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主人公じゃなかったんだな あとがき

 あとがきまで開いていただきありがとございました。  今回はあまりプロットを練らず苦手な三角関係を彼等の成り行きに任せたため当初5話ほどで終わらせるつもりが3倍ほどの量になってしまいました。まだまだ彼等の関係が決まらない、変わらない、どこにも落ち着かないといったところでまだ終わらないのか…と書き進めたところ1ページ1万字目安なのでおよそ14万字ですが気持ち的には6万字程度でした。わたくしの書く一人称視点の創作は砕けた文体で、あまり文法にもこだわらないため彼等の価値観に入り込めるのが楽しいです。  タイトルは思い付きです。いつもはおおまかなストーリーを決めてからなんとなくタイトルを語呂やイメージから付けるのですが、今回はタイトルが先で内容をそこに寄せて行きました。  書き始め当初の段階では佐伯も少しずつ桐島に惹かれていくという選択もあったのですが、そうなるといずれにせよ成瀬は恋愛よりも友情を取ってしまうので、成瀬の片想いは叶いませんでした。  桐島が成瀬を好きになるというのが一番丸く収まるのですが、桐島はわたくしが思う以上に佐伯のことを好きなんだなという解釈が深まってしまい、そんな簡単に事は運ばないという気がして、さらにおそらく桐島は佐伯の気持ちに気付いているため仮に成瀬に心移りしても2人は付き合うまではいかなかったのかな、と。  誰かが事故死や病死・誰かが刺して三角関係のひとつの角を消すことは簡単なのですが、それはそれで関係が完結し決定付けられもしてしまうため三角関係ではなくなってしまうので、そういう展開は好きなのですが今回は使いませんでした。  何故なら彼等が生きている以上、まだこの関係性は変わるかも知れないし変わるかも知れないし、或いは悪化するのかも知れないといったところで。そしてその瞬間を本編(カメラ)として捉えることもなく終わったのは、成瀬が主人公(カメラマン)じゃなかったからなのかも分かりません。 以上。 . . . 『タツヒサは男の子なんだよ!男の子が好きなんて変だよ!』 ――変だよ、変だよ。気持ち悪い。  オレは押されて尻餅をついて泣いて、保育士の人たちが来て、あの子は叱られる。オレの家はエライから。オレが問題なんて起こすはずがないから。あの子の親が謝りにきて、保育士さんがちょっと呆れていたのを覚えている。あの子はオレに近付かなくなった。あの子はオレに怯えて、もう二度と泥団子も作らなかった。砂の山も作らなかった。ドングリの駒も。みんながあの子を避けて、みんながオレを囲んで、オレはあの子に怖がられる。好きだなんて感情は表に出さないに限る。  オレは男が好きなわけじゃなかったはずだ。ただ同じ保育園に通っていたその子が好きだった。ちょっと色素が薄く、肌がすべすべだったのは覚えている。思い出補正だといわれたら自信がない。ただ横から見た時の目の色の透け具合が綺麗だったのは本当。タツ、タツってオレを呼んで追ってくる姿に悪い気なんてしなかった。好きだなんて言葉にしないに限る。  オレには友達が沢山いる。でもペアを組むとなると、周りに沢山友達はいても互いに1番気が合う友人ってのが1人ひとりいるもので、オレにはそんな友達はいなかった。だから余った1人と組む。それが成瀬礼斗。喋らないし、睨み付けてくる。太っていて、おかっぱみたいな頭で、瓶底眼鏡。女子から聞いたヒキタテヤクって言葉を初めて知った。意味はよく知らなかった。  もし間違ってまた好きになったら嫌だなって思った。でもこの子なら好きにならないと思った。みんながオレのこと好きだから、オレもみんなが好き。当然のことだ。みんながオレのこと嫌いでも、オレはみんなが好き。