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第21話
「はーい、カット!」
監督のその一声で俳優陣の緊張は一気に解けるがその中で1人だけ、春臣はいつもの通り仮面をつけた演技が続いている。
今日で春臣が主役としてやっていたドラマがクランクアップとなった。盛大な拍手の中、大きな花束を渡された春臣は普段プライベートでは滅多に見ることのできない満面の笑みを浮かべる。
「ドラマの撮影はとても大変でしたがここまでこれたのはスタッフの皆さん、監督、そして俳優陣のみなさんの支えがあってこそでした。そんなドラマの撮影もあっという間に終わってしまい...終わってしまった今となっては寂しさが込み上げて...---」
スラスラと口から出てくるのはお涙頂戴もののありきたりな“セリフ”だった。
この場にいる全員がそれが演技だとも気がつかないで聞いて涙ぐんでいる。
-あぁ、やっぱり俺の演技は完璧だ。...なのに、なんで主役降板なんかされなくちゃいけないんだ。
思い浮かぶのはつい先日知らされた主役降板の件について。いまだに春臣は納得がいかなかったが、それをぶつけることも叶わず心の中に蟠りだけが残っていた。
あの後、家に帰れば心配した京太に無言で抱きしめられた。そんな京太を見てしっかりしなければと春臣は胸に誓うが、だからと言って不満が解消するわけもなく。
今のドラマも終わり、わずか1週間後から春臣が助演となった映画の撮影が始まる。
子役の頃から長くこの業界に携わってきたがこんなにも最悪な始まりは初めてだった。
春臣の挨拶も終わり、ヒロインや他の俳優陣が挨拶していく中、ふと春臣の瞳に異物が映り込んだ。
-千晶...。
この蟠りの全ての元凶である千晶は撮影現場の隅で壁に凭れ掛かりこちらを見ていた。
「なんであいつがここに...」
京太ならば今は春臣のクランクアップに合わせて今後のスケジュールを埋めるための打ち合わせを行なっておりここにはいない。そうなると、用があるのは春臣ということになる。
顔も見たくはない気分なのだが人目がある中で無視するわけにもいかず春臣は大きなため息を吐き出した。
「お疲れ様、春臣」
案の定、撮影陣がばらけ始めた頃に千晶は春臣の元へと歩み寄ってきた。スタッフたちは今ブレイク中の千晶の出現に色めき立ち遠慮のない視線が向けられる。
「お疲れ様。急にどうしたんだ?千晶が来るなんて珍しいじゃん。今日は快晴のはずだけど雨が降るのかな〜」
愛想よく、いつもの演技は続けられる。憎々しい相手にもしっかり笑顔が作れる自分にあっぱれ。
「あんたにちょっと用事があるんだけど。このことについて」
しかし、それに対する千晶の態度は相変わらず愛想の1つもなく、ぶっきらぼうに写真を一枚渡された。
「誠太、親の跡を継ぐってよ...これで俺の言いたいこと、わかるよね。こういうの、週刊誌の人たちは大好物でしょ」
「...っ、」
それは先日、連れて行かれた喫茶店での一時の写真であった。2人の顔はしっかりと写っている。千晶の意図することを察した春臣はこれは放置できるものではない、と目を見張り千晶に目を向ける。
「今日このあと、事務所のあんたの部屋で集合。鍵開けて中で待っててよ」
それだけ言うと千晶は振り返りもせずにその場を後にした。
「...くそっ、」
あぁ、本当に最悪なこと続きだ、と春臣は爪が白くなるほどに強く拳を握った。
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