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 金持ちの考える事は分からない。  凡人の俺ではまったく想像もつかないような事を平気で思い付いて、しかもその考えこそが正しいと絶対的な自信を持っている節がある。  和彦がまさにそうだった。  今でこそ、俺がどう思うか、どう感じるか、いい事、駄目な事、その辺を頑張って見極めて突っ走らないように、和彦は立ち回ろうと努力している。  問題はあの人だよ、九条君。  最近知った九条君の素性は、賢いだけではない「お坊ちゃま」だと判明したはいい。  和彦と並ぶとほんとに絵になるというか、容姿だけで言うと陰陽ハッキリした二人だ。 ……ちなみに、陰が強面の九条君で、陽が見た目すごく優しげな和彦かな。  家柄がいいと、もれなく顔面まで恵まれて産まれてこられるのかと嫉妬してしまうくらい、友人となった二人が並んでいると自然だった。  平然とこのホテルの従業員の制服を俺に差し出し、「これ着て三○五に潜入しろ」と九条君に無茶を言われて唖然とした横で、和彦は神妙に腕を組んでいた。  広げてみたそれは完全に女性用の制服だったからさらにギョッとしたんだよ、俺は。 だから和彦も、「そんなの着させられない、ダメです」とにべも無く断ってくれるだろうって信じてたのに──。 「なーにが、「いいですね、興奮します」だよ。 和彦の奴……状況分かってんのかよっ」  制服と一緒に渡された三○八号室のカードキー。 つまりこのシングルルームで直ちに着替えろって事なんだ。  お坊ちゃま九条君はこのホテルの支配人と顔見知りらしく、この部屋のカードキーも、従業員用の制服も、電話一本で手配出来たと何気なく話した。 「……着れちゃうのが悲しいわ……」  鏡に映った自分は、恐らくバラされなければ男だと気付かれないと思う。  真っ白のカッターシャツに、膝丈のタイトスカートとベストは黒でカッチリとした印象の、どこからどう見てもホテル従業員。 女性用なのが残念だけど。  占部のお父さんがこんな悪巧みをしなかったら、俺もこんな格好しなくて済んだのに。  思わぬとこまで被害が広がってるぞ、占部。 「とりあえず俺だってバレないようにしなきゃだよな」  二回顔合わせたくらいじゃ相手の顔を判別出来るとは限らない、いくつか会話をしてやっと、相手の声や顔の特徴などを脳が記憶する、と、九条君はさらりとそう言っていた。  ふむふむと頷く和彦の横で瞬きを忘れていた、顔のわれてない俺が必然的に潜入する事になったんだ。  占部から連絡が入ったら、その時点で和彦は本社という名の戦場に向かってしまう。 その敵地へ俺も同行するために、嫌だとごねてる暇なんか無かった。  和彦の力になれるなら、俺は女性従業員も苦じゃない。  のんびりしてられないから、鏡の前で前髪の分け目を変えて耳に掛けてみた。  ストッキングとパンプスを履き慣れないせいで、着替えだけで五分も費やしちゃったよ。 「……似合うな」  さっきの場所で待っていた九条君に寄って行ってカードキーを返すと、開口一番褒められた。  開き直った俺は、腰に手をあててキメ顔を向ける。 「ありがと。 褒め言葉として受け取っとく」 「すっかり酔いも覚めたって感じだな」 「ほんとにね。 ……和彦はどこ?」 「お坊ちゃまなら本社行ったぞ」 「えっ! もう連絡きたのか! 俺も行きたかったのにー……って、九条君。 何撮ってんだよ」  俺がストッキングに四苦八苦してる間に連絡が入っただなんて、とことん占部を恨みそうになる。  今何時なんだろ……そう思ってタイトスカートのポケットからスマホを取り出そうとした俺を、九条君が許可もなく連写してきた。  九条君に限ってそんな事はないだろうけど、夜のオカズに……なんて嫌だよ? 「お坊ちゃまが、七海撮って送れってうるせぇんだよ。 そのために番号交換までさせられたんだからな」 「あ、あぁ……! 和彦がね……!」  な、なんだよ、そんなに俺が制服着たとこ見たかったのかよ。  現状は間違いなく気が抜けない。 それなのに、俺に構う余裕があるのはいい兆候だ。  和彦がどんどんヘタレ脱却しようとしているのが目に見えて、俺は嬉しくてたまらない。  いい兆候があり過ぎて、まだ何も終わってないのに「乾杯しよ」なんて言っちゃったくらいだもんな。  浮かれた俺の方が、今の状況を把握出来てないのかも。 探偵失格だ。 「送信、と。 ついでに俺とのチュー写メでも送ってやるか」 「えぇっ? いや、無理! ダメ! フェイクでも和彦は絶対引き返して来るよ!」 「それも面白えじゃん」 「お、面白くないっ」  俺の剣幕に、九条君はククッと笑って面白がってるけど冗談じゃないよ。  すでに俺は「お仕置き」告知されてるんだから、これ以上要素を増やしたくない。  魔性を振り撒くなって言われても意味が分からないし、今日のパーティーでは合コンの時みたいに、無意識でやってたらしい思わせぶりな態度とかも一切してないんだから。 「七海、これ借りてきたから、ルームサービスですっつって中まで強引に入りこめよ」 「う、うん……。 なんか緊張してきたな」  一つ向こうの仕切りからサービスワゴンを押して来た九条君に、その場でコーヒーの淹れ方をザッと習う。  インスタントしか淹れた事がない俺でも、手順さえ覚えてしまえば何とかやれそうだ。  ───急がなきゃ。  こちらの有利に事が運べるように、小さくてもいい、何としてでも俺が掴んだ証拠を持って和彦のところへ行きたい。  和彦の力に、なりたい。

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