色んな人がいて、色んな考えがあって、色んな好き嫌いが、得意不得意があるからこの世は成り立ってるんだと父はオレに語った。でもこの子のことは好きにならないと思った。だって自分からそんなオレの考えた世の中を拒んでるから。好きにならなくて済む。嫌なところ見ようとしなくて済む。好きだなんて定義は持たないに限る。  周りの女子の様子が変わって、オレにも成長痛が来て、声変わりがきて、精通。好きって概念が変わってくる。簡単に言えなくなる。その頃にはもう成瀬礼斗というクラスメイトとは釣りに行ったり、山登ったりするようになっていた。もう覚えてないけれど、オレは成瀬にぶん殴られたことがある。周りとの軋轢を避けていたオレを二度目に無下にしたやつ、そんな印象。  そのまま中学、高校、大学。彼の印象は暗くて無口で協調性の無いやつから180度変わって、明るくてよく喋る人懐こいやつに変わっていて、その認識がいつ頃から変わったのかももう思い出せない。。タっちゃん、タツオ、焦ってる時たまにタツヒサ。きゃらきゃらした声でオレを呼ぶ。釣りの時に語る色んな空想の話とか、山登りの時に見せる満ち足りた感じとか、夜になっても頭に焼き付いたままで、そのたびに昔言われた言葉を思い出していた。  好きという感情は厄介なものだった。傷口に似ている。気付かなければほんの違和感で済んだ。気付いてからは意識せずにいられない。痛んで、不快で、膿んでいく。桐島真樹。悪いやつじゃないのは確かだった。何となく初めて会った時の成瀬に似ていた。雰囲気が。寡黙そうな見た目に合わずよく話す。ぎこちなく。オレからも話す。でも沈黙。  呼び出されて会ったら、突然謝られて何の話か分からなかった。成瀬のことを言っていたがまったくよく分からなかった。何か焦っていて苦しんでいて、昔オレの好きだった子みたいなことを言う。気持ち悪い思いをさせたとか、どうとか。『気持ち悪いって何が?』ってオレは恍けた。全部を教えちゃくれなかったけど、男と2人で出掛けたことを、オレが気にしてるんじゃないかと。そんな価値観を持ってる人がまだいることに驚いた。今時どこ行ったって仲良し2人組の男なんで沢山いる。2人並んで買い物していたから何だ?2人寄り添ってたから何だ?今時仲良く手だって繋いでる。あの子の言葉が蘇って、桐島を見ると苦い思いをする。  『変じゃないよ。男2人で買い物くらい行くさ。性別でしか見られないのこそ、変だよ』。現代的な価値観だと思う。父も時流に(のっと)った価値観を持てと言った。だから父も母もオレに教えて諭して叱ることはあれど何か禁じたりすることはなかった。それとは別に禁じられて制限される姉がいて妹がいる。オレは長男だから伸び伸び育った。強く思っているわけでもないが世間が求めて流れていく答えを出せば、桐島はオレに泣き付いて、申し訳ないとか苦しいとか言っていた。そこにはオレが誰にも言えなかった言葉(こと)も混じっていた。一緒に釣って焼いた魚、一緒に獲った苺、一緒に食べた空揚、一緒に飲んだ話題のタピオカドリンク、それ等に隠してやっと言えた言葉を桐島はオレに言う。男に言われるのは初めてじゃない。でもなんだか初めてな気がした。告白されて断って、その好意は勿論嬉しい。泣かれることもある。自殺するとまで言われたこともある。そんなにオレが好きなら嬉しい。存在を肯定されるほど嬉しいことなんて多分ない。どうしてオレは1人なんだ、どうしてオレはこの子を好きにならないんだろう、なんで1人しか選ばないんだろうな、なんて驕った考えまで浮かぶくらい。毎日、毎週、毎月。  でも桐島はオレに期待も何も無さそうに、好きという言葉に甘さなんか皆無みたいにつらそうに言う。あの時のあの子みたいに男が好きだなんて変だよ、って言ってやれたら救えたのか、否か。  『苦しくてつらいのはオレのことが嫌いなんだよ。好きだなんて勘違いだから大丈夫』。オレはそういうことにした。