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 和彦の一方通行……?  和彦が怒ってる理由……?  それって、俺の事が好き……だから?  でも、でも、俺は好きじゃないよ。 絶対に違うよ。  考えても考えても、和彦の望む答えは言ってあげられない。  ていうか、「分かってるのに自覚してもらえない」って、まるで俺はすでに和彦の事が好きみたいじゃん。  ───…………好き……みたいじゃん……。 「それです、それ……。 その分かんないの顔……。 とっても可愛いけれど、ちょっとだけほっぺたつねりたくなるんです」 「つねるって……なんでだよ……っ」 「ねぇ、七海さん。 僕への怒りは本当に恨みしかありませんか? 僕はあの日の事、後悔だけじゃなくなりました。 勝手なのは分かっています。 でも七海さんもそうだと、信じています」 「………………」  ……分かんない、……分かんないよ。  どういう事なんだよ。  俺も、今は後悔だけじゃないだろって、そう言いたいのか?  苦々しく微笑んだ和彦から、頭を撫でられた。  冷たい顔じゃなくなった事に安堵しながら見上げると、とても二十歳には見えない大人な視線で射抜かれて、何だか心が重たくなる。  和彦に無視された、冷たく交わされた、そう感じてた時みたいに、ずっしりと重たくて心臓がキュウゥ……と苦しくなった。  これは怒りではない。 それくらいは分かる。  考えてみると、この家に来てからはそんなにイライラなんてしてなかった。  ちょっと前は講義中も和彦の事を思い出してはイライラして集中出来なかったけど、最近はちょっとだけ気持ちが軽い。  講義が終わる度に和彦から「どこに居ますか?」ってLINEメッセージがきて、講義が詰まってない限り、空き時間を落ち合って過ごす事が増えていた。  って事は、広い構内で和彦を探さなくていいから、俺のストレスがもれなく軽減されてイライラしないのかもしれない。 「……最近はそんなイライラしてない」 「そうなんですか? 何故ですか?」 「……探さなくてよくなったから」 「……誰をですか」 「和彦を」 「………………はぁ……」  正直に言ってみると、和彦は俺の目の前で失礼なくらい大きな溜め息を吐いた。  何……? 何か変な事言った……?  戸惑う俺をよそに、スーツの上着を脱いでハンガーに掛けた和彦が、髪を無造作にかき上げながら戻ってきた。  ……かっこいい。 ムカつく。 マジでムカつく。 ただスーツをクローゼットにしまって戻ってくるだけで、なんでこんなにかっこいいんだ。  俺は、ゆらりとした和彦の気怠げな立ち居振る舞いに釘付けだった。  ───なんだ、これ……。  胸が苦しい。 息が出来なくなりそうだ。  俺の心臓があり得ない速度でドクドクと脈打ち始めている。  未だ僅かに残る、冷たい雰囲気を纏わせた和彦の事なんか直視したくないのに……目がそらせなくて全身が硬直していた。  知らない。 こんなの、……知らない。 「好きなんです……七海さん。 僕に嘘は吐かないで。 どんな些細なことも、僕には教えて下さい。 知っていないと嫌だ。 ……言ったはずです。 これからは遠慮なく七海さんを追い掛けます、と」 「……わ、分かった……」  顎を持たれてクイっと上向かされて、考える間もなく頷いた俺の本能。  一体何が「分かった」んだ。  無意識下で働かれちゃ困るよ。  この息苦しさの理由を教えてよ……初めてなんだよ、こんなに唐突に息苦しくなるなんて──。 「金輪際、九条さんと二人きりで会うのもダメですからね?」 「……え、いやそれは……約束できな……」 「ダメですからね?」  九条君を毛嫌いする和彦がそれを言うのは仕方ない事だと思うけど、そんなの無理だ。  今日の様子から、九条君は俺の事を恋愛対象として見るのはやめるって感じだった。  それなら新たに友情を育みたい……九条君が許してくれるなら、俺はまた友達に戻りたい。  でも、そんな俺の思いは和彦にとっては「許せない」事だったらしい。  瞳を細めて念押しされて、疼く俺の本能が即座に反応した。 「うん……」  和彦の瞳に引っ張られるようにして、俺の体が前方に傾いて力が抜けていく。  ……逆らえなかった。  やすやすと受け止めてくれた和彦の胸に飛び込むと、息苦しさがさらに増して狼狽した。  ───く、苦しい……っ。 なんだよこれ……! 「ちょっ、和彦、……さっきからここが苦しいんだ……っ。 俺、病気かもしんない!」 「……落ち着いてください。 こうしてたら……どうですか?」  苦しいって言ってるのに、和彦はぎゅっと俺を抱き締めて優しく背中を撫でてきた。  こんな事で治るはずないだろ、……と憤ったのはほんの一瞬で、じわじわと温かい何かが俺の内部に染み込んでくる。 「無理強いはしませんが、僕の背中に腕を回してみてください」 「え……」 「やってみるだけ、……ね?」 「………………」  抱き締め返して、って事……?  息苦しさが消えて、心がポカポカしてきた俺は何の疑いもなく素直に従ってみた。  あの日の事を思い出すんじゃないかという不安が心中を渦巻いたけど、ゆっくり、ゆっくり、広い背中に腕を回す。  そして、きゅっとしがみついた。  ───っっ……。 「どうですか? まだ苦しいですか?」 「……ううん。 ……苦しくない」 「今どんな気持ちなのか、教えてください」 「……分かんない。 けど、……ドキドキする」  煙草の移り香と、香水と、和彦のボディーローションの甘い匂いがたまらなく心を踊らせた。  苦しいんじゃない。  イライラもしない。  ───何か、とてつもなく雄大で温かみのある感情が次から次に湧き上がってきて、目の前がクラクラした。

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