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第37話

 「私...わたし、本当に藤堂さんが大好きで、憧れてて...今日みたいにご一緒できる日が来るなんて...ゆめ、みたいで」  「春海さん大丈夫、具合は悪くない?」  飲み始めて約1時間後。そこには酔いが周り完全に出来上がった春海がいた。やや緊張気味な様子で、誤魔化すようにお酒を飲んでいた春海を横目に大丈夫だろうかと思っていた矢先のことであった。  春臣に力なくしなだれ掛かる春海の呂律は既に回らなくなっており、先程から同じことを何度も繰り返し言っていた。  セクハラに見えないよう、かつ、嫌味がないように接するのだがわざとか偶然か春臣の腕には豊満な胸が押しつけられていた。  触れないように、と僅かに腕の位置を変えるもそれを追うかのようにして距離を詰められ胸を当てられる。  - 普段ならこんなことしないだろうに。よっぽど酒が効いたか...これで明日二日酔いとかで演技の調子が悪かったら許さねぇぞ。  春臣の頭の中を占めるのは春海のお色気でもなくやはり、映画撮影のことだけだった。  その横で千晶はさらに不機嫌になった様子でお酒を飲んでいた。  見れば最初とは違い、ハイボールだろうか、度数が高めのものを飲んでいる。  お前は主人公なんだから勘弁してくれよと思っていれば、突然千晶は立ち上がり春臣を見下ろした。  「帰る。」  それだけ言うと自分の鞄を持ち、千晶は部屋の入り口まで歩いて行く。  「なんで来ないの」  若手3人同様、ポカンとその様子を見ていれば千晶は振り返りじと目で春臣を見つめる。  今の状況は面倒だと思っていただけに帰れるのは助かるが、些か自分勝手過ぎる千晶にため息が出そうになった。  「今行くから、ちょっと待ってて。春海さん、それに皆急で悪いんだけど俺も帰るね。誰か、替わりに春海さんのこと支えてもらってもいいかな」  「藤堂さん、また...また一緒に飲んでくださいっ、ご飯にも連れてって、くだしゃ...ぃ」  半分眠った様子の春海を渡し、春臣も帰り支度をする。これでみんなで楽しんで、と幾らかお金を渡して千晶の後を追った。  「天宮君だとああいうのも許せちゃうよね。女王様って感じであり」  部屋を出る間際、後ろから聞こえたのはそんな話し声。  無愛想で自分勝手で思ったことをそのまま口にする千晶。自分とは正反対で自由なのに...それなのに、何故か好感を持たれる千晶に改めて苛立ちが募る瞬間だった。  外に出れば、来た時と同様すでにタクシーに乗り込む千晶を見つけて春臣も走って乗り込んだ。すでに行き先は告げられていたのか春臣が乗ればすぐにタクシーは発進した。  「久し振りに走ったけど息がすぐ上がっちゃうな。まだまだ20代で若いつもりだけど体は変わってきてるのかな」  「...俺は今、初めて出会った頃の春臣と同じ年齢だな。あの頃はあんたのこと大人だと思ってたけど...実際になってみたら大したことないな」  どうせ、無視か相槌だけで終わると思っていた会話は意外にも続けられる。いつになく千晶が饒舌なのはお酒を飲んだからだろうか。  「体が大きくなっただけで中身は何も変わらない。あの頃のまま...」  「...あれ、天宮君?」  頬に当たる柔らかな髪の感触。肩にずしりとくる重み。  話していたかと思えば千晶はそのまま眠ってしまい春臣の肩に凭れてきた。耳元ですうすうと静かな寝息が聞こえる。  - こいつも大分酔ってるな。  その寝顔は穏やかで、どこか子供くさかった。その調子で自分のことも解放してくれないだろうかと思ったが、それも遠い夢のような話だと言うのはわかっていた。  とりあえず動画の件もあるし、次の日の撮影のことも思えばそのまま放置するわけにもいかない。それに加え、千晶の部屋の場所もわからない中、今の状況の千晶を京太に見せようものならあの過保護な父親に責められるのは目に見えていた。  しょうがない、と目的地に着いた春臣は寝ぼける千晶に肩を貸して自身の部屋へと連れて帰った。

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