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七海さんと僕は沈黙し、画面を凝視した。
入室してきたのは、二人。
先程出て行ったはずの占部昭一と、もう一人はなんとその息子、……占部さんだった。
「え……なんで占部が……?」
「………………」
ノートパソコンを閉じて七海さんとキスの続きを……なんて、それどころではなくなった。
───とてつもない胸騒ぎがする。
でも、でも、そんなの、取り越し苦労だよ。
親子なんだから、一緒に居たってなんらおかしくない。 そう、そうだよ。 休日を利用して、社内の見学でもしているんだ。
きっとそうだ。
二人はキョロキョロと辺りを見回し、僕達が見ている防犯カメラの位置を確認すると、そそくさと死角となる場所へ移動した。
「あっ……見えなくなった! くそぉっ」
パタパタと足を動かして嘆く七海さんに、動揺を隠しきれない僕はパソコンを操作して音量を最大まで上げた。
「大丈夫です。 ……ほら」
「おぉ……すごい。 ハイテクだな」
父が手配した防犯カメラは、遠隔操作出来るだけではなく音声も鮮明に拾う。
カメラのレンズを二人の方へ向けて、胸騒ぎが現実とならない事を願いながら録画ボタンをクリックした。
『……〜いな、予定通り、二十二時にここへ和彦を呼び出すんだぞ』
『オッケー。 書類は?』
『俺のデスクの一番下の引き出しだ。 失敗すると俺の未来は無くなる。 いいか、必ず和彦ひとりを呼び出せ』
『俺の未来もかかってんだ。 失敗なんかするかよ。 お坊っちゃんは俺に心開ききってるから造作もない』
『中期決算前に社長の息子が不正で逮捕……世間も業界も揺るがす大事件になる』
『だな。 父さんの野望がついに叶うな』
『これまでチマチマと種を撒いていたんだ。 そろそろ芽吹いてもいい頃だろう。 お前の就職のタイミングと合わせてやったんだから、感謝しろよ?』
『芽吹く、か。 うまいこと言っちゃって』
………………。
……そうだったんだ……。
最初から、すべて仕組まれていたんだ。
入学してすぐ占部さんがフランクに僕に声を掛けてくれたのは、僕に占部さんを信じ込ませるため。
……友人として接してくれていたわけじゃなかった。
僕と父をその座から蹴落とす目的を果たすべく、占部親子は何年も前から「種を撒いていた」───。
「…………和彦、……」
「………………」
「和彦……っ」
「……はい……?」
絶句する僕の左手を、七海さんがぎゅっと握った。
下品に笑いながら画面から消えた二人の影を追う事も出来ずに、僕は瞳を開けているのに目の前は真っ暗だった。
ノートパソコンをテーブルに置いて、七海さんが立ち上がる。
僕の前方に回っておもむろに抱き締めてくれた七海さんは、僕よりも胸を痛めているかのような切ない声を上げた。
「…………大丈夫、俺がついてるからな。 和彦はひとりじゃない。 俺がついてる。 俺がついてる」
「……七海さん……」
どうしていいか分からない。
目の前は真っ暗で、頭の中は真っ白。
今ここで七海さんが抱き締めてくれていなかったら、僕は情けなく打ちひしがれて、蘇る記憶と現在の停滞に涙していた。
───これだから他人は油断ならないんだ。
やっぱり僕を傷付けるじゃない。
落胆させて、不愉快にさせるじゃない。
ねぇ、七海さん。 僕がいけないのかな……?
占部さんの本性を見抜けなかった僕が、いつまでも過去に囚われて腑抜けていたから、また傷付けられてしまったのかな……?
裏切られる事に慣れる人なんて居ないよ。
あぁ……。 前進した分だけ、いやそれ以上に、後退してしまいそうだ。
誰も信用出来ない。 他人と関わったら、ロクな事がない。
七海さんの寝顔に誓った僕の思いは、ようやく明るくなった視野は、前に進もうと一歩を踏み出した僕の勇気は、今日この時踏みにじられるための伏線だったとでも言うの……?
「和彦、支度しよ」
「…………はい」
「手伝ってやるから」
七海さんに連れられて衣装部屋に入るも、用意していたスーツはどれだったっけ…とまるで頭が働かなかった。
魂が抜けてしまったかのように呆然となった僕に、七海さんはそれ以上何も語る事なく黙々と支度を手伝ってくれた。
パリッと糊の利いたYシャツのボタンを一つ一つ留めて、たどたどしい手付きでネクタイを締める。 ……やはりうまくはないけれど、その気持ちが嬉しかった。
ブラックスーツのジャケットを羽織る前に一度抱き締めてくれた七海さんの体温が、徐々に僕の視界を元通りにしてゆく。
整髪料を手にした七海さんは、週末はいつもそうしているように僕の髪を後ろに撫で付けて、「スパダリ完成」と言って微笑んだ。
「……ありがとうございます、……七海さん。 ……七海さん……」
リリくんを出しっぱなしにしておくわけにはいかないから、ケージを開けて力無くリリくんを呼ぶ。
お利口さんにお家に帰ったリリくんを見届けてから、僕にぴたりとくっついて離れない七海さんを抱き締めた。
七海さんは何も言わない。
腕の中で小さく首を振り、僕にぎゅっとしがみついてくれた事で彼の真意を悟った。
そんな中、視界の端に見えた防犯カメラの映像。
占部昭一のデスクに腰掛けて、呑気に重厚な椅子の具合を確かめている占部さんが、僕の知る占部さんではなくなっていた。
僕の事を利用し、裏切った事は許せない。 父親と共謀して悪事を働き、かつて僕に言った台詞の意味を知ると、耐え難い絶望感に見舞われた。
『多分長い付き合いになるだろうから、敬語は使わなくていい。 その代わり、就職して立場逆転しても今みたいに気軽に話したい』
僕を信じ込ませた占部さんの言葉の裏には、もう一つ意味があった。
就職のタイミングで、占部さんと僕の立場が逆転する──そういう事。
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