に合格した。大学は試験を受けず、アドミッションズ・オフィス入試――いわゆるAO入試で入学を決めた。が、そこに悠の感情は無かった。ただ、人並みに勉強したら、そこそこの高校に入学できた。そうしたら大多数が大学に進学するようであったから、自分もそうした。
それだけだ。
大学に入学するにあたって、一人暮らしをはじめた。そこで金が必要になった。
普通のアルバイトをする、という選択肢もあったが、悠はできるだけ学業に専念したかった。
そこで、己の容姿を生かして春を売ることにした。
風呂代も浮くし、光熱費も浮く。なんなら家で食べるよりも良い飯にありつける。男だから妊娠の心配もない。もちろん、性病のリスクは男女間のそれよりも高いが、セーフティ・セックスを心がけて、客を選べば問題なかった。
――我ながら、名案ではなかろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、ラウンジに置かれている肌触りの良いソファに腰掛けて行儀よく待っていれば、男が帰ってきた。
「さあ、行こうか」
「はい。よろしくね、おにいさん」
わざとらしくないくらい、でも、声に情を乗せてそっと男にしなだれながら囁く。やや低い、男の声であるが、それが男の昂奮を煽ることは経験上知っていた。
予想通り、男は悠の腰をむくむくとした手でいやらしく撫でた。
悠は、今日も春を売る。
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