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5※

 俺を縛り上げた時と同じ、和彦の怒気をはらんだ瞳に体が竦んだ。  この瞳は、つい昨日見た。  ……やばい。 こうなると和彦は、俺の話を聞かないモードどころか一人で暗闇を突っ走る病み暴走モードに入る。  目が合うと壁に付いた手をギュッと握られて、和彦の下腹部をお尻にグイと押し当てられた。   「……っ、和彦……っ?」  バニラセックスって何だっけ、俺はそう問いたいだけなのに、和彦は己の妄想を掻き立てて目を泳がせ始める。 「経験、あるんですか? え……? ……ちょっと待ってください、七海さんの体は僕しか知らないと思ってたのに……どういう事なんですか? 挿れられた事はないけど、誰かにここを……触らせた事があるんですか? ぐちゃぐちゃに掻き回された事があるんですか?」  締まりきった後孔周辺をぐにぐにと押しながら、俺に詰め寄ってきた和彦の狼狽えた吐息が耳にかかる。  そうか、バニラセックスってそういう意味だったんだ……!  おかげで意味を知る事は出来たけど、また和彦は良からぬ誤解をしている。 「ないよ、あるわけない! ちょっ……和彦っ……また病み入ってる……ん、ん、んぁっ……!」  振り返って和彦を見上げた直後、ソープにまみれた指先がぐにゅ…と挿れられて、膝が笑った。  その指先は、宣言通り内襞をくまなく擦り洗うかの如く、ゆっくり円を描くように動かされている。  じわじわと押し入る、意思を持ったその蠢きは自分でするよりたどたどしくはあったけど、その拙さが逆にじれったくて気持ちいい。  足が震えてるの……気付いてないはずないのに、わざわざ和彦は絡ませていた手を解いて俺の腰を支えてまで、立たせ続ける事に固執した。  引き抜いた指先にソープを足すと、今度は躊躇なく第二関節までぐにゅっと挿入される。  蠢く指先が、もう「洗浄」に慣れてきた。  二本指でじっくり擦られた後、シャワーで一度流されてホッと体の力が抜けた途端、すぐにソープでぬめった指先を再挿入する。  洗い流されたソープで床が滑りやすくなったからか、足元がおぼつかない。  しばらく沈黙を貫いている和彦を振り返っても、絶対に良くない事を考えてる顔をしていた。  険しい表情の和彦は、俺の体を支えたまま背中にのしかかってきて、さらに立ってられなくなってきた。 「……いつ、誰に、何回触らせたんですか? ……その方は上手でした?」 「……っ、ないって、言ってんじゃん……!」 「下手だったって事ですか? その方の名前を教えてください」 「教えられるわけ、ないだろ! や、やっぁっ……っ」  責め立てられる指先に喉を反らせて、妄想力が半端じゃない和彦を力無く振り返る。  そんな事実ないんだから、名前を教えるなんて不可能だろ……!  誰とも経験がないって言ってんのに、なんでそう良くない方に妄想を持っていくんだよ!?  苛立ってるくせに、俺のいいとこを見付けてそこばかり虐めてくるからまともに反論も出来ない。  膝が笑う。 床も滑る。 背中に乗ってる和彦が重たい。  和彦のあり得ない妄想も、洗浄とは名ばかりになる事も、想定外だった。  俺は、経験は無くてもこの手の知識だけは充分あるはずなのに……。 「和彦……っ、そこ、そこばっかダメだってば……! やぁっ……っ……!」 「……恋人の僕にまだ隠し事があったなんて、許せないな……。 七海さん、魔性も程々にしておかないと体が保ちませんよ」 「なにも、隠してない……! なんでそう……っ、妄想が激しいんだ……っ」 「妄想? 僕以外の誰かが七海さんの体に触れていたんですよ? 腹が立たないわけない。 ……ここに触れた者にも、触れさせた七海さんにも……」 「和彦……! ……そんなの、居ないっ、居ないって言ってるだろ……! ぜんぶ、和彦の、妄想!」  指が引き抜かれたのを見計らって、俺はフラつきながら和彦をぎゅっと抱き締めた。  こうして抱き締めてやると、暴走した和彦はいくらか落ち着いてくれるって昨日分かったから、それに賭けてみた。  ずっと出しっぱなしで勿体無いシャワーの流水音が、浴室内を反響する。  和彦の体も、俺の体も、思いを代弁するかのように熱を帯びていて、おまけにスチームサウナ状態で息の上がる事をしてたから湯船に入る前にのぼせた。 「妄、想……? 居ない? 居ないんですか? ……七海さんに触れた事があるのは、僕だけですか?」 「そうだよ! バニラセックスの意味も知らなかったんだからな、俺!」 「……そう、ですか……僕の妄想でしたか……」  ───世話の焼ける男だ。  縋るように抱き締め返してきた和彦は、ほんとにたったこれだけの事で落ち着きを取り戻し、冷静になってくれた。  優しくしたいって言ってたのはどこのどいつだよ。  昨日も今日も、取り乱し過ぎだろ。  たっぷりと洗われ、解されたお尻の孔がヒクヒクしていて疼いた。  和彦からの愛欲を受け入れる準備なら出来てる。  今さら妄想が爆発したところで、俺は狼狽えたりしない。 だから、もっと心にゆとりを持っててほしい。  俺は普通じゃないんだよ、和彦と一緒で。 「……和彦、……優しくしてよ。 俺のことそんなに信じらんない?」 「そ、そんな事ないです。 信じています。 ……ごめんなさい……僕また……っ」 「何がきっかけかは分かんないけど、和彦を止める方法は分かったから、不安でいっぱいならいくらでも暴走していいよ。 ……痛い事は嫌だけど」 「暴走……」  我を忘れていた自身を回顧し、苦笑を浮かべる和彦だからこそ俺は、離れてた間も和彦の事が気になってしょうがなかったんだ。  自分の過ちは誰よりも深く胸に刻むのに、ふとした時に自身の思いに囚われる和彦は、不安心の塊だと思った。  見えてきた気がする。  和彦の姿を、心を、本質を、ようやく見詰めてあげられそうな気がする。  落ち込んだ和彦の「七海さん…」と呼ぶ声が、俺の腕に力を込めさせた。 「俺は受け止める。 和彦のぜんぶを、受け止めてあげる」

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