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初めての看病 ─和彦─

 やめて、と言うなら、僕の背中に回していたあの手は何だったっていうの。  本当に嫌だったなら、僕の事を蹴倒し、それでもダメなら噛み付いてでも、ぶん殴ってでも、逃げるでしょ?  結局、最後まで抵抗していたのは、か細く弱い言葉だけ。  抗うべき両腕は僕の背中をしっかりと抱いて、意識を取り戻してからは終始甘やかな声を上げていた。  言葉とは裏腹に七海さんの性器は正直で、元気に勃ち上がって僕の動きと同調してゆらゆら揺れて雫を溢した。  そりゃあ…どんな男も勘違いするよ。  あんなにしとやかに啼いて、「いやいや」と首を振って抵抗しようと試みてはいるのに、ギュッとしがみついてくるんだもん。  まるで初めての子を相手にしてるみたいだった。  動いていいよ、僕の前で初なフリはしなくていいよ、そういう意味で七海さんをそそのかしてみたけどダメで……僕は普段よりかなり自制した。  どれだけ可愛くても、拒絶の言葉なんて聞かされたら「嫌がってる」と捉えて夢中になりきれなかった。  でも一つだけ分かった事がある。  ───七海さん、あなたは快楽には勝てない人なんだ。 初めての演技があれだけ上手だったのも、相手を喜ばせる術を知ってるからだよね。 本当に魔性の男だ、……七海さんは。 「お疲れ様でした、和彦様」 「あぁ、後藤さん。 お疲れ様です。 昨日伝えた件の調べは進んだ?」 「八割ほどですが。 ……こちらです」  翌日、午前の必須科目を終えた僕は、マスクと眼鏡姿のまま迎えの車に乗り込んで、幼い頃から教育係として成長を見守ってくれている後藤さんと落ち合った。  運転席からUSBメモリとノートパソコンを渡されて、その場で開いてみる。  中身は七海さんの個人情報あれこれ。  昨夜あれから、自宅で寝ていた後藤さんを叩き起こし、さらに深夜に探偵を使わせてしまった事に申し訳なさを感じながら、真剣にそれを読み進めていく。  ───芝浦、七海……誕生日は四月十日か…僕も四月生まれだよ。  ───血液型はBのRhマイナス…僕と一緒だ。  些細な共通点を見付けては笑みが漏れる。  もしかして七海さんとこうなる事は運命だったんじゃないのって、誕生日と血液型を知っただけでワクワクした。  何ならこのままネットに繋いで、相性とか調べてみるのも楽しいかも。  ……って、初恋に湧く女の子みたいだな、僕。 「和彦様、何故その方を調べる必要が?」  運転中の後藤さんとルームミラー越しに目が合う。  そうだった。 何にも説明しないまま、ただ「同じ大学の文学部、七海という人の素性を調べて」としか言わなかったから、疑問に思うのも当然だよね。 「僕、責任取らなきゃいけないの。 ていうか取りたいの」 「何の責任ですか。 もしや和彦様…また粗相したのですか」 「またってどういう事。 僕失敗した事ないでしょ」 「和彦様は少々遊びが過ぎますからね」 「それは否定しない。 でも失敗した事なんてない」  まったく…人聞きの悪い。  僕が女性とどうこうなるのが心配なら、パーティーに連れてかなきゃいいんだ。  跡継ぎだからって、毎週のように行われる食事会やパーティーに連れ回される僕の身にもなってよ。  あぁいう飲みの場は本当に苦手だから、女性が近付いてきたら逃げる口実のように使っているだけなのに。  学生のうちで慣れておけって言われて、仕方なく行った場で起きてしまうのはしょうがない事でしょ。  僕も男なんだから。 「見たところ、その方は男性のようですが。 和彦様、男性に手を出したのですか?」 「うん。 出しちゃった」 「はぁ………。 女性では飽き足らず、ついに男性にまで……」 「なんで溜め息吐くの。 あ、でもね、後藤さん。 この子は他の人達と一緒じゃないからね」 「左様ですか」 「………信じてないでしょ…」 「和彦様が一途に誰かを想うなんて事は、この後藤にはとても信じられませんもので」 「ひどいなぁ……」  後藤さんは僕にまつわるすべての事を知っている。  良い事も、悪い事も、学生だからって言い訳が通用しない女性関係の事も、すべて。  だから僕が七海さんの事を調べてって言った時、いつもの如くそれは女性だと思ってたんだろうな。  その人物が実は男で、すでに僕が手を出した後だったから頭を抱えちゃったんだ。  ……その気持ちも分かる。  悪趣味な「ゲーム」だったはずの七海さんとの出会いが、一晩だけじゃ済まなかった事にこの僕が一番驚いている。  七海さんが二度と他の人と寝ないようにしたいって、そればかりが頭の中を占めていた。  行為直後、シャワーも浴びずに「大嫌い」と叫んで帰って行った七海さんを追い掛けなかったのは、僕にも心の整理が必要だったから。  たとえ七海さんが僕を拒絶しても、僕は七海さんを諦めたくない。  愛想笑いが上手になるほど合コンに参加し、男を狂わせ続ける七海さんを放ってはおけない。  そうまでして一体何を求めているのかを、知りたかった。  ───やっぱり、男性が好きな人なんだ。  スクロールして読み進めていた、一番最後に記述されていた性的嗜好の欄を見た僕の中に、たちまち焦りが広がった。

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