オレも成瀬の傍にいたらこうなるのか、行く末は。いつか分かることだ。でもこの身で感じるまで、この身で感じてみる価値はある。その覚悟もあるつもりだ。  オレがバランス崩したのか桐島が転んだのかも分からなかったが気付けば上に乗られて、桐島はオレに謝る。オレは成瀬の肉感もこんなものなのかも知れないなんて思ってゾっとした。男の子が好きなんて変だよ。男の子が好きなんて変だよ。男の子が好きなんて変だよ。別にオレは男が好きなわけじゃない。でもあの子は男で成瀬も男。人を好きになるって、ややこしい。股間と股間がぶつかり合って、オレは勃ってた。布越しでも重さや体温は男も女もそう変わらない。肉の厚みってだけだ。男の子が好きなんて変なのに、オレは成瀬をそこに重ねた。桐島は過呼吸を起こして、オレは暫く桐島を介抱していた。犯した気分。犯したのとそう変わらない。犯したんだな。彼の精神まるごと。  『酷いことしてごめんな。お互い忘れよう』。彼の腰掴んで押し付けて、反応したのはオレだからオレが謝っておけば丸く収まる。ちょっと細くてオレより背が低い感じが女の人に思えたのかも知れないし、或いは。  『ごめん、最近ご無沙汰だったんだ』。下品な言葉は意外に便利なんだって知ってる。  『オレのこと嫌いなら、それでいいから』。オレから歩み寄れば丸く収まる。あの子みたいにオレを避けないうちに。オレは何も気にしてない。オレは何も怒ってない。オレは拒絶しないし気持ち悪がったりしない。また避けられて怖がられて怯えられるなんて、そんなのはもうごめんだ。  『オレは礼斗が好きだと思う』。桐島は淡々と応援すると言った。ありがとうな、桐島。恩に着る。もし本当に好きだったなら、好いてくれてありがとうな。恋愛に見返りはない。不合理だ。  どうして桐島なんだろう。一緒にいたのはオレなのに。どうして桐島なんだろう。友達はオレのほうが多いのに。どうして桐島なんだろう。オレのほうがよく笑うのに。どうして桐島なんだろ。オレのほうが優しくしてるのに。どうして。疑問を投げかけるたび、自分の嫌なところばかりが挙がっていく。他人(ひと)に訊かれたら、そんなものは自然なことだって言えるのに。友達が多いのも優しくするのもオレの知ったことじゃない。オレがオレの思うままに伸び伸びやっていたらそう評されていた。いつの間にか驕りに変わっていた。オレはいつからこんな計算ばかりするようになったんだろう。  やっと礼斗と付き合っても、思ったものとは実際違う。どこか遠くを見つめて上の空で、イライラして、泣きそうで、(ふさ)ぐ表情をみたら、抱き締めるしかない。今まで自分に禁止していただけ好きだと伝えるしかない。礼斗は笑って「ありがと」って言う。隙は見せられない。恋愛映画の気に入らない結末に文句を言ってた時みたいに「どうして桐島のコト好きにならないんだよ!」て怒られそうだから。礼斗の思惑なんかすぐ分かる。  セックスなんか出来やしなかった。オレは腹の上から聞こえた過呼吸を思い出して勃たない。礼斗も別の人を想って勃たない。裸で抱き合って眠るのが精々だ。今まで遊び過ぎたんだな、ごめん。礼斗はへらへら笑う。声は震えている。きっとこの関係は長続きしない。でも続けていかないと、親友にさえもう戻れない。会えばいい。話してくればいい。オレに内緒で付き合えばいい。鳥籠に入れておきたかったわけじゃない。  建前だ。羽根を千切って足を折ってでも遠くに行かせるつもりなんてない。好きなんて言葉に甘さなんかひとつもなかった。でもオレは幸せだ。恋人みたいな2人を引き離してまで。独り善がりのエゴイストでも。姫を攫ってきた大魔王でも。  オレは礼斗を笑顔にさせられるような主人公じゃなかった。預かったゼブラ柄のタオルはまだ返せそうにない。
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