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第7話 予兆 二
都大路の闇の中に藤色の被衣をゆらりと揺らめかせ、そよぐように遮那王は逍遙していた。物陰には、戦火で家を失った浮浪者、物乞い、孤児や濃く白粉を塗りたくった歳を経た辻君(遊女)、物盗り------都の闇に息を潜めて棲む者達がこちらを伺っている。
都の人々の多くが打ち続く武家の勢力争いの犠牲となった。家族を家を喪い、飢え餓えて路傍に踞り、或は横たわり、やっとのことで息を繋いでいる。
その傍らを幾ばくかの牛車が通りすぎる。どこぞの女の家から帰る公達のものらしい。松明を掲げた従者がよろよろと寄ってくる物乞いを蹴飛ばし、追い散らしながら、闇の中を掻き分けていく。
ふ---と、遮那王の前で一台のそれが止まった。
「そこな童、このような夜更けに何処へ行く?」
御簾の中から、予想外に凛とした声が問う。
無視して通り過ぎようとする遮那王。その腕を、雑色が掴んだ。
「お答えせよ。無礼であろう。」
色黒の目のぎょろりとした男が牙を剥く。
ーまさに犬よな---。ー
と口の中で呟く。
「人を探している。」
遮那王は言葉少なに応えて行き過ぎようとした。が、なおも雑色はその手を離さない。
「五条の鬼か---」
牛車の中で、公達が呟いた。遮那王は、一瞬顔を強張らせた。何者---と思った。が、誰何するまでもなく、つぃ---と御簾が上げられた。
「そなたの気------よもやと思うたが、やはり鞍馬の御曹司か。」
御簾から覗く公達の顔は、女と見間違うばかりの色白の美形。狐のごとき鋭く光る切れ長の眼に紅を差したような薄く形の良い唇。
「土御門の陰陽博士が、何を迷うておられる。」
遮那王が皮肉混じりに言えば、紅い唇がクスクスと笑う。
「迷うておるのでは無い。百鬼夜行が引きも切らぬ当世ゆえ、見物に参った。ほれ---。」
優雅に扇が指差す先を見れば、白い帷子をひらめかせて、髪を振り乱した女が走っていく。異様に青ざめた顔がこの世のものではないことを窺わせる。頭には五徳に蝋燭。その手に握られているのは------。
「鉄輪の女か------。」
遮那王の呟きに、公達が小さく頷く。
「もぅ百年もああして走っておる。-------業の深いことじゃ。」
軽く溜め息を漏らし、公達は続けた。
「御曹司よ。金星の子よ。そなたの業は更に深い。」
「存じておる。」
遮那王は事も無げに言い捨てた。
「我れは、この世を壊すために産み落とされた。」
「はや覚悟はお在りであったか。」
公達は再び御簾を降ろした。その表情は寸分たりとも変わらない。
「五条の鬼には、今宵は逢えますまい。弓張月を待って、おいでなされ。」
言って、ふ---と指先で雑色に車を出すように命じた。
「五条の鬼は、そなたの片割れ。対なるもの。いずれ出逢えましょう。」
公達は、そう言い残して、都大路の闇にゆるゆると消えていった。
ーそして、地獄が始まりまする---。ー
その言葉は遮那王の耳には届かなかった。
遮那王は、振り向きもせず、再び歩み始めた。
付喪神が笑い、百鬼夜行が傍らを走り去る。都の闇はこの上なく暗かった。
ー壊るるは必定---。ー
一条戻り橋の主は深く目を瞑り、遮那王はその異形の眼を爛と輝かせて、都の闇路を渡っていった。
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