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 最悪。 最悪。 最悪。 最悪。  これ以上くっつかないよってくらい眉間に皺を寄せて、俺は九条君の待つ三○八号の部屋に戻った。  お疲れ、と声を掛けてきたのをスルーして、真っ直ぐベッドへと進む。  片膝をベッドに乗り上げて枕に顔を突っ伏し、思いっきり叫んでやった。 「あいつめちゃくちゃ気持ち悪いぃぃーっっ!」    誰が見てるか分からない社内で松田さんにセクハラしてた男だから、驚きなんてしなかったけど、けど……!!  あの変態エロ親父……もとい、占部のお父さんは、俺が部屋を出る直前サラリと尻を撫でてきやがったんだ。  ヒッ!と飛び上がりかけた俺の不快さ丸出しの視線に気付く事なく、挙げ句の果てにはぐにゅっと尻を鷲掴んでニヤついていた。  三○八号に入るや否や枕に顔を押し付けて叫んだ俺の背中を、何かを悟った九条君がポンポンと叩いて労ってくれる。  無事に任務は遂行したから、今すぐ着替えて和彦の元へ飛んで行きたいのに鳥肌が止まらない。  我慢出来なくて、もう一度だけ枕に顔を埋めて叫ぶ。 「あいつは地獄行きだぁぁぁっっ!」  あんなのが野放しになってたなんて、和彦が気付かなかったせいでどれだけ被害者が増えたんだって考えると恐ろしい。  俺も何故かその一人に加わったし。  あまりの気持ち悪さと不快さに、今ここに居ない和彦にまで怒りの矛先が飛ぶ。  何としてでも今日決着付けなきゃ。  絶対、絶対、SAKURA産業本社の諸悪の根源はあの男しか居ない。  証拠は不正データで充分。  それに加えて、俺があの部屋にリモコンとすり替えて置いてきたボイスレコーダーが、ヤツによる自白の証拠を録音してくれる事を期待する。  ───くそぉ……まだ手の感触があるんだけど……気持ち悪い……。 「分かった分かった。 そんなやらしー格好してたら俺も撫で回したくなる。 早いとこ体起こせ」 「はぁ、……っ、はぁっ……あいつ、撫で回すだけじゃなくて掴みやがったんだよ! 何やってんだって殴んなかったの、超〜〜我慢したと思わない!?」 「よく我慢したな。 でもそれ、お坊ちゃまには言わない方がいいぞ」 「………………同感」  和彦にこの事を報告するなんて考えてもみなかったけど、それを知った和彦は確実に暴走する。  相手への怒りはもちろん、なぜか俺にまで「隙を見せないでください!」とか「また魔性振り撒いたんですか!」とか言ってブチギレそうだ。  ぶるっと身を震わせた俺は、絶対に言わないでおこうと心に決めながらスマホを取り出してLINEを開いた。 「お坊ちゃまは嫉妬深そうだからなぁ、今日のパーティーでもずっと目くじら立ててたんだろ」 「うん。 俺が魔性振り撒いてるってうるさい」 「一時間で六人は振り撒き過ぎ。 ……お坊ちゃまに連絡してんの?」 「いや、セクハラ被害受けてた松田さんにLINEしてる。 今週はじめに言っておいたんだ。 もし、俺に言えないような事実があるんなら、俺には言わなくていいから社長の息子にだけは打ち明けてくださいって。 近々社長の息子が動くから、って」  こんなに早く事態が動く事になるとは思わなかったけど、日常的にセクハラ被害を受けてる松田さんには今日の日がいつか来るという事は伝えていた。  勤め始めて日が浅い俺に心を開いてもらい、かつ信用してもらうため、仕事をこなしつつ世間話をするように俺がここに勤める事になった経緯全部を松田さんに話した。  同性からのストーカー被害に遭い、勤めていたコンビニを辞める羽目になったと話してから、とてもうまく解決への道に乗ってくれていた。  相手の心を開くためには、まずは自分を曝け出して信用してもらわないといけない。  それがうまくいったんだ。  社長の息子と大学が同じで、知り合いだからってコネ入社ですみませんと謝ったら、松田さんは屈託なく笑ってくれた。  そこまで話した事で、社長の息子と俺が知り合いだという、まるで嘘くさい線も確信に変わったんだと思う。  九条君はベッドに腰掛けて足を組み、スマホを持ってそこに立つ俺を見上げた。 「なるほど。 で、今日動く事を伝えてんのか」 「そう。 さっきLINEした返事きてた。 今から本社に来るって。 ……えっ」  短いメッセージが二つと、その下にあった少し長めの文章を読み進めた俺は目を見開いた。 「なんだ、どうした」 「……他の被害者の人達も一緒に来るんだって」 「へぇ……こりゃ逮捕目前だな」 「やっぱり被害者同士繋がってたって事なんだよね。 掲示板に意味深な書き込みあったし、……」  松田さんが俺を信用してくれたと分かる文面に、ジーンときた。  そして、一体何人居るのか分からない被害者の人達にも声を掛けて、占部のお父さんへの追及に加勢してくれるなんて追い風どころか追い突風だ。 「おい、悠長にしてる場合じゃねぇだろ。 お坊ちゃまのとこ行かなくていいのか?」 「あっ! ヤバッ! 着替えないと!」 「ダメだ」 「なんでっ?」 「お坊ちゃまからのメッセージ。 『七海さんをその格好のまま僕の元へ』」 「……あのお坊ちゃまは何を考えてらっしゃるのかな?」  バスルームに駆け込もうとした俺は急ブレーキを掛けて、真顔で九条君を振り返った。  悠長にしてる場合じゃないよ。 うん。  でも和彦がこの場にいたら、間違いなく脇腹を小突いてた。  呆れたと言わんばかりの俺の真顔に、九条君はヘラっと笑い、「そりゃあ…」と頷きながら立ち上がる。 「何考えてるか分かんねぇお坊ちゃまだからな。 下にタクシー呼んである。 早いとこ行ってやれ」

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